第12話 白銀の鱗が示した先で

嗣実つぐみと佐知は、一旦東京へ戻り、嗣実は天倉神社に帰った。

佐知は、依頼の仕事を終え、みんなに引き止められながらも、退職の手続きに入った。


「信じられない!この待遇を蹴って、田舎の神社の嫁になるなんて!」


佐知とバーで飲みながら、春田は心から残念がった。


「でも、それだけの人なのね?彼は。あんたが選んだんだもの。…それに、佐知、どんどん綺麗になってく」


「え?…それは幸せだからなんじゃない?」


結婚前は、みんなそうだよ、と笑う佐知に自覚はなかったが、最近やたら綺麗だと言われるのは、もしかしたら神門のかんなぎの覚醒が関係しているのかもしれない。


(まあよく分からないけど、たぶんそうね…)


「結婚式に来てね」


もちろんだよ、何があっても行くよ、春田は半分泣きながら佐知に抱きついた。



_____


東京から天倉神社へ。


今度の佐知の移動は、嗣実と暮らすための荷物と一緒だ。身一つで旅をしていたあの時とは違う、これからこの場所に住むという覚悟と共に来た。


初夏に初めてこの神社に来てから、季節は移り山は秋の色に変わってきていた。


「佐知ちゃん、お疲れ様やったなぁ。みんな待ってたんよ」


佳代子はまた田舎のご馳走で、佐知をもてなしてくれた。


「これから、結婚式やね。もう楽しみでしょうがないわ。美江さんや真知子さんも張り切ってるからね!忙しくなるけど、佐知ちゃんの花嫁姿、早よみたいわ」


嬉しい。温かい家族。

この中に入れるしあわせ。


巫としての役目はまだ分からないことだらけだ。

だけどまずは、この土地に受け入れられた自分を喜ぼう。


嗣実と暮らす、瀟洒な家に自分の荷物を運び込む。

「実感が湧いて来たな」

嗣実は手伝いをしながら、佐知を愛おしく見つめる。


こんなに浮かれてていいのかしら?

龍脈りゅうみゃく九門くもんはみんな招待するのかしら?

私はこれから、どうすればいいのかしら?


九龍守くりゅうもりには全員、招待状を送った」


「全員出席の予定だよ」


佐知はドキリとして、不安そうな顔で嗣実を見る。


「大丈夫だよ。この機会にみんなを知っておく方がいい」


「私が神門の巫ということは?」


「知らせてはないが、おそらく全員が知っているだろうね」


「あ、それに、式の祝詞は黒崎さんに頼んだんだ」


「えっ?」


珍しくいたずらぽい顔で、嗣実が笑った。


「承知の文面からも嫌そうなのが滲み出てたよ。大丈夫!いい祝詞を書いてくれるよ」


波乱な日になりそう……佐知は半ば諦めて、この状況を楽しもうと開き直った。


「式までに、九門のそれぞれを教える」




龍脈の九門。


日本列島に散らばる、9つの龍穴。

大地に走る龍脈が、気の門を通って天と地を繋いでいる。

それぞれの門には守り手(九龍守)がいて、門の結界が緩むと気が乱れ災いが起こる。


嗣実と佐知は、いつもの晩酌をしながら、九龍守について話しだした。


「9つの門のうち、神門しんもんだけが長い間空席だった。

空席だと、そこに邪の気や呪いの気が入り込む隙を与えてしまう。」


「じゃあ、私が神門の巫なら、霧根に行かなきゃいけないの?」


「そういうわけでは無いんだ。その存在だけで守られるから」


「龍も、私と佐知が共にあれと言ってたしね」


確かにご神託はそうだった。少しだけ安心した佐知は、どんな門があるのかを聞いた。



「それぞれの門と方位、気質と象意するものがある。」

 

嗣実は窓に映った行燈の明かりと佐知の横顔を見つめた。


「東はそう門。五行の木の気。


九龍守は藤堂怜士とうどうれいし

去年、代替りして、若い子になった。まだ20代初めだったような。」


「南はえん門。火の気。


九龍守は河内拓真かわうちたくま

佐知くらいの年齢かな?」


「北東が門。土の気。黒崎さんだよ。」


「みなさん、若いのね」


「いや、北のはく門は月舘清弦つきたてせいげんさんと言って、60半ばくらいじゃないかな? 


中央のくう門の不破天道ふわてんどうさんも60近いと思う。」


「あとは、西のきん門の白石ひよりさん。女性だ。ちょっと年上だけど。」


(…あ、女性もいるのね)


「それから、南西の裏鬼うらき門、南条瑛史なんじょうえいじさん。年齢はひよりさんと同じくらいかな?」


「天倉神社は南東、門。木の気質。」


「そして神門は北西。天の気質。」


これは覚えるのが大変ね、と佐知が苦笑すると、追々でいいさと嗣実は軽く言う。


「結婚式で会えば、だいたい覚えるよ」


なんだかドキドキする。ある意味、黒崎を知っていて良かった。


「佐知は私が守るから。」


九龍守として、これから何が待ち受けているか分からない。でも、自分が佐知といることが神託だ。


(何があっても不動心でいること)


自分と龍を信じて来てくれた佐知を、心から大事に思った。



———————



結婚のお祝いが、村の人たちから次々と届き、佐知は幸せな実感が湧いてきた。


来客の対応で忙しくしていると、陶芸家の二村が、以前佐知が作った茶盌が仕上がってると届けくれた。


「なかなか素敵な茶盌に仕上がってるよ」


二村が包みを開けて、佐知が作った2つの茶盌を取り出した。


「わぁ、いい感じに焼き上げてくださってありがとうございました!」


いびつながらも、いい雰囲気だ。自己満足して眺める佐知に、二村が言った。


「陶芸って不思議で最初から作れるものと20年後に作れるものってそんなに変わらないんだよ」


「もうその手が持ってる形であったりその人そのものだから…そこは本当に一貫していて」


「僕はそういうお茶盌は作れないんだよ。その子たちには佐知さんのDNA,歴史,品格とかが凝縮されてるんですよ。すてきです。」


二村の言葉に、下手でもかわいいなと思っていた佐知は、なんだか感動した。


「だんだん上手になっていくのかと思ってました」

と言って笑うと、


「上手くならない方がいいんですよ」


「こんなハイテクの時代に桃山時代のものを未だ目指して切磋琢磨してる異常な世界だからね」


佐知は二村の言葉を噛みしめながら、白に薄く紫がかった色に仕上がった茶盌を手に取っていると、横から嗣実が、「あれ?」と声を出した。


「その茶盌、見たことあるなあ」


嗣実は、ちょっと待ってて、と、蔵へ向かっていき、しばらくして箱を一つ持ってきた。


"こぼれ萩"と箱書きされたそれは、天正十三年、八千代の作とあった。


「これは、桃山時代、その時の九龍守の伴侶、八千代が作った茶盌」


「おお、よく似てますねぇ!」


二村が佐知の茶盌と並べた。


「佐知ちゃんと、手が同じようだね。もしかして、生まれ変わりだったりして?」



佐知と嗣実は顔を見合わせて、微笑みあった。



………きっと、そう。



———————



嗣実と佐知の結婚式。


それは、祝言と呼ぶのに相応しい、厳かで美しい式だった。


紅葉が色付き、木漏れ日が光る参道。

白無垢姿の佐知を、母の京子が涙ながらに手を引き歩いた。


嗣実の家族、佐知の家族、村の人々、みんな二人の結婚を心から喜んだ。



神殿で待ち受ける黒崎は、この日ばかりは嫌味なく、素晴らしい祝詞を挙げてくれた。


氏子の子らが舞う童舞わらべまいは、架空の鳥、迦陵頻伽かりょうびんかをかたどった衣装の迦陵頻かりょうびん

秋空に映え、愛らしく祝いの舞となった。


披露宴の会場は天倉神社の参集殿。

招待客が多いので、立食での宴会にした。


古いが手入れが行き届き、雰囲気のある参集殿で、森の景色を眺めながらの和やかな宴。


こんな結婚式に出たことが無い春田や東京からの友人達は、「何もかも新鮮で感動的」だと泣いた。


「佐知がここに歓迎されてるのがよくわかる!本当におめでとう!それにしても素敵な旦那様だわ」


袴姿は日常とはいえ、紋付袴の嗣実は誰もが見惚れる凛々しさだ。佐知の友人たちはここぞとばかり嗣実と一緒に写真を撮って騒いだ。



そして髪型を変え、黒の引き振袖に衣装替えをした佐知は、皆が息を呑む美しさだった。


「佐知ちゃん、なんて綺麗なの……」

佳代子が涙を溜めて佐知の手を握る。




招待客をひと通り回り、嗣実は佐知を黒崎の元へ誘う。


「黒崎さん、素晴らしい祝詞をありがとうございました」


佐知が頭を下げると、黒崎は苦笑いをした。


「おめでとう。目を見張るほど美しいよ。いや、残念で仕方がないよ。佐野君と喧嘩でもしたら

、いつでも歓迎するよ」


嗣実はムッとしたが、黒崎は相変わらず悪びれない。



「佐知、こちらは白門の月舘さん、そして空門の不破さん…」


嗣実は、九龍守達が集まっている場所に佐知を連れて行き、それぞれを紹介した。


佐知は一人一人に、佐知と申します、と挨拶をし頭を下げる。



「まことに、神門の巫が現れたことを我々全員喜ばしく思っております。また、地門の主と結ばれた事、得難い結束と承知しています。」


白門の月舘清弦が、静かに口を開いた。


「これでようやく、九つの門が揃いましたな。

…神門が開かれた今、気は一気に流れ込む。」


「佐野嗣実殿、佐知殿、これより先は"結びの力"が試されましょうぞ。龍は邪なものを喰らう。我々はその浄化を守り、邪なものを龍に導くことが使命。これからはその力が最大になることでしょう。」


不破が杯を口に運びながらも、静かに続ける。


「結ばれたことで目覚めるものもあれば、封じられるものもある。

覚えておいてください、風が吹くのはいつも神門から…」


二人の重く、地響きのような声。

佐知は背筋に冷たいものを感じながら、視線を落とした。


(…この人達にとって、私は佐知ということよりも、神門の巫……)



すると、そこへ割って入るように、白石ひよりが柔らかく笑いながら言った。


「怖がらせないであげて。今日は祝いの日よ」


「佐知さん、龍脈の九門にようこそ。

あなたは要なの。

私たちはあなたを支えるためにいるのよ」



そう言って手を取り、うちの神社にも遊びに来てねと笑顔を作り、佐知の手を握った。


佐知は女性がいて、それが包容力のありそうな、ひよりでよかったと、頷いた。



嗣実は、終始厳しい顔で九門の各々に向かっていたが、ひよりと佐知が和やかに手を取る様子を見て、少し気持ちが緩んだ。


黒崎が近寄り、苦笑しながら呟く。


「…まさか自分が神門と地門の祝詞を挙げるとはな!しかし、彼女は日に日に美しくなる。気付いているか?」


「…そうだな」


「邪門の動きも目につくようになってきた。九門の結束は絶対だ。代替わりが続いて、若い門が多い。動きはいいが経験が足らない。我々を含めて。」


「龍が龍脈を滞りなく動けるように、今まで以上に締めていかねばな!」


黒崎は嗣実の腕をバシっと叩いた。


「わかってますよ」


嗣実は会場の窓から見える、秋晴れの空を見上げて微笑んだ。



「嗣実—!外で集合写真を撮るわよー!」


佳代子が大きな声で、みんなに召集をかけている。


二人の家族、友人達、村の人々、そして九龍守達、それぞれと撮ったあと、全員揃って並ぶ。


笑い声が響く中、その横の龍須川には美しい木漏れ日が燦々と降りている。


「さあ、みなさん、笑って!」


カメラマンの声に、全員がレンズに注目した遥か頭上で、大きな長い雲が泳ぐように現れた。



嗣実と佐知は手を握り合う。


「どんな嵐が来ても、この手を離さない」




カメラのシャッターが、

カシャッといい音を立てた。






———————



「…で、神門の氣はどうだった?」


白石ひよりの手を見ながら、裏鬼門の南條が聞いた。


「そうね、」


ひよりは手のひらを南條の肩に当てた。


「ふうん、なるほど…」


遠くに日の光を浴びた新郎新婦を見ながら、

ひよりが呟いた。






「…風が、吹いて来たわね…」








「白銀の龍」 第一章 完















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白銀の龍 福田智一(ちいち) @ichisatoko

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