第七話:背中でつながる声

 夕暮れの街を、空はまひるを背負って歩いていた。

 

 慣れないサンダルで足を痛めたまひるを背負うと言い出した空。


 人通りの少ない裏道。金色の陽が、建物の隙間から斜めに差し込んで、まひるの影と、空の影がひとつに重なって伸びていた。


 「ごめんね、空……重くない?」


 「ぜ、ぜんっぜん! 超軽い!」


 空は息を切らしながらも、全力で答えた。嘘ではない。まひるの体は細くて、肩越しに伝わる重さは羽のようだった。


 でも──


 (やば……背中……あたってる……)


 ノースリーブの薄いブラウス越しに、まひるの胸元がふわりと空の背中に当たっていて、何かが止まりそうだった。


 体の芯が、ぐらぐらする。


 (がんばれ……いま止まったら、わたし死ぬ……)


 なんとか一歩ずつ歩を進める空に、まひるの柔らかい声が耳元で落ちてきた。


 「今日ね……この服、空に見てほしくて選んだの」


 「……え?」


 「“可愛い”って、空に言ってもらいたかったの。だから、朝ちょっとだけ勇気出して、サンダルも履いてみたの」


 空の足が、少しだけ止まりかけた。でもまひるの腕が背中にきゅっとまわって、支えてくれる。


 「……でも、“エッチ”はひどいよ」


 「ご、ごめんってば……」


 「でもね──」


 まひるの声が、さらに小さくなった。


 「そこまで私のこと、ちゃんと見てくれてたってわかって、嬉しかった」


 風がそっと吹いて、まひるの髪が空の頬をくすぐる。


 そして、ほんの一瞬だけ間があって、耳のすぐそばで、まひるが囁いた。


 「……空、大好きだよ」


 空の心臓が、跳ねた。


 歩くことも、息をすることも、一瞬すべてを忘れそうになる。


 (だいすき……? まひるが、わたしに……)


 だけど背負っているから、まひるの顔は見えない。どんな表情で言ったのかもわからない。


 でも──


 空は、そっと自分の手を背中に添えて、まひるの脚を支えなおした。


 「……わたしも」


 かすれそうな声で、小さく返したその言葉は、風に溶けていったけれど、


 ──まひるの手が、背中できゅっと力を込めたのが、答えのように感じられた。


(おわり)

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『となりのまひる』 鈑金屋 @Bankin_ya

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