第21話 アーヴィの秘策【主律星フェニス】

 目が覚めた時、白む視界の中で目にした少女は怯えた目でこちらを見ていた。

 どこにでもいそうな、よく笑いよく泣く普通の子供。

 それがアーヴィのリメアに対する第一印象だった。


 しかし監獄を脱出する過程で目撃した度を超えた身体能力と状況適応能力には驚かされる。

 訓練はされていないものの、両手に余るほどの戦力には違いない。

 アーヴィは彼女を起点に、この星の精霊攻略作戦を頭の中で組み立てる。

 ショッピングモールを駆け上がりながら、複数の計画を立案し、成功確率を算出した。


 見立てでは概ね順調。唯一の懸念を挙げるとするならば、彼女自身の経験不足から来る甘さだった。


 その後モールの屋上で彼女の意思を確認し、まずまずのラインだと判断。その時点で既に攻略成功率がかなり上昇していた。

 

 常軌を逸した方法で人工太陽にたどり着いたアーヴィは精霊を目視し、内心アタリだとほくそ笑む。

 精霊の姿形はバラバラで厄介なタイプも多い中、 今回の精霊はサイズも小さく、管理している星も観光開発が主目的。星自体もそれほど大きくない。

 リメアの話を聞く限り、エーテルの強奪という固有スキルはあれど、見た目からして物理主体の単調なタイプ。


 いける――。


 その感覚は過去に戦争をくぐり抜けてきた経験が裏打ちしていた。

 力量差を分析しながら体中に鳥肌が立つのを感じる。久しぶりの戦場に、背筋がゾクゾクしていた。


 精霊と話がしたいなどと世迷言を抜かしたリメアを送り出し、アーヴィは背後で冷静に頭を回す。

 相手の攻撃力、速度はかなりのものだが、すでにリメアには提示済み。

 ここでの彼女の反応次第で、取るべき計画が変わってくる。

 そういう試金石的な打算が、アーヴィの胸中にはあった。


 たとえどんなに弱く小さな精霊でも、星のシステムを司る存在には変わりない。

 艦隊規模で、潤沢な兵器と物量で勝負を仕掛けるのが定石だ。

 リメアという未知数の戦力がどれほど使えるかが、戦況を大きく左右する。


「いつもみたく精霊を一撃で倒せるような兵器は持ち合わせちゃいねぇが、あいつの馬鹿力がありゃあ……」


 主律星で感じた住民たちのアーヴィに対する警戒の薄さや技術衰退の様子からして、すでに数百年単位で封印から時間が経っているのは明らかだった。

 投獄前の段階で消耗していた反体制派の仲間たちは、戦後散り散りになっているはずだと目測を立てる。

 今回の戦いで白星をあげ、宇宙全体にその事実が広がれば――。

 道半ばで潰えた理想を再び掲げることができ、改革を完遂する日へ大きく近づける。


「頼むぜリメア。お前の働き次第なんだ……!」


 日和った少女は、ひょこひょこと及び腰で精霊の前に歩いていく。

 初めて精霊と相対するのだ。こうなることすらアーヴィの中では織り込み済み。


「ま、現実を見ればすぐにこちら側に付くってもんよ。シシッ」


 いつでも救出できるよう、少年は口元に薄ら笑いを浮かべたまま放熱塔に身を隠しつつ徐々に近づいた。


「オオオオオオオオオオオッ……!」


 精霊が体を反らし、地響きのような低い唸り声が大気を震わせる。

 あまりの音圧にアーヴィは思わず耳をふさいだ。


「っ! おいあいつ、何やってんだ!?」


 見ればリメアは蛇に睨まれた蛙のように棒立ちで動かない。

 眼の前で敵が鎖をムチのように振り上げているにも関わらず、だ。


「んのバカ!」


 アーヴィは放熱塔の影から飛び出し、未だ呆けている少女に全力でタックルする。

 背後で破裂するような金属音。振り返れば先程までいた場所の床が激しく凹んでいた。

 飛び散った火花に加えて、虹色のエーテル粒子がバチバチと鎖の先端で弾けている。


「バカ野郎! 何ぼけっとしてんだ!」


 リメアが倒れれば、精霊討伐に支障が出る。

 いくら彼女の体が丈夫だとはいえ、先程のような攻撃に耐えられる保証はない。

 

「ご、ごめんアーヴィ! 精霊の声に集中しててそれで……」

「はぁ!? 精霊の声だ? 獣の雄叫びの間違いだろ! 何言ってんだ!?」

「えっ、でも私にはちゃんと言葉に聞こえたけど……」


 話してる間に、2発目のムチが振り下ろされようとしている。


「おいリメア、あれ、受け止められるか?」

「む、ムリだよ! あれただの鎖じゃないもん! 鎖の先っぽでエーテルが凝縮されてるから、わたしでもたぶん当たっただけで大怪我しちゃう!」

「んじゃあその話はあとだ! とりあえず体勢を立て直すぞ!」

「うん!」


 素早くその場を飛び退くと、背後で再び激しい音と衝撃。

 それを合図に、2人は一目散に走り始めた。

 

 人工太陽の上で重力が多少軽くなっているからとはいえ、全身鎖の精霊の動きは鈍い。

 振り下ろされる鎖のムチは脅威だが、動きを予想すること自体は可能だ。

 全速力でジグザグに走れば、乱立する放熱塔が障害物となりなんとか距離も離せる。

 速度を維持したまま、アーヴィは隣で思い詰めた表情をしている少女に話しかけた。

 

「で、言葉に聞こえたっつーのはどういうことだ。俺にはオォォみたいな叫び声にしか聞こえなかったぞ。そもそも精霊っつーのはそういうもんだ。特殊な装置を介さなければ、意思の疎通すらはかれねぇ」

「そうなの!? なんか、規則違反だ、って言ったあと、すごい叫び声を聞いたんだけど、その音に紛れてまた邪魔してきてとか、許せないとか聞こえたよ!」

「精霊の翻訳もできるとは恐れ入るが、逆になんでそんな物騒な会話してんのに呆けてたんだよ……」

「えへへ、ごめん……。なんでかわからないけど、声が2重に聞こえたような不思議な感じで――きゃっ!」


 突然リメアが膝をつき、地面に転がる。


「おい、どうした!?」


 駆け寄って引き起こす。が、リメアの動きはあまりにも緩慢で脱力しきっている。


「まずいかも……。エーテル阻害、食らっちゃった……」

「くそっ! 話にあったあの範囲不明の攻撃か……チッ! 動けるか!? 動けるならとりあえず走れ! 走りながら考えろ!」


 肩を貸して無理やり立ち上がらせる。

 振り返ってみれば、遠くで目玉のついた鎖がこちらをしっかりと捉えていた。


「あの目か……!」


 移動しながら周囲をざっと見回し、放熱塔の配置を把握する。

 2時の方向であれば、より多くの放熱塔が密集している。視線を切るならあそこだと目星をつけた。

 ひょこひょことぎこちなく歩いていたリメアも体の感覚に慣れてきたのか段々と同じ速度で走れるようになり、アーヴィは多少安堵の表情を浮かべる。

 だが放熱塔の林まであと少しと言うところで、リメアが声を上げた。


「あれ? 力が、戻ってる……」


 髪の毛が美しい銀色へ染まっていく。

 どういう原理かはわからなかったが、いい知らせだった。

 2人はそのまま物陰に駆け込むと、荒い息を整える。


「はぁ、はぁ、そりゃあ何よりだ。戦えるってことじゃね―か」

「そ、そうだけど、変だよ。従響星ではどんなに走っても妨害範囲を抜けることができなかったのに……」


 まじまじと自分の手を眺めるリメア。

 アーヴィは大きく息をつきながら放熱塔に寄りかかり、天を仰いだ。

 塔の先端からはもくもくと蒸気が上がっている。


「ん……?」


 違和感を覚え、アーヴィは放熱塔の裏から顔を出した。


「み、見つかっちゃうよ!」


 精霊に聞こえる距離でもないのに小声で話すリメアを無視し、少年は赤眼を細める。


「なるほどな……。おい、戦いの場所にここを選んで正解だったかもしれねぇぞ」

「どういうこと?」


 首を傾げるリメア。


「見てみろよ、リメアが転んだ辺りの煙突を」


 アーヴィの指さした先の放熱塔を見て、リメアはあっ、と声を上げる。


「気づいたか? あの辺りの放熱塔だけ、煙を出していねぇ」

「つまり、真下にある太陽の明かりもエーテル阻害で消えちゃってるってこと?」

「おそらくな。で、あいつは環境管理している精霊だっただろ? ってことはだ」

「人工太陽の上では、エーテル阻害の力を広範囲で使えない……」

「そうだ。眼の前で飛ぶハエを潰すために、与えられた仕事を完全にほっぽりだすことはできないらしい。俺達にとってこれ以上ないくらい有利な状況だ」

 

 煙の消えた放熱塔を見るに、効果範囲は直径20m程度といったところだろう。

 範囲が移動することも拡大する様子もないことから、連発や座標変更はできないらしい。

 気がついた情報をリメアに伝えると、少女は目を輝かせた。

 一方アーヴィはそのまま顎に手を当て訝しがる。


「それにしても妙だ」

「なにが?」

「俺が知ってる限りじゃ、精霊には金魚のフンみてぇな奴がくっついてるはずなんだが、見当たらねぇ」

「なにそれ汚い……」

「比喩だっつーの! 正しく言えば、緊律審官。精霊を主幹としたシステムを監視・調整する、資源管理局の回し者だ」

「管理、調整……っ!」


 リメアの目つきが鋭くなり、口元に手を当てると思案する仕草を見せる。


「もしかしてこの星の状況が悪くなったのって……その人のせい?」

「はっ、短絡思考は良くないぜ。星の状況悪化の原因は様々だ。だが、大本は精霊、これだけは確かなんだよ。まあ緊律審官にろくでもねぇ奴が多いのも事実だが」

「その、きんりつ……? はどこにいったの?」

「知るかよ。精霊とおしゃべりできるなら、お茶会にでも誘って聞いてみるんだな」

 

 軽口を叩いているとアーヴィの視界にあるものが映り、表情が強張った。


「前言撤回、俺達が危機的状況ってのは、あまり変わらねぇみたいだ。見ろよ」


 アーヴィが顎をしゃくり、リメアも彼の視線の先へ顔を向ける。

 ちょうど2人が向かっていた方向のずっと先、丸い地平線からなにか壁のようなものがせり上がっていた。

 目を凝らせばそれが全て鎖でできていることがわかる。


「えっ、えっ!」


 リメアが慌てて周囲を見回したところで、もう手遅れだった。

 地平線の壁は360度全方位から、ドーム状に星空を覆い尽くす。

 あっという間に人工太陽の裏側は、逃げ場のない密閉空間に変わってしまった。

 薄暗いドームの天井を無数の放熱塔の先端から漏れる光が、煙越しにぼんやりと照らし出す。

 

「奴さん、逃げ回る羽虫を確実に潰すつもりだな。な、わかっただろ? やることは1つってこった」


 拳を掌で包み込み、骨を鳴らすアーヴィ。

 リメアはどうしよう、と言いたげにこちらを見てくる。


(おいおい何だよ。こいつ、最悪ここから逃げればいいとか考えてたんじゃねーだろうな……)


 アーヴィには端からそんな選択肢を候補に入れていない。

 せっかくのチャンス。ここからが正念場。

 なんとかリメアを説得して、精霊と戦ってもらわなければ困る。


(あれを見せるか……)


 正直気乗りしなかったが、勝利への可能性を上げるためならば仕方ない。

 アーヴィはリメアの腕を引き、再び放熱塔の影に半身を隠すと耳打ちした。


「おい、リメア聞け。秘策がある」

「秘策?」

「ああ。俺が無策で精霊に戦いを挑む馬鹿だとでも思ったか?」


 アーヴィが右手を開くと、掌がぼんやりと光りだす。

 やがて皮膚が裂け、中から青白く発光する枝のようなものが生えてきた。


「なに……それ」

「へへ、これは開霊端子。精霊を一時的に無条件で武装解除させることができる、いわば精神へのアクセスキーってとこだ」

「……」


 リメアは翡翠色の瞳に淡い光を映しながら、じっと明滅する端子を見つめる。


「なんだ。なにか言いたいことでもありそうな顔だな」

「うん。なんでアーヴィはそんなすごいの持ってるのかなって。精霊の精神にアクセスしてどうするの?」

「あー……」


 アーヴィは頭をポリポリとかき、目を泳がせる。


(めんどくせぇな……。話せばこうなることはわかっていたが、全部を隠し通すのは無理か……)


 少年はため息をつきながら口を開く。


「なんでこれを俺が持ってるかは、そうだな。俺がメルキオルの一族だからだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 リメアはアーヴィを目をそらさずにじっと覗き込んでくる。

 やましい隠し事は許さないと言いたげだった。


「わかった、わかったよ。そんな目で俺を見るな。これは、精霊を隷属させるために必要なものだ。さっき言った資源管理局の緊律審官なら全員が持ってるもんだよ」

「隷……属……?」


 リメアの翡翠色の目が更に鋭くなる。

 

「ストーップ! いま余計なこと考えてるだろ? そんな時間はない。とにかく、こいつを使えばあの精霊を黙らせることができる。それだけは確かだ。いいか?」

「……どうするつもり? わたしは無理やり従わせるなんて嫌だよ」

 

 リメアの瞳には強い意志が見て取れた。

 アーヴィは話すんじゃなかったと眉間を押さえつつ、少女の肩に腕を回す。


「言いたいことはわかるさ、相棒。精霊の動きを止めた後のことはリメアに任せる。な、それでいいだろ? たが話をするにもぶっ叩くにも、動きを止めなきゃ話が進まねぇ。だから協力してくれ」

「……うん。でも、動きを止めて精霊としっかりお話できるようになったら、ちゃんと時間作ってね」

「はいはい、仰せのままに」

 

 なんとか説得に成功したと、少年は額に浮かんだ冷汗を拭った。

 今彼女と対立している暇はない。

 

「じゃあ、やることは決まった。この鍵を精霊にぶっ挿せるように、援護してくれ」

「うん! じゃあ、わたしは跳躍して一気に精霊の後ろに回るから、アーヴィはその隙に!」

「おう、頼んだぜ!」


 少女が軽く頷き歩き出すと、髪がふわりと持ち上がり、周囲にエーテルが満ちパチパチと弾け始める。

 精霊のいる方角めがけてクラウチングスタートのポーズを取ったあと、リメアの体は足から順に透けていった。


「はっ、何だそりゃ……いよいよ人間離れしてるな」


 小声で無駄口を叩いている場合ではない。

 すでにエーテルの動きに敏感な精霊は、こちらへ向かって動き始めている。


「俺も場所を変えるか……ぶへっ!!」


 言ったそばから、災難が降ってきた。突然目の前に現れた物体がアーヴィの顔面にクリティカルヒット。

 白銀の細長い毛が痛めた鼻先をくすぐる。

 消えたはずのリメアが進行方向とは逆に飛んできたのだと、その瞬間やっと理解する。

 少女の背中をもろに受け止めたアーヴィは、彼女ともども地面に倒れ込んだ。


「ててて……おい! なにやってんだ! 精霊はあっちだぞ!」

「う……」


 様子がおかしい。

 見れば腕を抑え込んで眉間に皺を寄せている。

 ショッピングモール前で超高速・高高度から地面に着地しても無傷だった少女が、だ。


「どうした! 何があった!?」

「糸が……!」

「糸、だと?」


 周囲を見渡すが、それらしきものは見当たらない。

 そうこうしているうちにも、激しく鳴り響く金属音が近づいてくる。


「ごめんアーヴィ、さっきの作戦やっぱなしで!わたし、ここでは跳躍使えないみたい」

「さっきの消えるやつか?」

「うん、とっても速く動けるんだけど、一旦5次元空間に入らないといけなくて。でもその空間全部にエーテルの糸が蜘蛛の巣みたいに張り巡らされてた!」


 リメアが傷口を押さえていた手を離すと、すでに傷跡は消えている。

 ただ表情は依然厳しく、痛みが消えているわけではないらしい。


「……5次元空間は精霊たちのホームグラウンドだ。さっきの作戦が無理なら、代替案は?」

「これぐらいしか思いつかないけど……」


 少女は手の甲にエーテルを集め、ガントレットを生成する。

 白髪がみるみるうちに短くなり、腰の高さまで減っていた。

 どうやら彼女の髪の毛はエーテルの電池のような役割を担っているらしい。


「生成は燃費が悪いから、あんまり使いたくなかったけど!」


 両手の拳を打ち鳴らし、構えるリメア。


「はっ、正面突破か。嫌いじゃねぇ。それなら俺が陽動に回って奴を引き付ける。隙をついて体勢を崩してくれ。すかさず鍵をぶっ刺してやる! あの目玉に気をつけろ。常に死角に回り込め!」

「わかった!」

 

 計画は決まった。最善ではないが、シンプルで悪くはない。

 互いに頷き合い、放熱塔の背後から2手に分かれて飛び出した。

 ちょうど振りかぶっていた鎖のムチは、先程隠れていた周辺一帯を薙ぎ払う。

 

「どこ見てんだデカブツ! 俺から漂う匂いに、もう気づいてんだろ!?」


 アーヴィは首の骨を鳴らし、口角を上げる。


「さあて、反撃開始だ……!」

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