1954年、日本

1954年、日本 ①

「なんで仏像は皆、同じ顔をしていると思うね、吉見クン」

「さぁ……」

 京都の夏は本当に熱く、じっとりとした空気が俺の全身にまとわりついて離れない。三十三間堂の中は幾分ましだったが、それでもだ。

 俺は学ランの上着を脱ぎ、開襟シャツのボタンをはずそうとして、場所柄を考えて止めた。

「さぁ、って何だね。ちょっとは考える素振りでも見せ給えよ、つまらないなぁ」

「だって、俺が何て言っても君は『予想通り、つまらない』とのたまうだろう、犀川」

 犀川は長身を折り曲げるようにして、僕を見下ろしてにやにやと笑っている。黒い長髪は脂でべたついていて、少し臭う。

「それより君、今度は何日風呂に入っていないんだ。君も一応女性なのだから、少しは気を使ったらどうだ」

「ええ?僕を女扱いするのは君ぐらいなものだよ、吉見クン。随分変わった嗜好だねえ……」

 汚いシャツにズボンをはき、男の俺よりも長身で長髪な犀川は、俺の大学の同期で、同じ寮に住んでおり、寮で唯一の女だった。女子寮よりもキャンパスに近いから、という理由で無理やり男子寮に住み着いたのだ。本来明らかに規則違反だが、誰も彼女を女扱いしなかったこと、そして当局でも寮監でもなんでも黙らせるだけの、輝かしい実績が犀川にはあったので、黙認されている。

 犀川は生物学の天才で、特に遺伝に関する研究では他国の科学者の10年先を行っている、という噂もある。1年前に世界を震撼させた「遺伝子の二重らせん構造」も、自分のほうが先に見つけていた、と犀川は吹かしていた。本当かどうかは知らないし、俺の専門は文学だから、研究成果の話を聞いても何がすごいのかはよくわからないのだが。

「ところで、さっきの僕の質問への答えは?」

「……そりゃあ、信仰の対象なんだからな」

「信仰の対象だから美しく作った?予想通りのつまらない答えだねえ吉見クン」

「だったら『天才』犀川伊織様はなぜだと?」

 犀川はにぃっと笑って、三十三間堂にずらりとならんだ美しい仏像を見遣って言った。

「美というのは畢竟、雑味のなさ、なのさ。シワだのシミだの、左右の非対称さだの、そういった雑味のないものを、ヒトは美しいと認識する……ひるがえって、彫刻にするとなったら、そういう雑味を表現するのは難しい。シミだのシワだのを、表現できなかったのさ。ま、要は技術が足りなかったんだろうね、昔の職人は」

 そうだろうか、と俺は首をかしげたが、得意げに語る犀川の声は自信に満ちていて、淀んだ目を変に輝かせて語る様には独特の説得力があった。変わり者という言葉を絵に書いたような犀川が、なんだかんだ学会や大学で村八分にされずにいるのは、実績以上に奇妙な魅力がそうさせているのではないか、と俺は思う。

「それで、お前は仏像の話をするために俺を呼びつけたのか?」

「いんや、違う。フィールドワークのお誘いさ」

 犀川はまたしても、口を釣り上げて目を細めた。

「『美人しかいない村』というのを聞いたことがあるかね、吉見クン?」

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