ある夏の日の出来事
@381
第1話
ある一つの町に十七時から夜二時まで営業しているレストランがあった。
外装はレンガ造りの二階建てで、落ち着いた印象を受ける。
今日、その店に一人の男が入店した。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
入店した男に五十代ほどの男が話しかけた。
その服装は皴のないスーツで、淡く微笑む笑顔はいかにも老紳士とでも言われそうなものだ。
「ああ。この店の評判を聞いてね。気になって来てみたんだ。すまない、オーナーはどちらに?」
男がそう答えると、男を案内していた老紳士が足を止める。
「オーナーは私でございます。私の店が評判になるほど有名になるとは。大変光栄なことですね」
老紳士は嬉しそうに微笑む。そして男を席に案内してから、一つ礼をし、調理室へ下がった。
男が席に着くと、前菜を初め、数々の料理が運ばれてきた。それらは綺麗に盛り付けられており、見るものの食欲を増加させるだろう。
男はそれらに手をつけつつ店内の様子を窺う。
今の時間と店の雰囲気のため、店内には上品な装いをした男女が何組か離れた席に座っていた。食事もほどほどに、顔を寄せあいながら小さな声で話をしている。
そんな空気を読んでか、オーナーはテーブルに料理を運ぶ以外は姿を現さなかった。
オーナーに料理を出され、その皿を空にすることを何回か繰り返した後、茶色のソースがかかった肉料理が男の目の前に置かれた。
男はそれを確認してからオーナーに声をかける。
「そう、僕はこの肉料理のことを聞いたんだ。何か調理に工夫などは?」
その言葉にオーナーは、
「光栄です。私の店はどの料理もお客様に楽しんでもらえますように最大限の努力をさせていただいております」
とだけ答え、礼をした後、他のテーブルの皿を下げに行ってしまった。
零時にもなると客もだんだんと帰っていき、店内には男を含む二組しかいなくなった。
男は食後のコーヒーを飲み干し、席を立つ。
そしてまた現れたオーナーにご馳走様、と会計後に伝え、店を出た。
しばらく道を歩いていた男だったが、思いついたかのように足を止め、また店の方向に向きを変える。
男がたどり着いた先はレストランの裏だった。
僕が誰かいないか探すと、自身の体よりも大きな荷物を抱え、店に入ろうとしていた一人の少女を見つける。
「君、少し良いかい?」
少女がこちらを見る。若干パサついた髪、やや痩せている体、瞳は濁ることなくまっすぐ僕を見据えている。
「はい、何か御用でしょうか」
少女は年の割に淡々とした話し方をした。
突然声をかけたから警戒させてしまっただろうか。
「先ほどこの店の料理を頂いた者なのだが、あまりにも美味だったからお礼を言いたくてね。もう一度入店するのは迷惑だろうから、裏から入れないかと思ったんだ」
急に話しかけてすまなかったと僕が謝ると、少女は安心したかのように息を吐いた後、
「いえ、私こそお客様に失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした。」
と少女はぺこりと頭を下げた。
「オーナーはまだ店の後片づけをしております。料理のお礼は、オーナーも喜ぶと思うので、ぜひ言ってあげてください! あの、もしよろしければ中でお待ちませんか。外も危ないですし」
「え、いいのかい?」
「はい。私は構いません」
少女は店の料理をほめられ嬉しそうに、はにかみながらそう告げた。
その好意に甘え、店内で待たせてもらう。
中は粗末な木の机と椅子があった。少女は僕に椅子を薦めると、先ほどまで担いでいた荷物を引きずり、床に下ろす。ごろん、と音を立ててそれは転がった。
僕はそれを見て少女にさり気なく話しかける。
「荷物、重そうだね。何を運んでいたのかい?」
少女は一拍置いてから、申し訳なさそうに答える。
「すみません、実は私もよく分かっていないんです」
「へえ?」
「ただ、『私達の生活に必要不可欠なもの』とだけオーナーに言われております」
少女はやけに嬉しそうに話している。少し会話をしただけでも、少女がオーナーのことを慕っていることが分かった。そして少女の様子を見るに、オーナーも真摯に少女と接しているのだろう。
少女は平民で、こうして肉体労働をしている。客と直接声を交わすわけではないのに丁寧な言葉遣いを教えてられているあたり、さぞ、オーナーは少女を大切に育てているのだろう。
「あ、あの、お客様はこのお店の料理は食べたのですよね?」
「ん? まあ、そうなるね」
僕が少女について考えを巡らせていると少女がそわそわしながら話しかけてきた。
「そうなのですね……私、孤児院の出で、今はオーナーに引き取ってもらって、ここで暮らしているんです。それで私、お店の余りものを頂いたり、余った食材で作ったものを食べさせていただいているので……いつか自分でお店の料理を食べてみたいんです!」
少女はキラキラした目でこちらを見つめる。
僕は彼女に何か言わなければならないと思い、
「じゃあ、その前に僕がどこかのお店に連れていってあげるよ」
と口に出した。
「本当ですか? 嬉しいです!」
少女は今までの一歩引いた態度を崩し、手放しで喜ぶ。
その瞬間、少女の腹の音が部屋に響いた。
少女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「おっと、まだ食事は摂っていなかったんだね。どうぞ、僕のことは気にせずに食べてくれ」
「あ、はい。では、お言葉に甘えて……」
少女は申し訳なさそうに頷く。まだ顔が赤い。
やや駆け足で彼女は食事を取りに部屋を出た。
それから数分もしないうちに、ドアの向こう側から軽やかな足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。その音を聞いて僕は体をそちらに向ける。
「お待たせしました」
少女は僕のために急いでくれたのか頬が上気していた。
「あの、ちょうどこれがあったので、どうぞ……」
赤い顔のまま差し出されたそれは黄色の飴玉だった。
「わざわざありがとう」
僕がそう言うと少女は照れたように微笑む。
そしてぎこちない動きで食事を机に置き、静まり返った部屋を気にしたか
「わあ、今日はお肉だ!」
という声をあげた。
僕がその声を聞いたとき、鉄のようなにおいが漂ってきた。それは少女の食事から来た香りのようだ。
その匂いと少女が運んでいた荷物が結びついたとき、僕は慌てて少女を止めようとした。
「ま、待って―」
「むぐ……?」
しかし、間に合わなかった。
少女は声を掛けたと同時に肉をぱくりと口に含んだ。
僕の声掛けに彼女は動きを止めこちらを見る。
そのためか肉にかかっていただろう液体が少女の口から零れた。
彼女はそれに気づき近くにあった紙で口元を拭き、急いで口の中にあった肉を飲み込む。
紙にべったりとつく赤に目がくらむ。
ごくん、という音がやけに耳に響いた。
「どうかしましたか?」
少女が不思議そうな顔で問いかけた。
もしかして何も知らないのか?
僕はしばらく沈黙した後、床に転がったままの荷物へ近づき、先の方を少女に見せてみる。
案の定、そこには人の丸っこい指が見えた。
少女は小さく悲鳴を漏らす。
そして自分の指を偶然持っていたナイフで切る。
少女が驚いているが、それに構わず少女が口にしていた皿と共に血が出てきた指を見せた。
「君は、今まで自分が何を食べてきたか考えたことはあるかい?」
「そ、んな。こんなこと、どうして……」
少女も何かに気づいたのか、ふらついて机にぶつかる。
そのまま口に手をあててうずくまった。
❘本当に自分の知らぬ間にこんなおぞましいものを食べてしまったら、誰しもこうなるだろう。
時折呻きながら涙を流す少女を見てそう考える。
少女の気が収まるまで近くに寄り、背中をさする。
しばらくそうしていると突然少女が
「オ、オーナーがそんなことするはずがありません! 何か事情があるはずです!」
と涙声で訴えた。自分に言い聞かせた、という言い方の方が良いのかもしれないが。
「そうだね……確かに何も証拠がないのに共に過ごしてきた人を疑いたくないよね。では、どうかな? 僕と証拠探しをするというのは」
「証拠探し?」
僕がそう言うと、少女は不思議そうに瞬きをした。
「ああ。もちろん、こっそりね。そうすれば何もなかったときは元通りにすれば良いし。ただ、見つかった場合は……」
僕が言葉を濁すと、少女は決意を決めたような目でこちらを見る。
「そのときは私が、自首するように説得します。だから、私も手伝います! 私なら店の構造を知っていますし」
少女の声は震えていた。しかし手を握りしめ視線を逸らさない姿は、彼女の気持ちの強さが現れていた。
「よし。では、作戦会議とでもいこうか」
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