第2話

 ジェットコースターがきしむ音とともに、ぐんぐん高くのぼっていく。風がびゅうっと顔をなでると、ぼくは思わず叫んだ。


「うわあ! たかい! お姉さん、みてみて!」


 お姉さんはぼくの隣で、「きゃー! ゆうたくん、手離したらだめだよ!」と笑いながらも、しっかり手すりを握ってる。


 一番高いところで、一瞬止まった。下を見ると、人がアリみたいに小さくなっていて、胸がドキドキした。


 ごうん!


 と音がしたかと思ったら、ジェットコースターが一気に落ちていく。


 ぼくは大声で叫びながら、なんだか笑いが止まらなくて、もう何回も目をつむったり開けたりしてしまった。


 降りたときには、足がもうふらふら。


「はー、すごかった……」


 お姉さんも肩で息をして、二人で顔を見合わせて笑いあう。


 気づけばTシャツは汗でびっしょりだった。夏の日差しがジリジリと肌を焼いて、額から汗がぽたぽた落ちる。


「暑いねー。アイス食べようか?」


 お姉さんは自販機まで走っていって、アイスを二つ買ってきてくれた。


「はい、ゆうたくんの分!」


 ぼくはアイスを受け取って、一口食べる。冷たさが口いっぱいに広がって、生き返る気がした。


 少し歩いて日陰のベンチに座ったとき、ぼくはふと思いついて、お姉さんの横顔を見上げた。


「ねえ、お姉さん」


「ん? なぁに?」


「今日だけはぼくがお姉さんの彼氏になってあげるよ!」


 言ってしまったあと、ちょっと恥ずかしくなった。でも、お姉さんは目をまるくして、それから吹き出しそうに笑い始めた。


「ふふっ、ありがとう。でも……ゆうたくんみたいな彼氏、初めてだなぁ」


 ぼくも笑って、アイスをかじる。今日だけは、なんでもできる気がした。




 ――オレンジ色の夕日が山の向こうに落ちていく。

 観覧車のゴンドラの中は、静かで、外の世界が遠く感じた。


 最初は、景色がどんどん高くなっていくのが楽しくて、ぼくは夢中で窓の外を眺めてた。


 町も川も、さっきまで歩いていた遊園地も、小さく縮んでいくのが面白かった。


 でも、頂上が近づいて、ゴンドラの動きがゆっくりになってくると、だんだん退屈になってきた。


 ふと隣を見ると、お姉さんが静かに外の景色を見つめていた。その目から、つうっと透明な雫が流れているのに気づいた。


「……どこか痛むの?」


 たずねると、お姉さんはびっくりしたようにはっとして、あわてて涙を指でぬぐった。


「ううん、なんでもないよ」


 そう言いながら、お姉さんは、また窓の外に顔を向けた。

 でもその横顔は、どこかさみしそうだった。


 ぼくは、ベンチでお尻をもぞもぞさせながら、思い切って口を開いた。


「じいちゃんが言ってた。女の子を泣かせる男は、ぶん殴ってやらなきゃダメだって」


 ゆうたはお姉さんをまっすぐ見つめて、拳をぎゅっと握る。


「ぼくがお姉さんの彼氏のところに行って、一発ぶん殴ってやるよ」


 お姉さんは一瞬きょとんとして、それからくすりと笑った。

 今度の笑顔は、さっきまでのどこか寂しげなものじゃなくて、本当に嬉しそうな笑顔だった。


「ありがとう、ゆうたくん。でも大丈夫。もう泣かないよ」


 ゆうたはちょっと照れくさくなって、両手で顔を隠した。観覧車はゆっくりと回り続けて、夕焼けの空を静かに映していた。



 遊園地の出口をくぐる頃には、夜の空気が少しひんやりしてて、星がきらきらと瞬いてた。

 あれだけ賑やかだった園内の音も、今は遠ざかり、静かな夏の夜に変わってた。


「今日はありがとね、ゆうたくん。おかげで楽しかったよ」


「お礼を言うのはぼくの方だよ。チケットももらっちゃったし」


 お姉さんは少し心配そうな顔で、「家まで送っていこうか?」と声をかけてくれる。


 だけど、ぼくは首を横に振って、「ううん、だいじょうぶ。ぼくにはこいつがあるから」と、自転車にまたがった。


 自転車のハンドルを握る手に、さっきまでのお姉さんとの時間がまだポカポカと残っている気がした。


 お姉さんは微笑んで、ぼくの頭をやさしく撫でる。「気をつけて帰るんだよ」と、少し寂しそうに言う。


 ぼくは「うん! また遊ぼうね!」と元気よく返事をして、ペダルに足をかけた。


 お姉さんはその場に立ち止まったまま、ぼくが自転車で走り出すのを見送ってくれる。


 後ろを振り返ると、お姉さんが小さく手を振っているのが見えた。


 ぼくも大きく手を振り返して、「ばいばい!」と叫ぶ。


 夜道を風が通り抜ける。自転車のタイヤが静かにアスファルトを滑る音が、ぼくの胸の高鳴りと重なった。


「また、きっと会えるよね」――そう思いながら、ぼくは星空の下を、家に向かってまっすぐ走っていった。






 家に帰った後、じいちゃんにめちゃくちゃ怒られた。


 END

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ぼくの住む田舎に遊園地ができたぞ! 幽玄書庫 @yousei77

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