第16話 エピローグ
「俺たちに家へ帰る前に、花畑へよっていいか?」
挨拶程度の別れを済ますと、颯真様がそう言う。私たちは昨日の盆踊りを思い出すように、片手をつなぎ歩いていた。
「はい、もちろん大丈夫です。そういえば子どものころ以来ですね――。あの頃の私に、鹿さんと結婚したと伝えると、きっとびっくりするはずです」
「ああ、そうかもな。何せ、お前は小さかったしな」
そう答えた颯真様は、少し、心あらずのよう。
「あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、任せておいてくれ」
そう決意を秘めた瞳で言うので、よけいに……心配になるというか。本当に大丈夫でしょうか?
「じゃぁーな」そう言って、村の畦道を歩き、すぐ近くの花畑を目指した。 そっと颯真様を見てると、いつもの勝ち気な笑みを浮かべている。彼が雨を降らせ守った、稲穂の田んぼを背景に歩く姿は……。
――とっても、素敵で見惚れてしまう。あまり、良くないかもしれません。私は最近、颯真様にでれでれし過ぎかもしれません……。
「志穂、どうした? 治療のせいでやはり、もう眠いのか?」
「いえ……、そう言えば、今回は治療の量が少ないのもありますが、それほど体に負担がないように思います」
「そうか、こうやって手をつないでいるせいもあるだろうが、神力の使い方に志穂自身がなれたのだろう。俺より、お前の方が上手く使えている気がするなー」
そう言うと、颯真様は考え込むように、黙ってしまった。やはり、神力を上手く使えば、いろいろ便利なことがあるのかもしれない。
そう考えていた時、一段高くなっている土地が切れて、そこからの登れるような、緩やかな斜面が現れてる。樹木の中にある、その道を歩いていくと、一段高い丘の上。そこには今は雑草の生い茂る場所になっているが、ここには、毎年春には色とりどりの花が咲く。
「着いたな」
「着きましたね。私たちが花畑と、樹々の間の、この辺りの雑草の上に、ござを広げて座っていると、この辺りに、え鹿島様が来てくれていたんですよね」
「そうだな、志穂は百合たちとそこにいた。その百合が、これからどうなるか聞きたいか?」
その声は言いにくそうで、少し勘ぐってしまいます。でもーー。
「そのことについては興味があります。両親が亡くなってからの、あの家では、後悔や苦しいこと、そして正直に言いますと、悔しいこともありました。みんなもそうであった。けれど私は、苦しかったんです。泣きたくもありました。でも、私が選んだ鹿島様の手を取るために、捨てなければならないものがあるのなら、私の場合は過去の悔しさや、苦しさなのだと思うのです」
「志穂、俺の思う、俺の仕事の中には、邪魔な者を排除をすることもある。それこそ私利私欲ではダメだが、一定の秩序のためには、今回のように野党や盗賊と戦い、命を奪くこともある。戦って守らねば、失ってしまうばかりの、この世界だからな」
「……それはそうですね。今日はとてもこわかったです。でも、それなら…………って大丈夫ですよ。伯父様に、それに菊さんの旦那さんの決めたのです。信頼しています。」
「そうか、強いな志穂は。では、今度はここへ来た理由というか……、目的を達成したい。」
「目的……」
「これを受け取ってくれるか?」
「これは?」
小さな箱から取り出したそれは、銀色に光る金属の輪っかに、髪飾りと合わせたように、白い艶のある真珠が乗っている。箱をひょいっと、袖の下に颯真様は入れてしまった。
「ポン太が言うには、指輪という物らしい」
「まぁ……可愛らしいですね。着物を縫う時に使う、指抜きとは違いますよね?」
「ああ、違うだろうな。異国や、未来を見通す神様の間で、結婚の際に送る。ますとあいてむというやつらしい」
「ますとあいてむぅ……って結婚ですか? でも、私たちは……」
「まぁ、そうだな。だが、旨い稲は貰ったが、そのお礼をしていなかった。そしてこうも、聞けていなかった」
そう言うと、手を差し出す。私は少し考えたが、その手に、私の手を重ねる。重ねるまでの颯真様の瞳は、熱を帯びていた。そこに少しだけの圧力も、そうも必死になってくれて、嬉しく、少しだけ可愛いらしく思えた。
颯真様は、のせた手をとり、指輪を薬りへとはめる。
「わあぁ……」
「俺と、いついかなる未来でも、一緒に居てくれないか?」
「……はい、もちろんです。いつまでも一緒に……指輪も大事にしますね」
いただいた指輪を眺めてみる。颯真様の神力の様なあたたかな喜び、心の内から広がりでる。
「志穂、やはり言うべきだろう。今なら、人に戻れるかもしれない。だが、俺はお前は契約をして稲をくれ、俺が食べた時から、契約はなされているのだからな……。村へ戻るのは許さない……。だが……」
颯真様は、悔しい、そんな顔で顔をそむけた。
「もう戻る道はありません。私が、そう……鹿島様に輿入れした日に、もう村へは戻らないと決めましたから……。案外早い里帰りでしたけど」クスクスと、思わず笑ってしまう。
「それに、許されるならあの家に帰りたい」そう言って颯真様の腕にすがった。
「もちろんだ。一緒に帰ろう」
「おめでとうございますー!! これは宴会の準備ですね! 狸一同頑張りますよー! 僕はその準備日で、三日ほど実家に帰りますね! キャッハー!!」
そう颯真の持っていた巾着袋は話だし、ポンタ太ちゃんの姿へ戻るとそのままは走って行き、忽然と消えてしまった。
「はぁ……三日後か……、狸たちは歳をとるとイメージ通り、酒を飲む様になるから、志穂、適当にあわせないと三日間は続くと思うので、体力的にきついからな」
「えっ? 何かの儀式か何かですか?!」
「狸は、酒の肴に飢えているから、俺たちの結婚について三日は語る気なのだ。志穂か来た
ことで、宴会を開きたがってはいたが断っていたのだが……。けれども今回は、三日間夫婦水入らずである様に、気をきを利かしたのかもしれない」
「えっ、あっ、はい……」
そう言われると慌てて、顔がほてってしまいます。
「ふふふっ、大丈夫だ。俺は案外、気が長い。今日は一緒に二人だけて食事をし、そして明日は海へも行こう」
「それはきっと楽しいでしょうねー。楽しみです~」
「俺もだ」
そして私たちは思い出の花畑で、心を寄せ合うような、小さな口づけをして、私たちの家へ帰って行く。
「あっ、思いだしました」
鹿さんの姿の首に掴まっている私は、菊さんの言葉を思い出した。
「颯真様、貴方でなくては駄目なのです。お慕いしています……」
あまりの恥ずかしさから、鹿さんの首の白い毛に顔を埋めて微かに、秘めやかに伝える。
ピィーーャー!! 鹿さんの怒りの声が響く中、「キャーー!」って感じで、私たちは少しだけ落下しかける。
目の前の大きな枝が顔の前をかすめていった。そのことに驚きな驚きながらも、なぜか、『なぜ今? 鹿の時なのだ!?』と、何となく彼の言葉がわかった。
「だって、恥ずかしいですもの……」
そしていつの間にか、ふんわりとした地面の上に立ち、颯真様は人の姿で立っていた。
「もう一度、言ってくれないか?」
「で、でも、恥ずかしいので……」
「お願いだ……」
颯真様は真剣な眼差しで、この夏の陽気もあって、こちらが溶けてしまいそう……。
「颯真様、貴方でなくては駄目なのです。お慕いしています。でも……、気が長いって言ってらしたのに……」
「ああ、なるほど」
「なるほど……ですか?」
「以前、話していた人の恋や愛について話していた、狸が、こうも言っていた。恋は病てただな……、そう思えばこの湧き上がる思いに説明がつく、私は神獣と言っても、獣じみてお前に恋焦がれるのだ」
「それは困りましたね……」
「…………」
「私は颯真様思うと心が平穏ではいられません、一人でいたくないと言って泣き、不服に思って甘えてしまうそんな私を誰が咎めてくれるのでしょうか?」
「そんなお前が可愛いのだから仕方ない」
「そんな颯真様だから私は、貴方のことを愛しているのです……。ふふふ、やっと自分の言葉で言えました。
「もう一度!」
「颯真様、もう帰りましょう。夕ご飯を作ったら、お相手お願いします。子どもの頃の話、これからの話、そして未来の話。いろいろ教えてくださいませね」
私は心が満たされた気持ちで、私は彼の手を取り言った。初めの第一歩は手をつなぐことから、そうやって二人の仲は深まっていくのでしょう。
☆☆
村里近く、山頂の神社には、今も鹿島様の結界があり、見つける事は容易ではない。しかし村人思いの鹿島様とその花嫁が、今もきっと住んでいる。
そして――。
「鹿島様! 志穂様! おはようございまーす! 宴会の準備のため、このポン太、一足先に帰って来ましたよーー! 志穂様もここにいらっしゃるのでしょう? 部屋のふすま、開けていいですかー? お土産や、土産話も沢山あるんですよーーーー! ポン!」
きっと可愛い子狸さんの、女中さんも住んでいるはず。
終わり
昔馴染みの白い牡鹿は村を守る神獣だったので、結婚することに相成りました もち雪 @mochiyuki5
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