ぼくの住む田舎に遊園地ができたぞ!

幽玄書庫

第1話

 その話を最初に聞いたのは、朝ごはんのときだった。おばあちゃんが新聞をペラペラめくりながら、「ゆうた、うちの近くに大きな遊園地ができたんだってよ」と言った。


「えっ、本当!?」ぼくは思わずごはん粒を吹きそうになった。


 だって、ここは田んぼと山ばっかりで、楽しいものなんて何もないと思ってたのに。

 遊園地って、テレビでしか見たことなかった。ジェットコースターとか、観覧車とか、なんか夢みたいだ。


「どんなとこなんだろ?」


「さぁね、おばあちゃんもまだ行ったことがないんよ。でも、この前、隣の山田さんが孫と行ったらしいけど、すっごく楽しかったって」


「行ってみたい!」


 そう言ったけど、おばあちゃんは「暑いから今日はやめた方がいいわよ」って。だけど、ぼくの頭の中は、もう遊園地でいっぱいだ。


 午前中は、自転車をこぎながら、大きな観覧車や、メリーゴーランドや、遠くからでも見えるカラフルなゲートを想像してた。


 もし、そこの中がすごく広かったら、ぼく一人だけで大冒険が始まりそう。想像してるうちに、どんどんわくわくしてきて、「やっぱり自分で見に行ってみよう!」って決めた。


 おじいちゃんに「ちょっと新しくできた遊園地の前まで行ってもいい?」って聞くと、「帰りにアイス買ってきてくれればいいぞ」って。やった、これでオッケー。


 自転車にまたがって、田んぼのふちを走っていくと、遠くに青い屋根のすごく大きな建物が見えてきた。


 近づくほどに、なんだかお祭りみたいににぎやかな音楽が聞こえてくる。

 子どもたちのキャーキャーいう声も混ざってて、ぼくの心臓がドキドキ跳ねそうだった。


 門の前には、たくさんの人が行き来していて、子どもたちの笑い声や、カラフルな風船がふわふわと浮かんでた。


 小さな子をつれた家族や、中学生ぐらいのお兄さん、お姉さんたちが、みんな大きな声でおしゃべりしたり、急ぎ足でゲートをくぐって入っていく。


 ぼくは自転車を止めて、入り口の少し横に立って、じーっと遊園地の中を見てた。


 ジェットコースターが高いところまでのぼって、「きゃー!」って悲鳴がここまで聞こえる。

 そのたびに、ぼくの胸もどきどきした。



 みんな、すごく楽しそう。

 アイスを食べながら走っている子、家族で記念写真を撮っている人、手をつないでリュックを揺らしながら歩いていく兄弟……ぼくもああやって、友だちと遊びたいなって思った。


 でも、ぼくには一緒に入る友だちもいないし、お小遣いも少ししかないし、どうしてもその門をくぐることができなかった。


 気がつくと、もう結構な時間、門の前でぼーっと立っていた。すると、どこからか優しそうな声がして、ぼくははっとした。


「坊や、もしかして迷子?」


 ふりむくと、大学生くらいのお姉さんがぼくを見て、心配そうな顔でしゃがみこんでいた。

 髪はポニーテールで、薄い水色のTシャツが、夏の日差しでキラキラしてた。


「ううん、ぼく、お金持ってないから」


 ぼくは、ちょっと下を向いて答えた。

 本当は入りたい。

 でも、恥ずかしい気持ちもあって、もじもじしてしまう。


 お姉さんは、しばらくぼくを見て、それからにこっとやさしく笑って、「そうなんだ。じゃあ、ここで何をしてたの?」と聞いてきた。


「ただ、みてただけ。楽しそうだなぁって」


 自分で言って、ぼくはすごくちっちゃくなった気分になった。でも、お姉さんは「ふーん、そうなんだ」って大人みたいにうなずいて、ぼくの横に小さくしゃがみこんでくれた。



 お姉さんは、ぼくの横でしばらく静かにパークの中を見つめてた。

 でも、その顔はなんだか少しさみしそうに見えた。


「ねえ、実はね……」


 お姉さんが、ちょっと笑いながら話しはじめた。


「私、本当は彼氏と、ここでデートするはずだったんだ。でも、急に来られなくなっちゃったみたいで。そのせいでチケットが一枚余っちゃったんだよね」


「えっ、そうなの?」


 ぼくはびっくりしてお姉さんの顔を見上げた。

 だって、大人でもひとりぼっちのことがあるんだって、ちょっと意外だったから。


「そうなの。せっかく二枚チケットを取ったのに、ひとりで入るのもなんだかさみしくてね……」


 お姉さんはポケットからカラフルなチケットを二枚、そっと取り出して見せてくれた。


「もしよかったらさ、いっしょにまわらない? 一人だとつまんないし、君も入り口の前で、ずっとがまんしてるみたいだったし」


「え? 本当に?」


 まるで夢の中みたいだった。ぼくの胸はドキドキして、思わず小さくうなずいた。


「うん、行きたい!」


 声がちょっと大きくなっちゃって、周りの人がこっちを見るくらいだった。

 でも、お姉さんは、それを見てくすっと笑ってくれた。



「よし、じゃあ決まり! 一緒に最高の夏にしちゃおう!」



 手をつないで、カラフルなゲートをくぐる。


 ぼくとお姉さんの、ふたりの特別な冒険が、いま始まるところだった。

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