第20話 人工太陽に巣食う精霊【主律星フェニス】
「問題はどうやってあそこまで行くかだ。リメア、この星に来るまでに使った乗り物はどこに……」
尋ねてきたアーヴィに、ニッコリと笑顔を返し、1歩、また1歩と近づいていく。
たじろぐ少年に、手を差し伸べた。
「おい、おいおいおい、待て待て待て。マジか。嘘だろマジなのか!? さっきのあれで、太陽まで行くつもりか!?」
「それが、どうかしたの? アーヴィ。不死身なんでしょ? それともロボットたちが追いつけないくらいの距離まで投げてあげてもいいけど?」
「どっちみち投げられんじゃねぇか!」
階段を登ってきたロボットたちが、屋上の扉を激しく叩き始めた。
もはや、一刻の猶予も残されていない。
屋上に吹き荒れるビル風が、正面で向き合ったふたりの髪をかき乱した。
微動だにしない視線が交差し、互いの意思を確かめう。
「……連れてけ。俺がいないと話にならん」
「わたし、1人でも戦えるし、結構強いよ?」
「武力でどうにかなるなら、こんな世の中にはなっちゃいねぇ。とにかく、俺を連れて行け」
「……わかった。じゃあ、行こう!」
リメアがアーヴィの手を握った瞬間、扉が決壊する。
『目標、ハッケン――』
ワラワラと非常階段から這い出てくるロボットたちを背に、少女は大きく振りかぶった。
目指すは、頭上に輝く人工太陽。
「そおおぉぉぉぉぉれっっ!!」
腕を振り抜くと同時に、床のコンクリートにヒビが入る。
遅れて旋風が巻き起こり、近づこうとしたロボットの数体を吹き飛ばす。
アーヴィは瞬く間に青空へ吸い込まれ点となった。
流れる銀髪が、砂埃の中でキラキラと輝く。
「はぁぁぁぁぁあああっ!」
漏れ出したエーテルが七色に弾け、周囲には陽炎が立ち上る。
少女を取り囲むロボットたちが、一斉に飛びかかってきた。
無数の手が、迫ってくる。
「リメア様、エネルギー転換、完了しまシタ!
コクンと頷いた刹那、少女は微かな輪郭を残して世界に溶ける。
透過した体をすり抜けた機械の腕たちがぶつかり合い、火花を散らした。
「跳躍っ――!」
下方向に噴射したエーテルは苛烈なほどの推進力となり、リメアは大空へと翔け上がる。
チラと下を見れば、衝撃に耐えきれず屋上の床はロボットを巻き込みながら崩落していた。
脳裏にロボットたちの悲痛なログがよぎる。
「……わたしが、変えるから。この星を、変えてみせるから、もう少しだけ、待っててね!」
半透明だった体が、色彩を取り戻す。
風圧が押し寄せ、思わず片目をつぶる。
それでも開いている方の眼は、太陽の中から落ちてくる小さな影を見落とさなかった。
「……ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああグエッッッッ!!」
落下してきたアーヴィをキャッチしたことで勢いが相殺される。
白い雲の間でふたりは数秒間、無重力になった。
「なあ、リメア」
「なにアーヴィ」
「これ、すっげぇ怖い」
返事の代わりに、リメアはニッコリと笑みを送る。
少年は泣きそうになりながら尋ねてきた。
「これ、太陽に着くまで何回いいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!」
言い終わる前にリメアは勢いよく空中で腰を捻り、ふたりは車輪のように回転し始める。
「もちろん、着くまでだ……よッッ!!」
周囲の雲が吹き飛ぶほどの速度で、少年は空中で再び打ち上げられる。
対照的に、リメアは反作用で弾丸のごとく地上へと落ちていく。
「よいしょ!」
豪快な崩落音とともに、先程のビルに着地。
すでに抜けていた天井からさらに3階分貫通し、リメアは踏みとどまった。
ショッピングエリアの砕け散ったガラスが太陽光に煌めき、ホコリまみれの衣服や引きちぎられた配線が宙を舞う。
「もういっちょ、跳躍ッ!」
頭上にぽっかり開いた穴をくぐり抜け、更に高く、跳び上がる。
白い雲を貫通し、雲海の先で少年を捕まえる。
アーヴィが首を横に振るのもお構いなく、力任せに投げ飛ばす。
地平線を背景に、互いの影が反発する磁石のように上下へ弾き飛ばされた。
再び地上へと戻ったリメアは、荒い息を急いで整える。
「もう1回、もう1回で、きっと――届く!」
繰り返される跳躍は、かつての日々を呼び起こす。
初めて従響星に降り立った、あの頃を。
思わず歯を食いしばりながら、彼女の名を呼ぶ。
「アリシア……っ!」
あの時のリメアは、行く宛もなく、目標もなく、長い幽閉生活で有り余った体力をただ発散することしかできなかった。
自分の中にあった言葉にできない感情を、跳躍の練習という形でごまかすことしかできなかった。
でも今なら、分かる。
「わたしは、ずっとずっと寂しくて、誰かに抱きしめてほしかったんだ……!」
どんな思惑で、どんな意図があって、彼女が初対面のリメアを抱擁したのかは関係ない。
ただ、あの時、あの瞬間。
母に捨てられ、甘えを許されず、行き場を失っていた少女の心は、確かに救われていた。
この世界にいてもいいと、赦された気がした。
「だから、今度は……!」
こみ上げる感情に呼応し、エーテルが極光のように揺らめきながら、リメアを包み込む。
「わたしが、迎えに行くんだ!」
先程までより更に高く、と強く床を蹴り飛ばす。
度重なるリメアの着地で穴はビルの中腹まで貫通しており、柱はすでに限界を迎えていた。
今まで以上に力のこもった跳躍が仇となり、ついに建物の崩壊が始まる。
「やっ! はっ!!」
体をあえてこの次元に残したまま降ってくる瓦礫を足場に変え、リメアは更に加速していく。
「っ!?」
瓦礫に紛れて、ロボットが数体、上から覆いかぶさってきた。
瞬間的に体を透過させ、ロボットの胴体をすり抜ける。
「ごめんねっ!」
直後に実体化しロボットの背中すら足場に変え、より高く翔け上がる。
顔を上げれば左右から壁が迫り屋上の穴がふさがりかけていた。
「はあぁぁぁぁぁぁああああっ!!」
エーテルを噴射し更に加速。
人ひとりがかろうじて通り抜けられる隙間を縫い、少女は青空へと解き放たれる。
もう遮るものはなにもない。リメアは太陽めがけて垂直にかっ飛んでいく。
「リメア様、重力が半減、間もなく人工太陽の軌道レール圏に到達しマス!」
「オッケー、リッキー! ええっと、アーヴィは――見つけたっ!」
キョロキョロと星空を見回すと、激しく錐揉みしながら同じ方向へ飛んでいる少年の姿があった。
「うわ……、空中で投げられた方はあんな感じで飛んでくんだ……」
「さすがに同情を禁じえまセンね……」
進行方向を微調整し、アーヴィを両手で抱きとめる。
本意ではなかったが、ちょうどリメアがお姫様抱っこをする形になった。
「あ……止まった……。ありがとう……」
腕の中で肩を縮こめポロポロと涙をこぼすアーヴィ。
「コレではどちらがヒロインかわかりまセンね」
「ちょっと。リッキーは少しの間、お口チャックで」
「うぷ、吐きそう」
「アーヴィも! 全力でお口チャックして!!」
「そんな無茶な……っておい、あれ――」
騒いでいた全員がアーヴィの指差す先を見て、口をつぐむ。
スタンドライトの傘の側面がくり抜かれてレールを通されたような見た目の人工太陽が、こちらへと向かってくる。
ただその規模はかなり大きい。直径だけでも2キロはある。街ひとつ分と言っても過言ではない。
「……リメア様」
「ええ、わかるよ。すごいエーテル濃度」
「間違いねぇな」
皆頷く。
精霊は間違いなく、そこにいる。
「乗り込むよ」
「ああ」
近づけば近づくほど、その大きさに圧倒される。
こんなものを駆動させるなんて、精霊はいったいどれほどのエーテルを操っているのだろう、と不安がよぎる。
傘の部分に着地すると、大きな音が響いた。
周りを見渡すと、十数メートル間隔に円柱型の放熱塔が地面から生えていて、中から光を浴びた蒸気が立ち上っている。
ジリジリと足裏に熱を感じるも、光源が太陽の下半球のみでよかったとホッとする。
本物の太陽と同じ球体だったら、今頃火に包まれていたに違いない。
金属なのかセラミックなのか判別のつかないつるつるした地表には、放熱塔を縫うようにして大きく幾何学的な模様が描かれている。
重力はわずかに軽く感じられ空気はかなり薄いが、呼吸できないほどではない。
「アーヴィ」
「どうした、リメア」
「見つけた」
丸い地平線の先、放熱塔が立ち並ぶずっと先。
その1部が、小さく盛り上がっている。
アーヴィは首を伸ばして目を細めた。
「来るよ……!」
リメアが警告した直後、地面が小刻みに揺れ始める。
地平線の小さな点だった影が、どんどん大きくなっていく。
同時にジャラジャラと耳障りな金属音が聞こえてきた。
ゴクリと喉がなる。
「これが、精霊……!」
現れたのは、巨大な蜘蛛のような姿をした、鎖の塊。
中心の大きな球体から10本近く、鎖で編まれた足が生えている。
「先手……必勝ッ!」
圧倒され立ち尽くしていたリメアの横から、アーヴィが身を低くして飛び出した。
「あ、アーヴィ!?」
追いかけようとしたリメアを、リッキーが引き止める。
「お待ち下サイ! リメア様! まずは様子をうかがうのガ得策! 話が通じる相手か見極めるべきデス!」
「でも、アーヴィが!」
「彼なら大丈夫、そうでショウ?」
「う、うん……」
釈然としなかったが、一理ある。
警官とロボットとの戦いで、彼は常軌を逸した戦い方を見せてくれた。
不安は拭えなかったが、この場はアーヴィに任せよう。
そうリメアは自分に言い聞かせ、視線をアーヴィへと戻した。
「最初から全力でいかせてもらうぜ……!」
アーヴィは囚人服の右袖をまくり上げる。
腕に複雑な模様が浮かび上がり、脈動を始めた。
掌が割れ、中から青白く光る棒のようなものが生えてくる。
精霊の足の間を縫うように走り、本体の真下までたどり着く。
「届……けぇっ!」
アーヴィは跳び上がり、右手を前へと突き出した。
通常では到底届くはずのない距離だが、重力が少ない分、跳躍距離がぐんぐん伸びていく。
「アーヴィ、避けてっ!」
悲鳴に似た声が、響き渡る。
少年が見上げていた顔を下ろすと、精霊の体から伸びた1本の長い鎖が、ムチのようにしなりながら迫っていた。
「はっ! 俺は、はいわかりましたって、空中で方向転換できねぇんだよ……!」
クソッタレが、と言葉を発する途中で、肉と骨の砕ける音がこだまする。
どちゃり、と嫌な音を立てて地表に落ちた体をまるで虫でも掃き出すかのごとく、鎖が弾き飛ばす。
幾度も地面に叩きつけられながらリメアの前に転がった少年は、かろうじて息をしているだけの肉の塊と化していた。
「アーヴィ!」
「だ、大丈夫だ」
肉塊から腕と足が生えてきて、傷だらけの体を持ち上げる。
だらりと垂れ下がった首を持ち上げて元の場所にはめ込むと、アーヴィは気道に詰まっていた血を勢いよく吐き出す。
「げほっ、ごほっ……、あー、スッキリした。吐き気もどっか行っちまったわ。で?」
アーヴィがこちらを睨んでくる。
リメアはきょとんとして、それを見つめ返した。
少年の額に青筋が走る。
「ふぇ? みたいな顔してんじゃねーよ! 今の見てただろ! 手を貸せ!」
「えっ! な、なにをしたらいいの……?」
「俺をあいつの本体まで連れて行け。それだけでいい。あとはなんとかなる」
「ちょっとまってアーヴィ、どうするつもりなの?」
「説明したら長くなる! とりあえず言うこと聞いてりゃ、あいつをぶち殺すことができるんだ! 行くぞ!」
腕の関節をはめ直し、数歩進んで立ち止まるアーヴィ。
「おい、なんの冗談だ?」
リメアは、1歩もその場を動いていなかった。
「あ、あのね、アーヴィ。わたしは、いきなりぶち殺す、っていうのには反対、かな。ほら、あっちもなにもしなかったら攻撃してこないみたいだし、話せばなんとかなるかも……」
「はぁ!? なに寝ぼけたこと言ってんだ? 精霊が思ったよりデカすぎて、チビっちまったのか!? あの攻撃見ただろ! 話の通じるやつが、人間の中身と外側が裏返しになるような一撃お見舞いしてくるかっての!!」
「で、でもっ、1回、1回だけ、試させて! ね?」
「あー……だめだ。頭沸いてやがる。じゃあ好きにしろ。だが、絶対に油断するんじゃね―ぞ、リメアが倒れたら、この計画はすべてがオジャンだ。わかったな!?」
「うんっ」
リメアは力強く頷き、歩き出す。
言葉とは裏腹に、膝は笑ってしまうほど震えていた。
(どうしよう、あんなこと言ったけど……、ほんとはすっごく怖い……)
震えだした両手を胸の前で握りしめ、精霊の前で立ち止まる。
精霊が足を伸ばせば、届いてしまうほど近くまで来た。
それでも、アーヴィに比べたらかなり距離をとっている。
(これぐらい離れてたら、きっと大丈夫……)
止まりそうになる呼吸。
それでも無理やり肺を動かして平静を装う。
緊張で痺れかけた手を握りしめ、やっとの思いで、口を開いた。
「あ、あのっ! 精霊……さん、ですよね? えっと、わ、わたしはリメアっていいます! じゅ、従響星から来ました! えっとえっと、従響星ではみんな大変で、孤児の子たちがひどい目にあってて、それで、あの、友達の女の子がボロボロになっちゃってて、助けようとしたんです! したんですけど、あなたからえ、エーテルの使いすぎだって言われて、助けられなくて……、だから、今のままじゃダメで、もっとよくしてほしくて、それと……友達を、か、返してほしくて……ほしいんです、お願いします……! 本当に、お願いします……!!」
気がつけば頭を下げていた。
身体に余計な力が入ってしまったからか、エーテルが勝手に活性化して髪の毛の1部が白銀に変わってしまっていた。
ひっぱたくなんて大口を叩いていた自分が、情けなかった。
でも、話してわかってもらえるのだったら、それが1番いいとリメアは心の底から思っていた。
言いたいことがいっぱいありすぎて、うまくまとめきれず、リメア自身もなにを言ったのか覚えていない。
それでも、精霊に自分と同じような心があるのだったら。
ほんの少しでも、耳を傾けてくれるはず。
そんな希望的観測に、すがりついた。
おもむろに顔を上げぎょっとする。
目と鼻の先に、瞳があった。
あの時アリシアの魂をエーテルごと奪っていった、鎖の先端にある大きな目玉。
「あ……」
記憶と感情がフラッシュバックし言葉が詰まる。
目玉を持ち上げるように鎖が引き、凍りついて固まるリメアを頭上から見下ろした。
1拍おいた後、精霊が初めて声を発する。
『基幹規則の38、大規模なエーテルの無許可使用、及びに基幹規則の5、立ち入り禁止区域への侵入。30秒以内に退去しない場合、いかなる理由があろうとも徹底的に排除する』
冷酷で杓子定規な、心無い声を――。
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