第15話 夜の喧騒

 ポン太ちゃんの横で、今はただ、颯真様の帰りを待ち、無事を祈ることしか出来ない。ポン太ちゃんと手を取り合い待っていると、二刻ばかり過ぎたころ、健一さんが一人戻って来た。


「結構な人数がこちらに潜んでいる。裏の山から挟み撃ちをするために援軍を頼んで来る」と、彼は歩きながらであるが、早口で告げる。


「怪我人は大丈夫ですか?」

 

「今のところいない」それだけ言って、三役が集まるござの方へと走って行ってしまった。


 これから、またしばらく待つだけの時間になってしまうだろう……。

 

 そう思ってすぐに「あの……」と言われ、振り返ると「鹿島様が怪我をして……」と浴衣姿の彼ははっきりした声で言った。


 「あなた、誰?」

 

 彼は全く知らない人物だった。こんな小さな村でも人の出入りは少なくない。だが、村へ来ると一度は庄屋の家へと顔を出す。だから、幼い頃からこの村に住み、お茶出しの仕事をしていると、ある程度は顔と名前がつながっているのだが、彼の顔からはまったく思い浮かんでこない。


 私はついつい、口から出てしまった本音を後悔しながら、後ろへとさがる。


 そんな時、彼と私の間に、ポン太が立ち塞がり、私を守るように手を広げ立ちふさがった。

 

「志穂様には、指一本触らせません、連れて行くなんて絶対に阻止します!」

 

「うるさい!」と、ポン太ちゃんはそう大声で怒鳴られても、怯むことはない。

 

 そのまま二人は睨み合うが、いきなり男が居なくなってしまった!? 


 そして男のいた場所には、顔を赤く滲ませた、鹿さんが息を整え、闘気をにじませるようにフゥーフゥーと言いながら立っている。


 「「鹿島様!?」」

 

 ポン太ちゃんは吹き飛んだ男のもとへと向かい、私は慌てて鹿島様のもとへと駆け寄る。


 近づいた時には鹿島様は人のお姿に変わっていて、額から血がわずかであるが流れ落ちている。それなのに私を抱き寄せ「怪我などはしていないか?」耳元で静かな声で囁くように聞く。


 思わず涙がこぼれそうになるが、歯を食いしばる。何より彼の治療を優先させなけてば……。

 

「私はしてませんが、颯真そうま様が! こんな風に抱え込まれていたら治療が出来ません!」


「うん、そうだな。俺は怪我をしているようなので、『志穂しほのところまでさがって』って言われて来てみたが、良かった間に合って」


「もう! 颯真様! 怪我の治療を致しますので、離れてください……」

 

 颯真様が怪我をしている姿をみるだけで、心が痛い。血の赤と、その匂いが拍車をかけて、私を不安にさせる。言葉に力を込めなければ……波立つ心は私を弱くする。


「あぁ、そうだったらすまない。でも、元気そうで良かった」


 颯真様は自分の怪我には無頓着なようで、ふふふ、という感じに安心したように笑い、その手を離した。彼の額から結構な血が落ちているが、傷自体はそう大きくない。念の為もって来ていた、小さな布を傷のしたへと軽く押し当てる。


「颯真様、額からの出血の量が多いですので、地面に座り、この布で目へ血が入らに左の眉の上を押さえていてくださいませんか?」


「それではせっかくの布が汚れてしまうぞ」


「いいから、言われた通りにしてください!」


「珍しくお前は怒っているなー。そんなに俺が大切なのか?」

 

「まぁー」

 あの大人しく、賢かった鹿さんがそんなこと言うことに素直に驚いた。どうもさっきまでの戦いで、お酒に酔ったような感じになっているようだ。彼は地べたにあぐらをかき頭の治療している私の手を取った。


「まぁーでは、わからない。お前は鹿の時は自ら近寄って来るのに、人の時は熱く、俺を見つめる時もあるが、逃げてしまう時もある。その違いに俺は少々困惑してしまう」


 そう言う颯真様が今、よっぽど熱い目をしている。治療は一旦ストップして、その問に答えた方がいいと思った。


 どうやら私もこの空気に酔っているのかも? いつもの恥ずかしさなどはなりをひそめているように落ち着いている。そう言えばこんなに怒っていた日は、今までの人生にそうないかもしれない。


「颯真様、私は颯真様の家で、鹿さんに看取られて死ぬつもりでした。鹿さんは私の思い出であり、賢くて、素敵なお友達でした。でも、颯真様は人の基準で美しく、そしておのこおとこで、こうやって手を取って指を絡めてつなぐだけで恥ずかしいのです。……こうやって目を合わせるだけでも、普段は戸惑い、今、私にできるのは…………こうやって頬に口づけするだけ。でも、この空気に酔っている所が多分にございますので、いつもできるかわかりませんが……。けれど颯真様と契る心の準備がないわけでもなく、たぶん鹿島様と結婚も考慮して、両親に慎ましやかたれと、教育されてきた結果だと思います……」


 ――鹿島様は、唖然と口をあけ、長い睫毛の下の瞳も見開かれている。頬に手をあてて、私を見上げている。頑張り過ぎたかもしれない?


「え……っと、治療を再開しますが、大丈夫ですか?」

「あっ、ああ、大丈夫だ」


 そう言っても、つないだ左手はほどいてくれないようで、右手のみで治療し始める。


 左手から鹿島様の神力がぽかぽかと、陽だまりの中に居るように流れ込んで来て良いのだけれど……。


 落ち着いてみると、やぐらの下の視線も、そして犯人を引き渡して来ただろうポン太ちゃんの視線もこっちを向いて、赤べこのようにうんうんと、無言でうなずいている。


 そして傷の治療が終わると、鹿島様は、私の口に軽く、口づけをして戦いへと帰って行った。さすがにやぐらの辺りから、ざわめきが起こる。


 「鹿島様行ってしまいましたね。無事だといいんですが」


 そうホクホク顔でポン太ちゃんがやって来た時には、凄ーく穴を掘って、そこの中へと入り、うずくまってしまいたくなっていた。


          ◇◇◇◇◇


 朝、日の出の光で、空が白らむ頃、村人たちと颯真様が帰って来た。


「あの……怪我をした人がいますか?」


「すべてを診るとさすがに、志穂様の体に負担があるからって、旦那が言うんで、まずこの二人を見てやってくれ」そう言って二人の男性を前に出して来た。


 「あら」、「あぁ、久しぶり……」と、いう感じに少し気まずい挨拶を経て怪我の様子を見る。


 一人は、切り付けられたのか手に怪我をしていたが、防護するために巻いた布がその傷が深くなるのを防いだようだ。もう一人は、斜面から落ちたのか葉っぱなのどが付き、足を軽く捻ってしまっている。


 ふたりともすぐに良くなって、家族のもとへと行ってしまった。今回の戦いが、長い時間が掛かった割にはそこまでひどい怪我でなく、そっと胸を撫でおろした。

 

「志穂様の旦那が、危険な時は飛ぶようにやって来るから、この程度に済んだんだ。俺たちが言っていいことではないが、志穂様はとっても良縁に恵まれたと思うぜ」

 

「そうですね。私もそう思います」


 健一さんはこの村を担うことになるだろう。若者の一人だった。彼にそう言って貰うのは嬉しいこと、もしかしたら私が、彼のと話し合い颯真様のとの間に立たなければいけないかもしれない。そう思うと、背筋を伸ばししっかりと今後も、彼の言葉に耳を傾けなければならない。


「ただ……」

「ただ?」彼の言葉を繰り返し首をひねる。


「志穂様と、話しているだけで、怖い顔をしてこっちを見るのは……なんとも……」


 そうは言っても、三役の方々と話している颯真様、普通に話しているように見える。照れているのか、無表情でこちらに一、二度、手を振るだけだが……。


「わかりますー。時々、僕と志穂様が楽しそうに話していると、僕にだけわかるように、怪訝な顔をするんですよねー」

 

「してない……」

 

 振り返るとすぐ、後ろに颯真様が居て、手をつないでくださるので、で少しずつ私の傷が癒えていく感じが私の中の力が強まるのを感じた。


「えっ!? では、あれは無意識!?」

「とりあえず、今は意識してやっている」


「ひどーい! 志穂さーま」そう言って私の後ろへポン太ちゃんは隠れた。

 

「ふふふ」「「あはは」」


 そう笑い声がこぼれる。朝日の中で私とポン太ちゃんは口を隠すように笑う。颯真様は腰に手を当て、爽快な笑い声で笑う。いつのまにかその三人の定番となった立ち位置の様子に、心を落ち着かせることが出来るようになっていた。

 

「では、俺も三役への報告へ行って来る。ありがとよ、旦那もありがとうございます!」

 

「ああ」


 健一さんは私たちへ手を振り、人々の中へと入って行く。普段、普通に話している鹿島様が村で無口なのは、すこしだけおもしろい出来事かもしれない。


 人々はもうしばらく、家に入り込んだ者がいないかの確認が済んでから、家へと帰るようだ。

 

 「僕ももう眠いです」 そう言った、ポン太ちゃんは颯真様の手を握るとしゅる~って感じで、可愛い尻尾付の巾着袋になり、颯真様の手の中に納まった。

 

「私たちも、もうおうちへ帰りましょうか」

「そうだな」

 

 そう言った颯真様は、少し驚いた顔だったが、安心したように笑った。

 

 続く

 

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