2章 肥沃の大地、骸の路

第1話 森の隠居人【インウィディア・開拓区】

「んじゃまず近況報告会と行こうじゃねぇか。 どうよ90年ぶりの再会は。つっても、そっちの体感時間はわかんねぇが」


 淡い金髪をかき上げた少年は、椅子を背もたれ側に傾けゆらゆら揺れる。


「うえ! そんなに時間経ってたの!? アーヴィとお別れしたの、つい数時間前なのに……」

「到着したときに言っただろうが……。座標で言うとざっと250万光年近く、お隣の銀河までの旅行って考えたら逆に早すぎってもんだ。もっと時間かかると思ってたんだぜ?」

「はぇー……」

 

 リメアはテーブルのコップに手を伸ばし、果実の香りが立ち上るお茶をすする。

 主律星フェニスを離れたリメアはこの星、インウィディアに到着した後、深い森の中にあるアーヴィの隠れ家で人心地ついていた。

 巨樹のうろを拡張した見事なツリーハウスに目を輝かせたリメアが室内の瓶や収納を開けてまわり、見かねたアーヴィにたしなめられて今に至る。

 枠すらない窓から流れ込む心地よい風、無垢床に揺れるは薄黄緑色の木漏れ日。


 先程まで宇宙の裏側をかっ飛んできたとは思えない、和やかな空間だった。

 ポン、と胸元から飛び出したリメアの相棒、銀色のホログラムAIのリッキーが食卓の上でくるくると回る。

 

「リメア様、ご自覚ないかもしれませんガ、アーヴィ様はブラックホールを利用したワープ、リメア様は5次元空間における超高速移動でここまで来まシタ。移動方法の違いで、この星に到着するまでに大きな時差が生まれていマス」

「その玉の言う通りだ。俺じゃなかったら到着を待たずに墓の下だな」


 言いながらアーヴィはリメアのコップにおかわりのお茶を注ぐ。

 400年もの間宇宙船に幽閉されていた半精霊のリメアにとっても、90年はなかなかの時間だ。

 いくら不死だとはいえ、アーヴィはどんなふうにその時間を過ごしていたのだろうと興味が湧く。

 普通の人間であれば、一生を使い果たすほどの時間に違いはない。

 まず目についたのは彼の服装だった。


「そういえばその服、似合ってるね!」

「ん、ああこれか」


 フェニスにいた時は監獄のシマシマ囚人服にブランケットをマント代わりにしたスタイルだったが、今は涼しそうな麻の服にサンダルの軽装。

 湿度と気温のやや高いこの星に適しているように見えた。

 

「リメアも着替えるか? 生地は余分にあるが」

「ううん、今のワンピースでいい! でもうーん、そうだ!」


 リメアはぽんと手を叩き、胸元に手をかざす。

 ふわりとショートボブの髪がわずかに持ち上がり、白銀に染まる。

 掌の内側でパチパチと虹色にエーテルが弾け、程なくして作業が終了した。


「みてみて! ほら、ちょっとこの星っぽくしてみたよ!」


 リメアの白いワンピースの胸元には、ワンポイントで小さくヤシの木の刺繍が生成されていた。


「……便利だな、その能力」

「えへへ、でしょ! まあ、形や素材をしっかりとイメージできないと作れないんだけどね。これは昔宇宙船の中で見た映画の、南国の島に生えてた木なの!」

「リメア様! 大変お似合いデス!」

「あー、まあ、いいんじゃねえの?」


 褒め称えるリッキーと対照的に、アーヴィは木の皮で編まれた椅子の背もたれにぐっと背中を反らせながら答える。

 様子を見る限り、あまり服の装飾に興味がなさそうだった。

 反応が薄かったのでちょっと頬を膨らませたリメアだったが、ふと違和感に気がつく。

 この星に到着以降、アーヴィが不自然なくらい親切なのだ。お茶を用意したり、服を作ろうかと提案してきたり。


 リメアは母を探すための道案内ならぬ宇宙案内をアーヴィに頼み、彼はリメアに行く先の星々における精霊絡みの問題解決を依頼していた。

 曰くビジネスパートナーとのことだったが、前の星でアーヴィとは意見が食い違い、何度か衝突している。


 久しぶりの再会とはいえやけに物腰が柔らかい。

 なんだか、怪しかった。

 ジトッとした目でリメアはアーヴィを睨みつける。

 

「……なんか、雰囲気変わってない? 変なものでも食べたの?」

「ばっ……失礼な奴だな。90年って結構長ぇんだよ。隠してたビーコン探して、このツリーハウスを作って、川から水を引いて畑を耕して。麻を栽培して衣類を調達して、茶に適した植物を研究するぐらいな」

「絵に描いたようナ悠々自適かつ自給自足の暮らしデスね」

「えっと……目的見失ってない?」


 リメアは再びお茶を喉へ流し込む。

 みずみずしい果実の香りと微かな酸味が癖になる。

 やけにお茶を勧めてくると思ったら、どうやら彼の自信作だったようだ。

 おいしい、と先程伝えたら、喜んで追加分の湯を沸かしていたのはそれが理由だったのかもしれない。

 

「んなこたぁねぇよ。ちゃんと精霊についてもリサーチしてたんだぜ」

「またすぐにぶっ殺す! なんて物騒な考えしてない?」

「考えてない……こともねぇが。ま、とりあえずゆっくりしろよ。新鮮な野菜ならたっぷりあるぞ」

 

 アーヴィは不穏な言葉を残したまま椅子から立ち上がると、窓辺から軒下の畑を見下ろす。


「ちょうど今はキュウリやトマトが食べ頃だ。でかいしうまいし、最高だぞ?」


 リメアは得意げに話す少年の赤い瞳をじぃっと見つめる。


「なんか、はぐらかそうとしてない?」

「べべべ、べつにそんなこたぁねぇよ。なあ、リッキー?」


 話を振られた銀色の球体は、アーヴィのそばまで飛んでいきクルクルと彼の周りを飛んだあと、リメアに向き直る。


「少量の発汗と心拍数の上昇を確認。リメア様、図星デス」

「んの玉っころ! 余計なこと言うんじゃねぇ! あー、だんだん思い出してきたぞ。この感覚」


 アーヴィは額を人差し指でトントンと叩き、大きくため息をつく。


「……何もしてなかったわけじゃねぇけどよ。すまん、これは俺の落ち度だ。実は精霊がどこにいるのか、なにをしているのかを掴むことはまだできていねぇ」

「そうなの? でもこの星でなにか問題があるから、アーヴィはここにきたんでしょ?」

「ああそうだ。この星の問題は根が深ぇぞ。なんてったって……いや、直接見たほうが早ぇな。安心しろ。精霊絡みってのも間違いねぇ」


 窓辺に腰掛けたアーヴィは腕を組んで深刻そうに唇を噛み締めた。

 リメアはお茶を飲み干し、コップをテーブルに置く。


「ごちそうさま。ちょっとまだよくわかんないや……。はぁ、気は進まないけど、色々事前知識は必要かも。リッキー?」

「かしこまりましタ、リメア様。お手伝いしマス」


 リメアはこめかみに手を当て、頭の中で念じる。


(知識回路起動――)


 すると鈍い頭痛とともに脳内で機械音声が流れ出す。


《知識回路、接続いたします……接続完了。ようこそ、宇宙船ライブラリーへ。なにかお調べしたいことはございますか?》


 リッキー、つまりリメアの脳内に搭載された、というか難破した宇宙船から丸々パクってきたアーカイブが起動する。

 やや説明が冗長なのと、使うとリメアの頭が痛くなるという副作用があるものの、参考文献としては非常に優秀な代物。

 リメアが幽閉されていた400年プラス今回の跳躍で追加された90年の時差を除けば。

 

「インウィディアって星について、教えて」

 

《承知しました。検索ですね。少々お待ちください……注意、現在の船内時計と、外界の時刻に大きな差異が……》


(警告は全カットで!)


《……かしこまりました。ではインウィディアについて情報を展開いたします》


 脳内音声の後、リッキーがリメアとアーヴィの間の空間に立体映像を映し出す。

 現れたのは1つの星と、2つの太陽、3つの月。


《誰もが嫉妬する自然の楽園、インウィディア。渡航記録にある主律星フェニスの約3倍の大きさを誇りますが従響星を持たない惑星です。太陽を複数持つ周連星惑星に分類されます。地下の海を軽石の大陸が覆い尽くす、陸地のみで形成されている珍しい星です。惑星の快適度ランクA、人類移住にかなり適した星で、豊かな自然と生態系を持ち合わせています》


「なるほどね。精霊が来る前からかなりいい環境だったのね」


《資源管理局と精霊インウィディアの惑星改造テラフォーミングにより、生態系の一部の遺伝子改造、人類に適した資源循環が可能となりました。移住抽選は大変活況で、権利を勝ち取ったのは自然主義コロニー船団と記録されています》

 

「フェニスのような大規模な改造はしていない、と。そしてこの星に住む人は自然が好きなのね」


《最後に特徴的な太陽系により、日が沈む前に2つ目の太陽が登ることで、夜が2日に1度しか訪れません。ご旅行の際は体調の変化に十分ご注意下さい》


「ふむふむ、お昼がとっても長いんだ。オッケイ、ありがとう。もう十分だよ!」


 ホログラムが消え、リメアの頭痛も引いていく。

 端から見ていたアーヴィがヒュウと口笛を吹いた。


「便利な機能をお持ちで」

「うーん、でも、フェニスの時は結構痛い目を見ちゃったかな。確認した情報は490年前のだから、今とは全然変わってるかもしれないし」

「わかった。じゃあ続きは俺が解説しようじゃねぇか。道案内がてらな」


 アーヴィはぴょん、と窓枠から飛び降りると、片足をついて床板を跳ね上げる。

 下にはここに来るときも使った、地面まで続く長い梯子がのぞいていた。


「さ、行こうぜ。生野菜をかじりながら、教えてやるよ。自然崇拝からファンタジーに堕ちた、英雄幻想にまみれたこの星の実体をな――」


 ちょうどその時、ツリーハウスを揺るがすような咆哮が空に轟く。

 ビリビリと壁が揺れ、瓶にヒビが入った。

 野鳥や獣の鳴き声とは一線を画す音量だった。

 慌てて耳をふさいだリメアは、キョロキョロとあたりを見回す。

 

「な、何!? 今の!」

「はっ、驚くのはまだ早ぇ。すぐに分かるさ。この星の歪みってやつはな」


 ニヤリ、と笑ったアーヴィは手招きし、梯子を降りていく。

 リメアはゴクリと喉を鳴らし、その後に続いた。


 2人が床下で影に入った瞬間、更に大きな影が一瞬だけ、ツリーハウスを覆い尽くして去っていった。


「……アーヴィ、この星って、もしかして結構危険?」

「危険かどうかで言ったらそうだな……」


 梯子を降りきったあと、アーヴィはリメアに向き直る。


「こんな住処に隠れない限り、1週間に1回は死ねるくらい危険だ」

「えぇ……」


 すでにアーカイブの情報とのずれを実感するリメア。

 アーヴィは鼻歌を歌いながら、大木の根っこをくり抜いて作られた棚から小瓶を取り出し、自分の頭にふりかけた。


「……? なにしてるの、アーヴィ」

「色々あんだよ、こっちにも。ほら、すげぇだろこれ」


 言ったそばから、アーヴィの髪色がみるみるうちに地味なブラウンカラーへと染まっていく。


「わぁ! すごい! スパイみたい!」


 リメアは宇宙船にあった映画の中でも、スパイ映画が大好きだった。

 敵地に潜入する主人公が変装するシーンはお決まりと言っても過言ではない。

 

「へへ、虫の蜜と野草の搾り汁を調合した薬だ。アルコールでも使わなけりゃ、簡単に落ちやしねぇんだ」


 得意げに話すアーヴィ。

 彼はここについてから、こういったことばかりやっていたのだろうかとリメアは思案する。

 言動は粗暴だが、案外マメなタイプなのかも、と。


 低草を整えられた農場はツリーハウスを中心とした円状に広がっていて、その周りを頑丈な木の柵で囲ってある。

 アーヴィの言っていた通り、真っ赤に熟したトマトと大きく実ったキュウリが見事だった。


「ほらよ」

「わ! ありがとう!」


 投げてよこされたトマトとキュウリを受け取ったリメアは丁寧にいただきますをしたあと、そのままかじりつく。


「~~!!」


 トマトを口にした瞬間、思わずリメアの両頬が持ち上がる。

 口の中に広がる爽やかな酸味と濃厚な旨味。生野菜を食べたのは生まれて初めてだった。


「アーヴィこれ! すっごくおいしい!!」


 きゅうりを食べたあとも全く同じ感想を述べ、リメアはほっぺに手を当てて恍惚とした表情を浮かべる。

 胸を張って鼻をこするアーヴィは、かつて宇宙を恐怖に陥れた大罪人という肩書より、服装もあってか有機栽培農家の生産者の方が似合っていた。


 が、その表情が一気に強張る。

 地鳴りが、近づいていた。


 リメアも喉につっかえていたキュウリを慌てて飲み込み身構える。

 足元から伝わってくる、振動の間隔が、徐々に短くなっていく。


「運がねぇな、リメア。早速この星の洗礼を浴びることになりそうだぜ」

「何が来るの!?」


 ちらと横を見れば、アーヴィの額から冷や汗が一筋流れていた。


「飯の匂いにつられたんだろうな。通称畑荒らしことデュオナッソさんのお出ましだ――」


 言い切る前に、大きな土埃と共に農園を覆っていた柵が吹き飛ばされる。

 黒土の雨の中姿を表したのは、像のように長い鼻を2本携えた、10メートルを優に超える巨大イノシシだった。


「な、なにあれ!」

「ははっ、言ったろ? ツリーハウスがなけりゃ1週間で1回は死ぬって。さぁ、頼んだぜ、力持自慢のパートナーさんよ!」


 リメアは口元についていたトマトの汁を親指で拭い、白い歯を見せる。


「この星の重力にも慣れたいし、ちょうどいい準備運動だね! それに……」


 ちら、と農場の野菜たちに目線を送るリメア。


「せっかくアーヴィが精霊探しをほったらかして手塩にかけて育てたお野菜だもん。あなたにはあげないよ!」

「おい今なんか聞き捨てならないセリフが聞こえたんだが」

「いくよーっ!」


 リメアはアーヴィを振り切り、ふかふかの大地を蹴飛ばした。

 ゆらゆらと鼻を揺らしていたデュオナッソは、こちらに気づき甲高い鳴き声を上げる。

 

「言い忘れてたがリメアー!」


 背後からアーヴィが叫んだ。


「そいつ、火ぃ吹くぞ!」

「…………え?」


 イノシシは2本の鼻を持ち上げ、三角形の口を大きく広げる。

 腐敗臭を伴う生暖かい吐息がリメアを包み込む。

 鼻をふさぐ間もなく耳に届いたのは、カチンっと小さな金属音。

 デュオナッソの螺旋状に生えた歯の奥の暗闇で、小さな火花が、飛んだ。


 直後、口内から噴射される火炎。

 音もなく広がる炎が大気を伝播し、恐ろしい速度で迫ってくる。


「やっば」


 リメアの視界は、一瞬にして灼熱の光に包まれたのだった。

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