カツオドリ

アイス・アルジ

第1話 カツオドリ(お題:「海」「番」「説明」)

 一羽の鳥が、暗くうねる波間を飛んでいる。その体は無駄を削ぎ落したグライダーのように精緻で、鋭く伸びた嘴が波頭の飛沫を突き抜け、陸地から遠く離れた小島の高台に滑り込んだ。そして、少し不器用に痩せた草地に降り立った。

 先ほどまでの輝く青空が、嘘のように曇り、大風が吹き荒れた。いつも嵐は海からくるのに、今回は突然、陸の方からやってきた。不気味な唸りと、空気振動、灰色の巨人のような雲が、いくつも沸き立った。そして、その頭が傘のように膨らんだあと、少しずつ形を変え流れ去って行った。そこは、夜になっても明かりが絶えない都市の空の上。


 海鳥はカツオドリ、飛ぶのが得意だ。海上を何時間も飛び続けることができる長い羽と、スッとした美しい体の持ち主。

 次々に何羽もの仲間が戻って来た。カツオドリは首を上げ、あたりを見回した。不安な鳴き声が響く。


 先のカツオドリは、₂つがいのメスを見つけた。ゆっくり歩み寄ると、首を寄せ合い再会の挨拶を交わした。やがて雨が降り始めた。二羽は柔らかい羽毛に顔をうずめ、身を寄せた。


 たった数時間で嵐は去った。

 草むらから立ち上がったカツオドリは、夕日を見つめた。妙に赤紫に染まった空と静けさ。その夜になっても、あの都市の空に、いつもの明かりは見えなかった。


 やがて、冬を待たずに草木が枯れ始めた。海の魚たちも去り、回遊方向を変えた。この異変を、カツオドリに明できる者はいなかった。

 ただただ、カツオドリたちは生き延びるために、住み慣れたこの海沿いの高台を去って行くしかなかった。


 それから十数年後、一羽のカツオドリが、この離れ島の高台に戻って来た。砂利に覆われた地面には、乾燥に強い地衣類がはびこり、風になびく草が生え始めていた。


 カツオドリは海岸に散らばる小枝や、流れ着いたゴミを拾い集め、高台へ運んだ。そして巣の形に積み上げていった。

 繊維の切れ端、ちぎれた綱、潰れたプラスチック容器、靴や鞄の切れ端、人類の痕跡。

 数日後、メスのカツオドリが到着した。気に入った巣を見つけると、その周りを回り、巣のできばえとオスの容姿を観察した。二羽は求愛の挨拶をかわし、つがいとなった。やがてメスは初めての卵を産んだ。


 海岸に打ち上げられ放置された船の残骸、その中に残された毛布や衣類。ラジオに懐中電灯、空き缶。色褪せた日用品にノート、ぬいぐるみ。使われる事なく、取り扱い説明書と共に残された、ゲーム機と、自動子守ロボット。


 カツオドリたちは、その海岸の上を飛び交い、巣へ魚を運んだ。何度も何度も、子孫へと命を繋ぐために。

 こうして時は巡る、運命の波のように、未来の岸辺へと。





 —――自主企画【三題噺 #105】「海」「番」「説明」への作品。最近、物語を完成していなかったので、習作として書いてみました。 (Ice.A 2025/07/24)

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