幕間SS Hello, World. Hello, Universe.
「おはよう、こんにちは、こんばんは!」
洗面台に向かってリメアは挨拶を繰り返す。
跳ねたアホ毛が左右に揺れた。
「はじめまして! わたしはリメア! あなたの、お名前は?」
鏡に映る自分へ笑いかけながら、首を傾げる。
「……もっと明るいほうが感じいいかな? ……うん、明日は今日よりもっと明るい挨拶してみよっ!」
鼻歌を歌いながら宇宙船の中央デッキに戻ると、リッキーがふわふわと浮かんでいた。
「リメア様、今朝はご機嫌デスね」
「うん! いい夢見たんだ!」
「ほほう、どんな夢を見たのデスか? ワタクシ気になりマス! あ、ちなみにワタクシは昨日電気羊の夢を見まシタ」
「なにそれ、変なの~! えっとね、わたしが見た夢はね……」
リメアは頬に指を立て、しばらく考え込む。
が、しかし。
「わ、忘れちゃった! なんだろう、すっごく楽しい夢だったはずなのに!」
「夢とは得てしてそういうものデス」
「なによー! 自分はちゃっかり覚えてたくせに」
ふたりの会話が無機質な金属で囲われた空間に反響する。
1LDKほどのこの空間が、リメアにとっての全てだった。
備え付けの自動調理機能が搭載された簡易キッチン、故障したコールドスリープ用のベッド。
映画やゲームをするためのホログラム投影機に、洗面所とシャワールーム。
あるものといえばそれだけで、壁際には丸い窓が並んでいた。
「床に散らかしたブランケット、片付けないと転びマスよ」
「今片付けようと思ってたの!」
リメアは床で丸まっていた毛布をきれいに畳んで、壁際に追いやる。
ベッドが使えないので、部屋の真ん中の床がリメアの寝床だった。
「さて、今日は何をしよっか、リッキー」
「そうデスね……。宇宙海賊シバキの続きを見るのはいかがでショウ」
「う~ん、そんな気分じゃないなぁ」
「デハ、映画はどうデス? ラブロマンス、冒険活劇……あっ、ちょっぴり怖いホラーにリベンジしてみてハ!?」
「や、やだ! 前見たホラー映画、ちょっぴりじゃなくてすっごく怖かったもん! リッキーの嘘つき!」
「キカイハ、ウソヲツケマセン」
「ほら、もう嘘ついてる!」
冗談めかしたやりとりとコロコロした笑い声が殺風景な部屋をいくぶんか明るく彩った。
トコトコと窓際まで歩いてきたリメアは、星の海を覗き込む。
赤、青、緑に輝く星々や、帯のように連なった天の川。
無数の星雲や銀河が、音もなくただ通り過ぎていく。
「……リッキー」
「どうしましたか、リメア様」
「夢、思い出したよ」
ポツリとリメアが小さく呟いた。
リッキーはランプを明滅させながら、そばに寄り添う。
「あのね、そこは見たことのない星でね。わたしと、知らない女の子が一緒に遊んでるの」
「……」
「それでね。わたしが勇気を出して、友達になってくれる? って聞いたら、目が覚めちゃった」
「……ちょっと、残念デスね」
じっと耳を傾けていたリッキーは寂しそうに下を向く。
リメアはううん、と首を横に振った。
「そんなことない。えっとね、この宇宙船、ずっとどこかを目指して進んでるでしょ? きっと、すごく楽しいところに向かってると思うんだ」
「どうして、そう思うのデスか?」
「だって……」
リメアは窓枠についていた頬杖を崩し、腕に顎を乗せる。
「だって、そうじゃないと不公平だもん。ずっと、ずぅーっとこんな退屈な部屋に閉じ込められてさ。楽しいところに向かってるって思わないと、嫌になっちゃうよ」
「そうデスね。悪い未来ヨリも、いい未来を想像したほうがよっぽど生産的デス」
「それにさ」
リメアは前髪を弄りながら、ため息を付いた。
「もし行き先がへんてこでも、この部屋よりは、ずっと楽しいよ……」
「……そう、デスね……」
窓に写ったリッキーをチラと見て、リメアはもう一度ため息をつく。
このやり取りも、何度繰り返したかわからない。
リッキーもそれを察しているのか、やや居心地が悪そうだった。
「リメア様……パズルで勝負しまセンか?」
リッキーが空気を変えようと、やや明るい声を出す。
リメアはゆっくりと体を起こし、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「え~? もうレベルカンストしてるわたしに、勝負を挑むつもり?」
「もちロンデス! ただし、ワタクシにハンデを付けてもらう前提デスが!」
「いいよ! どんなハンデでも、負けないから!」
リメアは顔を輝かせながら、壁に並んだホログラム投影機のボタンを押した。
*
「おはよう、こんにちは、こんばんは!」
洗面台に向かってリメアは挨拶を繰り返す。
跳ねたアホ毛が左右に揺れた。
「はじめまして! わたしはリメア! あなたの、お名前は?」
鏡に映る自分へ笑いかけながら、首を傾げる。
「……ちょっと明るすぎて変かな? ……うん、やっぱり普通が1番かも。明日はもっと自然体で――」
独り言が終わる直前、轟音が鳴り響き、宇宙船が激しく揺さぶられた。
「わわっ!?」
重力システムが停止し、無重力になった洗面所をボールのように跳ねるリメア。
「な、なにごと!?」
洗面台と壁の間に挟まってようやく止まったところで、周囲を見回す。
ブザーが鳴り響き、照明が瞬いている。
窓の外では、星たちが狂ったように回っていた。
「違う、この宇宙船が回ってるんだ!」
ガコンと大きな音がして、宇宙船の明かりもブザーも、全てが消えた。
「リッキー、リッキー!」
暗闇の中、叫んでみても返事はない。
リメアは手足をばたつかせつつ洗面所から這い出すと、慣れない無重力に四苦八苦しながら壁にしがみつく。
「嫌、いやっ!!」
泣きじゃくりながら、ホログラム投影機のスイッチを無茶苦茶にいじる。
どんなに主電源ボタンを押しても、リセットを掛けても、モードを切り替えても反応なし。
真っ暗な宇宙船にリメアはひとりだった。
「大変なことになりマシタね……」
「うん……ぐす、リッキーが、リッキーがいなくなっちゃって……」
「それは困りマシタ。可哀想なリメア様……」
「なにがどうなっちゃったの…………って、え……?」
リメアが顔を上げると、そこには見慣れた銀色の球体。
「リ、リッキー!?」
「は、ハイ、ワタクシ、リッキーデスが」
「消えちゃったかと思ってた!!」
「リメア様、よくよく思い出してくだサイ。かなり前のことデスが、ホログラム投影機が故障したらいけないって、ワタクシをシステムごと丸々エーテルでコピーされたこと、お忘れデスか?」
「あ……! そうだった……!」
リメアはゴシゴシと目をこすり、えへへと笑う。
「ワタクシはどこにも行きまセンよ、リメア様」
「よかったぁ……。コピーしてたこと、すっかり忘れちゃってた」
ふう、と落ち着いたリメアだったが、宇宙船は沈黙したまま。
重力システムも復旧しない。
「ねぇ、リッキー。宇宙船って、今どうなってるの?」
「ログを確認いたしマス。えぇと、噴射口付近に、甚大な損傷。居住スペースからエーテルを吸収・制御するリアクター部品損傷、エーテル転換エンジン臨界寸前。……これが最終ログのようデス」
「えっと……つまり?」
「間もなく、この宇宙船は爆発しマス」
「ええっ!?」
リメアが大声を出した瞬間、室内の照明が激しく光を放ち、音を立てて割れる。
「な、なに、今の!?」
驚いたリメアは、宇宙船の窓に映る自分の姿を見て、更に驚いた。
「わっ、わたしの髪、おばあちゃんみたいになっちゃった!!」
窓に映るリメアの髪は、いつもの黒髪ではなく白銀に染まっている。
「見てリッキー!」
「リメア様、落ち着いて聞いて下サイ」
パニック気味になったリメアをリッキーがなだめ、状況を整理する。
「これまでの情報を集約すると、どうヤラ、この宇宙船はリメア様のエーテルによって駆動していたようデス。何かしらの外的損傷……隕石かなにかでシステムが故障し、リメア様に本来の力が戻ったのカト」
「そんなことより、ここ爆発しちゃうんだよね!?」
「ハイ」
「じゃあそんな話してる場合じゃないよ! 脱出しなきゃ!」
リメアは窓の外を指さしたつもりだったが、無重力で体がふわりと動いてしまい、指先が窓にぶつかった。
ビシッと、音を立てて窓に亀裂が走る。
ヒビは窓全体に広がったかと思うと、穴の空いた部分から室内の空気が凄まじい勢いで抜け始めた。
「えっ! 軽くぶつけただけだよ! 今までびくともしなかったのに!」
「言ったはずデス! リメア様の、本来の力が戻ったと!」
「どどど、どうしよう!!」
どんどん薄くなっていく空気に、頭がクラクラしてくる。
「リメア様! エーテルで膜を! バリアをイメージして、膜を生成してくだサイ!」
「で、でも! エーテルで何かを生成するには、何日もかかっちゃうよ!」
「今のリメア様なら、きっと間に合いマス! ワタクシを信じて!」
「わ、わかった! やってみる!」
リメアは両手に意識を集中させ、頭の中のイメージを投影する。
パチパチとエーテルが弾け、あっという間に膜が形成された。
「はぁっ、はぁっ! で、できた……! すっごく疲れるけど、すぐできた……!」
「リメア様! 一息ついている場合ではありまセン! 早く脱出ヲ!」
「わ、なんかヤバそう……!」
空気がほとんど抜けてしまった部屋の床が、徐々に赤く爛れていく。
エンジンルームの熱で、床が溶け始めていた。
「割れた窓カラ、早く外へ!」
「わかった! よし、いくよ……、1、2の……3っ!」
リメアは壁を蹴飛ばし、窓に突っ込む。
膜が少したわみ、窓ガラスは粉々に砕け散った。
強くつぶっていた目を恐る恐る開けてみる。
「あぁ、宇宙船が……」
長い時を共にした宇宙船を初めて外から眺めるも、そのおしりには大きな隕石が突き刺さっていた。
慣性の法則に従って、減速することなく遠ざかっていく宇宙船。
感慨にふける間もなく、宇宙船は爆炎に包まれる。
あと少しでも脱出が遅れていたら、危なかった。
「ま、間に合った……」
ようやく実感が湧いてきて、リメアはブルっと身震いする。
「リメア様、リメア様!」
膜の中でリッキーが騒ぐ。
「リッキー、声大きいよ、なに……?」
リメアは身体をよじり、宇宙船に背を向ける。
そして、思わず息を呑んだ。
「うわぁ……っ!」
目の前に浮かんでいたのは、薄緑に輝く惑星とそこから伸びる光の紐。
「あれ、なんだろう、リッキー……!」
「少々お待ちくだサイね……。周辺の星の配置より、現在地を特定中……。特定完了。間違いありまセン。ここは星団フェニス宙域、そして――」
リッキーは目の前の惑星に顔を向け、その名を口にする。
「あの星は、フェニス第3従響星、デス」
「フェニス、第3従響星……」
初めて聞く名前。
初めて見る景色。
リメアは星の重力に引き寄せられながら、期待と不安に胸を膨らませる。
「ねぇ、リッキー。あの星に、人は住んでいるかな」
「ここからそう遠くない主律星フェニスであれバ、確実に。フェニス第3従響星は主律星フェニスと繋がりの深い星デスので、もしかすると今も誰かが住んでいるかもしれまセン」
「ほんとに!?」
「えぇ。立ち寄ってみマスか?」
「うん……うんっ!」
昨日見た夢をリメアは思い出す。
知らない女の子と、共に遊んだあの夢を。
(わたしにもお友達、できるかな……)
高鳴る鼓動を胸に、リメアは小さく口ずさむ。
「はじめまして、わたしはリメア。……あなたの、お名前は?」
繰り返し、繰り返し。
何度も、何度も――。
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