第2話 開拓村マルギナリス【インウィディア・開拓区】
「――なんてねっ!」
白銀の短髪が青空にきらめく。
5次元空間に潜り込み炎を回避したリメアは超短距離の跳躍を行い、デュオナッソの頭上へ。
半透明だった体が色素を取り戻すと同時に、炎を吐くために持ち上がっていた長い鼻を両腕でしっかりと担ぐ。
「そう……れっ!」
鮮やかな空中一本背負いが決まった。
巨大なイノシシは足をばたつかせながら飛んでいく。
細木を何本もなぎ倒していったデュオナッソは最後、ズン、とお腹に響く音を立て巨木の幹へ身体を打ち付けた。
衝撃は思いのほか大きく、ぶつかった木が激しく揺れる。野鳥たちが騒ぎ立てながら飛び立ち、あとから枝や葉っぱが雨のように降ってきた。
「これで懲りて逃げてくれるといいけど……」
着地したリメアは額の汗を拭う。とっさに跳躍を使って切り抜けたものの、体内のエーテル残量はごくわずか。
長期的な戦闘はかなり厳しい。
リメアはふぅ、と息をつくとそのままつま先立ちになって背伸びし、デュオナッソの様子を伺う。
農園の脇に出来上がったトンネルの向こうからは、草葉の動く気配が感じられない。周囲には静けさが漂っていた。
「あれ! やりすぎちゃったかな!? ごめんねイノシシさん!」
リメアはなぎ倒した細木を足場にトンネルへ分け入る。
しかしその途中で立ち止まり、リメアは目を見開いた。
「どういう……こと……?」
背後からアーヴィとリッキーがやってくる。
「あー、やっぱりな」
なにかを知っているような口ぶりだった。
リメアは目を丸くしたまま、視線をもう一度木の根元へと送る。
そこにはグズグズに溶けてしまった、デュオナッソだったはずの物体が横たわっていた。
立派だった鼻も、ゴツゴツした表皮も既に形を失っており、黒っぽい泥の塊にしか見えない。周囲には汚水のような臭いが立ち込めていた。
状況が飲み込めずただただ立ち尽くすリメアをよそに、アーヴィは歩を進める。
リメアもその後ろに恐る恐るついていくと、彼は無言で泥の塊へと手を突っ込んだ。
「これが、この星の病巣の一端だ」
引き抜かれた手の先には、橙色の結晶片が輝いていた。
「なに、それ……。ねぇ、さっきのイノシシさんは、死んじゃったの?」
「いや、正確にはよくわからん。そもそもこいつらが生命と呼べるのかも怪しい」
差し出された結晶片を受け取ろうとして、リメアは首を傾げた。
アーヴィの肘から指先にかけてべったりとこびりついていた泥が、綺麗サッパリ消えていたからだ。
かすかに残っていた指の間の泥も、目に見えないほどの塵となって風に流れていく。
彼の背後に横たわるデュオナッソの本体に目をやれば、10メートルもあった巨体が、小さな水たまりほどになっていた。
そのまま眺めているとみるみるうちに泥は地面に吸い込まれていき、最後には横倒しになった草の跡だけがデュオナッソが存在した証となった。
唖然としたまま固まっていると、両手の受け皿にコロンと結晶片が渡される。
「その結晶、よく見てみろよ」
言われるがまま、リメアは両手を覗き込む。
光沢を持った小指サイズの宝石は透き通っていて、不純物が一切見当たらない。
「これ……なんだろう……」
リッキーに手伝ってもらい石を分析してみる。
「リメア様、コレは……!」
「うん、間違いない……!」
腕を組み欠伸をしていたアーヴィに、リメアは向き直った。
「アーヴィこれ、ただの宝石じゃない! エーテルが凝縮されてる!」
「だろうと思ったぜ。この星にはこんな奴らがうじゃうじゃいやがる。前来たときには見なかった存在だ。住民たちからは、魔物って呼ばれてる」
「魔物……!」
ゴクリと喉を鳴らすリメアに、アーヴィは続ける。
「で、魔物は倒すと、死体を残さずに消えちまう。ちょうど今見たようにな。その魔石だけを残して」
「なんだか、ゲームの世界みたいだね……!」
リメアの声が僅かに高揚した。
かつて宇宙船にいた頃、似たようなゲームをプレイした記憶を思い出す。
敵を倒すとクリスタルを落とし、レベルが上がるRPG。
結局すぐにクリアしてしまって、延々とパズルゲームへ興じる羽目になったのだが、目の前の状況はそのゲームとよく似ていた。
「……ちょっとワクワクするね!」
ニコッと笑うリメアに、アーヴィは頭を抱える。
「あのなぁ、これは現実なんだぞ。それに見てみろよ。被害は甚大だし、ゲームみたいにすぐ元通りってわけにはいかねぇんだ」
「……たしかに」
振り返れば、トンネルの先でデュオナッソとの戦いで荒れた農園がそのまま残っていた。
ふかふかだった土は踏み固められ、柵は焦げ付いている。
作物もそのほとんどがなぎ倒されるか灰になっているかだった。
リメアは知っている。壊すのは簡単でも、戻すのはとても大変なのだ。
かつてフェニスに降り立った時、孤児院の庭を穴だらけにした時の景色と目の前の光景がダブって見えた。
「ま、ここに居座っていても話は始まらねぇ。誰かさんのせいで農園を隠すための林に、どでかい通り道ができちまった。デュオナッソがいつまた現れるかわからねぇし、さっさと行動開始すっか!」
「うっ、なんだか責められてる気がする!」
頭を抱えたリメアをよそに、アーヴィは腕の柔軟体操をしながら歩き出す。
「
「あ、うん!」
リメアは頷くと一度立ち止まった。
深呼吸しつつ胸に手を当て、意識を集中させる。
すると肩から腰にかけて、パチパチとエーテルが反応光を飛ばした。
「やっぱりこれがなくっちゃ!」
生成されたのは、デニム生地でできたポシェットだった。
ぱちんと留め具を外し、中に魔石をしまい込む。
「おーい、まだか?」
「今行くー!」
リメアはトンネルの向こうで待っていたアーヴィのところまで、走り幅跳びの要領でジャンプした。
着地して跳ねた土をパタパタとはたくリメアを、アーヴィがたしなめる。
「子供みてぇだな、そのカバン。あと、戦闘の邪魔にならねぇか?」
「カバンじゃないよ、ポシェット! あと、子供っぽくてもいいの! お気に入りなんだから!」
プンスカ頬を膨らませ、リメアはアーヴィを置いてずんずん歩き出す。
しかし、そのまま十歩ほど歩いて、はたと立ち止まった。
「……ええと。どこ行けばいいんだっけ……?」
振り返って見れば、アーヴィは盛大に溜息を吐き出す最中だった。
「はぁ……、先が思いやられるぜ……。こっちだ。しばらく歩けば、森を抜けられる」
アーヴィが示したのはリメアが向かおうとした方向とはまるで逆。
かぁっと顔が熱くなるのを感じながら、リメアは差された方角へ再び歩き出す。
アーヴィはやれやれと言った様子で肩をすくめながら、その後ろに続いた。
大樹がひしめく森の中で、道なき道を2人は黙々と進んでいく。
アーヴィの農園から離れるとすぐに周囲は薄暗くなった。
農園の周りだけどうして明るかったのか聞けば、日照のために木の枝を落としていたからだとか。
アーヴィはやっぱりマメだな、とリメアは思う。
手頃な木の棒を見つけて杖代わりにし、鼻歌を歌いながら進んでいくリメア。
その後ろをポケットに片手を突っ込んで足元を確かめるように歩くアーヴィ。
野鳥や獣の鳴き声をBGMに、湿り気を帯びた腐葉土を踏みしめながら前進を続けていく。
「ねぇアーヴィ」
「ん、どうした?」
リメアは歩きながら顔を半分だけ後ろに向ける。
「アーヴィのこと、もっとちゃんと教えてよ」
「なんだそりゃ。漠然としてるな」
倒木を乗り越えながらアーヴィが聞き返す。
「んー、わたしのことは前に話したけど、アーヴィのこと、よく知らないなって思って」
「はっ、知ったところでやることは変わんねーよ。あいにく自語りするほど大層な過去は持ち合わせちゃいねぇからな」
「えー、ケチ!」
「ケチとかそんなんじゃねえだろ。俺のろくでもねぇ過去を掘り返してぇのか?」
「そんなんじゃなくってさ。友達とか、仲良かった人とかいた? どんな人と一緒にいたの? わたしが知りたいのはそういうの」
「あー、なるほどな。残念だが期待には応えられそうにねぇな。多分全員死んじまった。組織は束ねていたが、馴れ合いは禁じていたからな。戦場じゃいつ誰がいなくなってもおかしくねぇんだ」
「……そうなんだ。なんだか、寂しいね……」
「寂しくはねぇさ。成すべきことがあるだけだ」
腰高ほどもあるきのこを避けながら、リメアは考えた。
(そうだよね、みんなアーヴィやわたしみたいに、体が丈夫なわけじゃない。寿命も短いし、怪我したり病気になったり……)
やせ細った少女の体躯が脳裏をかすめる。
(だとしたら、アーヴィはどれだけの出会いと別れを繰り返してきたんだろう……)
辺りは相変わらず薄暗かったが、空高くにある枝葉をくぐり抜けた光の柱が幾本も伸びていた。
木々の朽ちた香りと幻想的な森の景色に包まれながら、リメアは次の言葉を探す。
「やっぱり、精霊を殺したいの?」
「……少し、違うな」
アーヴィは声のトーンを落とす。
「フェニスを見ただろ。精霊の力は人間には強すぎる。人は簡単に堕落しすべてを預け、やがて奴隷に成り下がる」
「……あれはフェニスがそうだっただけじゃないの?」
「違うな。どの星も問題の種類は違うが、根本は同じだ。精霊の存在自体が、人類の脅威になんだよ」
「でも、フェニスは話したらわかってくれたよ? アリシアと一緒に、きっと仲良く頑張ってくれてるはず」
「あのパターンは特殊だ。エーテル化したリメアのお友達が仲介役になったってのがでかすぎる。逆に聞くが、お友達抜きにあの精霊をほったらかしにできたかよ」
「それは……」
うまく返すことができずリメアは口ごもった。
アーヴィの発言に矛盾や綻びはなく、実に正しく聞こえる。
(みんなが仲良くできればいいのに。一緒に考えたら、きっとうまくいくと思うんだけどな……)
リメアの中には言葉にできないモヤモヤとした感情が渦巻いたのだった。
「見えてきたぞ」
アーヴィの声に顔を上げるといつしか鬱蒼とした森は終わりに近づいていて、低草が風に揺れる丘が巨樹の間からのぞいていた。
「わあ、明るい! やっぱり暗いところにいるとよくないね! 気持ちまで暗くなっちゃう!」
リメアは駆け出し、森を抜ける。
「うわぁ!」
開けた景色に、思わず歓声を上げた。
どこまでも続くなだらかな丘陵。
見上げれば空は群青色に染まっており、右手の山は夕暮れ、左手の地平線は朝日が登り始めている。
乾いた心地いい風がワンピースの裾をはためかせた。
「ほんとに太陽が2つある……!」
知識回路の図書館で調べた、この星の最大の特徴。
ただ太陽が2つあるという情報だけでは、想像もできなかった色鮮やかな景色を見て、リメアは目を輝かせた。
知識として知っているのと、実際に目で見てみるのはぜんぜん違った。
追いついたアーヴィが、指をさす。
「あそこ、見えるか。町があるだろ」
丘の向こうへと目を凝らすと、地平線の近くに小さな森とそこから伸びる大樹が見えた。その根本に草葺の屋根が連なっている。
「えー……、あ、見えた! あのおっきな樹の下にあるのがそうかな?」
「ああ。40年ぐらい前になるか。最初は小さな集落だったが、今じゃ結構大きくなったもんだ。街道も整備されて、人の往来も多い。情報収集にはもってこいだろ」
まるで身を寄せ合うように密集している建物たち。
この星に来て初めて人に会えると思うと、リメアの鼓動が自然と早くなった。
丘の向こうをじっと見つめるリメアを見ながら、アーヴィは腰に手を当てる。
「眠くねえのか? フェニスだったらもう日暮れの時間だ」
「うん、大丈夫! 今すっごくワクワクしてて、きっと眠れないと思う! 早く行きたいなぁ! ねぇアーヴィ、もしアーヴィが良ければなんだけど……」
なにかを察したアーヴィはスン、と真顔になった。
眉をひそめつつ、リメアより先にピシャリと言い放つ。
「嫌だからな、投げられるのは」
「えーっ! ぴゅんって行けるじゃん! どうして?」
「怖ぇからだよ!! あと、そんな勢いで飛んできた奴らを町の連中が歓迎すると思うか? 新手の魔物にしか見えねぇぞ、どう考えたって!」
「た、たしかに……」
さすがのリメアもアーヴィの意見に従った。
せっかくアーヴィが髪の色を変えてまで潜入するのだ。
目立つのはよくない、スパイ失格だ、とリメアは自分に言い聞かせた。
仕方なく歩きを選択したリメアたちだったが、目標が見えるようになってからは早かった。
歩けば歩くぶんだけ、町が大きくなっていく。
丘陵地帯は徐々に平坦になっていき、放牧されている牛や山羊、畑がちらほら見えるようになってきた。
「うわぁーっ! おっきな門!」
町の入口までやってきたリメアは声を上げてぴょんぴょん跳ねる。
木の板を組み合わせたような大きな跳ね上げ式の門が2人の前にそびえ立つ。
両脇の木の幹がそのまま柱として流用され、門扉を支えている。
町の周囲はぐるりと杭で囲われており、侵入を拒む堅牢な作りとなっていた。
門の上には見張り台があり、2本の木を橋渡しするように、アーチ状の大きな看板が掛かっている。
「えっと……」
リメアは書かれている文字を読もうと目を細めるが、ところどころ読めない文字に苦戦する。
眉間にシワを寄せていると、隣からアーヴィが助け舟を出してくれた。
「開拓村マルギナリス、だ。宇宙共通語の文字だが、若干崩してあっから読みにくいだろうがよ、じきに慣れる」
「はぇー……」
言われてみれば、崩れた文字にリメアの知っている文字と共通点がある。
勉強はあまり好きでないリメアだったが、これぐらいならリッキーに叱られる前に覚えられそうだとひとり頷いた。
「あまり見ない顔だな。嬢ちゃんたち、どこのキャラバンの子だ? 外出は許可していないはずだが」
リメアが正面に向き直ると、門柱に寄りかかった門番が木の皮をかじりながら首を傾げていた。
「え、えっと……」
突然のことで、わたわたと慌てるリメア。
するとすっと前に出たアーヴィが、スラスラと話し始めた。
「すみません、俺達遊んでたら町の外に出ちゃってて。キャラバンのところに行ったらわかると思うんですけど、道に迷っちゃって……」
言葉遣いも声のトーンも普段とはまるで違う。
心なしか目元が潤んでいるようにも見える。
リメアはあまりの衝撃に目を見開いたまま、石のように固まった。
門番はポリポリと頭を掻き、苛立たしげに木の皮を噛みちぎる。
「ったく、土木係がまたサボってやがるな。古くなった壁の修理早く終わらせろってあれほど……。まあ子どもサイズの穴を全部塞げって言ったらきりがねぇ、か。坊主たち、外は魔物が出て危ないって母ちゃんに言われてなかったか?」
門番は頭に指で角を作り、歯をむき出して怖い顔を作った。
「ご、ごめんなさい!」
アーヴィはペコリと頭を下げると、すっとリメアの手を引く。
「行こ、リメア!」
「え、あ、うん!」
目をぱちぱちと瞬きするリメアだったが、アーヴィに引っ張られるまま駆け出す。
振り返っても門番は追ってくる気配もなければ、疑っている様子もない。
相変わらず暇そうに門柱にもたれかかり、空を見上げて木の皮をガムのように噛み続けている。
「アーヴィ、すごい、町の中にはいれちゃった!」
「こういうのはな、見た目を利用してささっと自然にやるのが1番なんだよ」
ニッと片方の口角を上げて笑う少年。
さっきまでの幼気《いたいけ》な少年の面影はどこへやら、いつの間にか悪巧みする大人の顔に戻っていた。
「……なんか、そうやって聞くと騙してるみたいで悪いかも……」
「バカ野郎、気にしたら負けだ。そんなことより、見ろよ。これがこの星の一般的な町だぜ」
「うわぁ……、外からは見えなかったけど、こんなふうになってたんだ……!」
リメアは鼻をふくらませ、目を輝かせる。
そこには天を突くほどの巨大な樹を中心に作られた、独特な町並みが広がっていた。
地上に壁の如く盛り上がった木の根には、張り付くように家屋が増築されている。
1階部分には店舗が並び、2階までは人工の建築物だが3階以上は木の根をくり抜いて居住スペースにしているようだった。
リメア達のいる門から大樹の根本までのなだらかな傾斜を、まっすぐ石畳の大通りが続いている。
道の中央には大きな溝が掘られており、すぐ正面の広場には枯れた噴水が佇んでいた。
アーヴィと同じような服を着た多くの人々が行き来しており、通り沿いの店の前で談笑している人、軒先のテーブルで食事をする人と、町は活気に満ちあふれている。
リメアが町の様子に目移りしていると、突然、鐘の音が鳴り響く。
音は町の中央、大樹の方から聞こえていた。
見上げれば、幹の高い位置に吊るされた大きなベルが、左右に揺れている。
「来るぞ……!」
腕を組んだアーヴィがニシシと白い歯を見せて笑う。
「来るって何が?」
リメアが尋ねたその時、町中の扉という扉が一斉に開いた。
人々は通りやバルコニーに出て、一斉に大樹を見上げる。
「え、なに、なに!? 何が始まるの!?」
町の異様な光景に驚いたリメアがキョロキョロとあたりを見回していると、激しい水音が背後から聞こえた。
「えっ!?」
振り返ってみれば、門の向こう、歩いてきた丘の方から白い壁が迫っている。
目を擦ってよくみれば、それは壁ではなく、雨だった。
バケツを引っくり返したような豪雨が、どんどんこちらに向かってやってくる。
「アーヴィ、傘……っ!」
言い終わる前に、リメアたちは土砂降りの洗礼を受けた。
前髪が張り付いたまま硬直したリメアを見て、アーヴィは大声で笑う。
「あっはっはっはっは! どうだ、びっくりしたか?」
ずぶ濡れになりながら髪をかきあげるアーヴィ。
周りの人は、とリメアが見ると、町の住民たちは特に騒ぎ立てることもせず、体を洗う人、顔を上に向けて口を開ける人、と各々が雨の中で自由に過ごしていた。
どうやらここでは雨を浴びることが日常の一部になっているらしい、と、リメアは数秒かけてようやく理解した。
「この雨って、いつ止むのー!?」
雨音に負けないように、リメアは声を張り上げる。
「さあな! だいたい10分ぐらいだと思うぜ! その日の樹の体調次第だ!」
「樹の体調!?」
リメアが耳を疑ったところで、雨が急に蛇口を閉められたかの如く止んだ。
雨脚が徐々に弱まるわけでもなく、唐突に。
ポタポタと水滴の滴る髪もそのままに、空を見上げるリメア。
大樹の枝葉の向こうに広がっていたのは、雨雲ひとつない晴天だった。
「ど、どゆこと?」
狐につままれたような気分でアーヴィを見る。
少年は茶色に染まった頭をブルブルと振って水気を落とすと、種明かしをしてくれた。
「この星では、めったに雨は降らねぇ。代わりにこの樹が雨を降らせるのさ。地下深くの海から吸い上げた水を、自分の周りにばらまくんだ」
服の裾を絞った後で大樹を指差すアーヴィ。
不思議な樹の生態に、リメアは首を傾げる。
「な、なんで木はそんなことするの?」
「考えてみろよ。雨を降らせりゃ、草が生える。もっと雨を降らせりゃ、水辺ができる。草と水辺がありゃ、虫や動物がやってくる。そしたらそいつらが勝手に土に栄養をばらまいてくれる。自分で土を肥やしてんだよ、あの樹は」
「はぇー……すごい仕組み……」
リメアが感動していると、町の大通りの真ん中に掘られた溝に、集められた大量の雨水が流れてきた。
「改めてようこそ、インウィディアへ」
アーヴィはリメアに向き直り、恭しく礼をする。
「リメアの活躍に、期待、してるぜ?」
にやりと笑う少年の後ろで、枯れていた噴水が息を吹き返し盛大に水柱を上げた。
ゴクリと喉が鳴り、手をぎゅっと握りしめる。
この世界の歪みやアーヴィが立ち向かおうとしている問題のことなんて、リメアにはまだわからなかった。
だが、フェニスのようにすぐに分かる違和感がない時点で、これから進む道のりは前の星より険しいのだと、びしょびしょの頭の奥で静かに理解したのだった。
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