失われつつある「境界線」への静かな問いかけ
- ★★★ Excellent!!!
最近よく耳にする「クマの被害」というニュース。
その裏側にあるものを、ここまで丁寧に、そして美しく描いた物語はなかなかありません。
舞台は、アイヌの聖域「カムイモシリ」。
自然を神として敬ってきた人々の想いと、それを「資源」や「観光」として扱ってしまう現代人の価値観が、老猟師と若い職人の視点から描かれていきます。
特に心に残ったのは、母グマが撃たれる場面。
それは単なる「駆除」ではなく、大切な命が失われる瞬間として描かれていて、胸に静かに響きました。一発の銃弾が残した傷と、その後に紡がれる、心を癒すもの、の描写がとても印象的です。
また、アットゥシの文様やマキリ(小刀)の彫りなど、アイヌ文化の描写がとにかく丁寧。
表面的な演出ではなく、きちんと調べ、敬意をもって描かれていることが伝わってきます。
「万物に神が宿る」というアイヌの精神性が、過去のものではなく、今を生きる私たちの心にもそっと寄り添ってくれる――そんな物語でした。
「駆除か保護か」という単純な話ではなく、
人と自然はどう向き合うべきなのか。
読み終えたあと、静かな風のような余韻と、優しい問いが心に残る作品です。