子を守りし、母の愛はカムイの森に還る
神崎 小太郎
前書き 作品への想い
近年、北海道の知床岬では、夏でも雪が残る谷で登山者がヒグマに襲われる事故が相次いでいます。
この脅威は北海道に限らず、本州でもツキノワグマによる被害が深刻化し、今年に入ってすでに十数名が大切な命を落としました。
町には「クマ出没注意」の看板が並び、学校では警報によって授業が中止される日もあります。里山を歩く人々は鈴やスプレーを携え、場合によっては自衛隊や警察の出動要請まで認められる──そんな風景が、今や日常の一部となりつつあります。
けれど、こうした状況を安易に「クマだけの責任」と決めつけることはできるでしょうか。異論を封じ、相手を罵倒し、炎上を繰り返す現代社会。私たちには、何よりも冷静さが求められています。
かつてクマは、テディベアや物語の中で親しまれる存在でした。自然の恵みに生きる彼らと、森を開発し続けてきた私たち人間。その関係には、いつしか断ちがたい隔たりが生まれてしまいました。
本来、私たちとクマは共に生きることを目指していたはず。なのに、今や「駆除か保護か」という単純な対立にすり替えられています。しかし、問題の本質はもっと深いところにあるのではないでしょうか。
里山の手入れを怠り、老朽化した空き家を放置し、森を閉ざされた迷路のように変えてしまいました。その結果、クマの平和な生活圏を侵され、彼らの生態や行動を変えてしまったのです。
無責任に放置された食べ物や、観光客が与えた餌は、クマの野生本能を鈍らせ、人里へと誘う要因となりました。さらに温暖化による異常気象は森の実りを減らし、冬眠前の飢えを満たすために畑を荒らす被害も増えています。
今、私たちに求められているのは、単なる場当たり的な対処ではなく、自然との根本的な関係性を見つめ直すことです。
野生動物の個体数把握や電気柵の設置といった防御策を講じつつ、長期的には「豊かな森の再生」こそが、持続可能な未来を築く鍵となるでしょう。
森はかつて、神々の気配が満ちる聖域でした。その静けさに耳を澄ませ、自然に畏敬の念を抱いて暮らしていた時代がありました。カワウソやオオカミが棲んでいた森は、彼らにとってかけがえのない故郷だったのです。
だからこそ今、自然と人間、野生動物との新たな関係を築くために、互いの境界線を丁寧に描き直す必要があります。
「理想論」との声もあるでしょう。けれど、どうか落ち着いてください。
野生動物といえども、命の価値に違いはありません。人間と動物、双方の命が失われている現実を前に、私たちは目を背けることなく、共に考え、行動する時を迎えています。
純文学物語『子を守りし、母の愛はカムイの森に還る』は、風の音や香りまでも届くアイヌの森──伝承のコタンを舞台に、祈りを込めて紡いだ物語です。
クマを我が子のように慈しみ、神として敬ったアイヌの精神に寄り添いながら、この物語があなたの心にも静かに届くことを願っています。
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