『おにぎりの具は何が好き?』
宮本 賢治
『おにぎりの具は何が好き?』
今日もすっかり遅くなった。
弁護士になって、5年。
温かい家庭に憧れて、結婚が早かった。
シンイチももう5歳だ。
笑ったときの顔が、アンリにそっくり。
シンイチ、まだ起きてるかな?
右腕のセイコーのクォーツ。
日付が変わりそうだ。
起きてるわけないか。
殺人事件の裁判員裁判の準備でいそがしいってのに、大手企業の倒産案件が重なった。
事務所全体が大忙しの中で、刑事裁判担当のおれまで駆り出された。雇われ弁護士はつらい。
マンションのドアを開き、廊下を進み、リビングへ入る
「ただいま、アンリ」
「おかえり、マコト」
アンリが笑顔で迎えてくれた。
口をそろえたわけじゃないけど、シンイチが生まれた後も、お互い名前で呼び合う。
おれは今でも、アンリに恋してる。彼女もそう思ってるに違いない。
「事務所で夕食済ませたから、休んでればよかったのに」
上着を脱ぐと、アンリがそれを受け取ってくれた。
「シンイチ、
明日遠足なんだ。
だから、ちょっと準備をね」
リビングの上にスケッチブック。
シンイチの好きなポケモン。
カビゴンのキャラ弁の設計図。
カビゴンを模したハンバーグは、
ハンバーグにスライスチーズで顔。表情は海苔を使って。
そして、モンスターボールを模したおにぎり。
大人が見ても楽しい。
アンリはイラストが得意。料理が上手。
子ども部屋をのぞいた。
シンイチが、大っきなカビゴンのぬいぐるみを抱いて寝ている。
リビングに戻り、アンリに言った。
「そんな楽しいお弁当。
シンイチ、大喜びだね」
「うん。
腕によりをかけなくっちゃ♪」
アンリは笑った。
でも、いつもの最高の笑顔と違う。
アンリのオデコに手を当てた。
熱い。
「アンリ。
ひどい熱だぞ」
「面目ない。
風邪引いちゃったみたいでさ」
「早く、休んで。
それに明日のお弁当も、おれに任せて」
アンリが大っきな目をさらに丸くしてる。
「え、マコト。
カビ〜、作れるの?」
「う〜ん。
カビ〜は無理だけど、シンイチが喜ぶお弁当は作るよ!」
「マコト、
昔、よくお料理してくれたけど、
ホント、大丈夫?」
「大丈夫だって!」
内心、どうしようかなって思いながら、パジャマ姿のアンリをクルリと方向転換して、寝室へと背中を押した。
「···おはよ」
子ども部屋から、眠気眼をこすりながら、シンイチが起きてきた。
ワイシャツにエプロン姿のおれを見て、驚いてる。
「あ、パパだ!
お料理してるの?」
「うん、そうだよ。
ママ、風邪引いちゃって寝てるから、今日の朝ごはんと、遠足のお弁当、パパが作ったよ」
シンイチが、アンリみたいに大っきな目を丸くしてる。
「スッゲ〜!
パパのお弁当、うれしい!」
素直に喜んでくれるシンイチ。
朝早くからガンバった甲斐があった。
シンイチを幼稚園の送迎バスに乗せて、おれも職場に急いだ。
手にはビジネスバックと、お弁当を提げて。
事務所。
お昼休み。
デスクの上にお弁当を出した。
「あ、今日は愛妻弁当ですか?」
事務所の女の子、メイちゃんが声をかけてきた。
「いや、
嫁が具合悪くてさ。
息子の遠足のお弁当と一緒におれか作った」
「へ〜!
野島さん、お料理できるんだ。
ステキなダンナ様♡
わたしもお弁当だから、一緒に食べましょ♪」
メイちゃんがお茶を淹れてくれた。給湯室の近くのレストスペースで弁当を広げる。
デッカイ三角のおにぎり。
おかずは赤いウインナーと玉子焼き。
「わっ!
スッゴい、おにぎり!」
メイちゃんが驚いてる。
無理もない。
このお弁当はこのおにぎりのインパクトがすべてだ。
実はこの弁当は、死んだオヤジの受け売りだ。
ろくでもないオヤジだったが、商売で失敗する前は優しかった。
オフクロが風邪引いたとき、同じシチュエーションで作ってくれた。思い出の味。
今ごろ、シンイチもかぶりついているかな?
おにぎりの具はアレだ。
アレに決まってる。
大きく、口を開けて、おれはおにぎりにかぶりついた。
了
『おにぎりの具は何が好き?』 宮本 賢治 @4030965
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