第4話 独島、夜明け前
灰色の海に、切り立った岩礁が浮かぶ。
独島(ドクト)──韓国と日本、両国の緊張が常に渦巻く国境の島。
そこに、山本耀は一人、非公式ルートで上陸した。
風は強く、夜の潮騒が砕ける中、島の一角に人影があった。
山本の目に映ったのは、ダークグレーのコートを翻す男。
──ハン・ギュテ。
「久しいな、耀」
低く落ち着いた声が、潮騒を割った。
「まだ“情報の亡命”なんて茶番にこだわっているのか?」と山本。
ギュテはゆっくりと振り返った。
「これは亡命ではない。“亡国”の宣言だ。君の国も、我が国も、国家に飼われた犬たちが真実を葬ってきた。その腐敗を白日の下にさらす。俺たちは“国”の外に真実を置く必要がある」
その言葉と同時に、岩陰から黒服の男たちが姿を現した。
チョンム会の戦闘員たち。すでに島は彼らに制圧されていた。
山本は、ゆっくりとコートの内側から何かを取り出す。
それは――スンホが託した父のノートだった。
「これは、お前の計画の核心だろう?」
「“亡国計画”とは、情報公開ではない。“国家の終わり方”を演出するための劇台なんだ」
ギュテの目が鋭くなる。
「そうだ。“亡国計画”とは、既存の国家システムを情報爆弾で崩壊させ、その瓦礫の上に“本当の国”を築く。君も理解しているはずだろう。現実の国家が人を救ったことなど、一度でもあったか?」
山本は黙っていた。
翔太の顔が、脳裏に浮かんだ。
──「国家は、誰も救わない。だが、誰かが声を拾えば、生きられた命もある」
「だから俺は、国家の崩壊ではなく、“個人の真実”を守る道を選ぶ」
山本はノートに火を点けた。
風に煽られ、スンホの父が遺したノートは一瞬で燃え上がった。
「貴様……っ!」
ギュテが駆け寄ろうとした瞬間、遠くから韓国軍のヘリが姿を現す。
草間公安捜査官が、山本の通信を通じて軍に通報していたのだ。
照明弾が夜空を割き、銃声が鳴る。
チョンム会の戦闘員たちは次々と拘束され、ギュテも静かに膝をついた。
「君はいつも、独りだな……耀」
ギュテは苦笑しながら言った。
山本は答えなかった。ただ、燃え尽きたノートの灰をじっと見つめていた。
翌日。
スンホと母は、保護プログラムのもとで新たな生活を始めることになった。
山本は、日本へ帰る飛行機の中、薄く笑みを浮かべながら窓の外を見つめていた。
「国家が滅びても、人の声は残る。
俺が拾うのは、いつだってその声だ――」
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山本耀の華麗なる事件簿 パンチ☆太郎 @panchitaro
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