第05話 入学試験


 ルカの後に続き、ケイは体育館の中に入った。

 程よく公共用キセキの空調が効いた館内は、ケイには少し肌寒い。

 そこの奥まった場所にしつらえられた壇上に、一人の女性が、なぜか肩で息をしながら立っていた。


「はぁ……はぁ……ちょうど、間に合いました……」


 彼女は息を整えると、ケイの方を向いた。


「ようこそ、ケイ=ノービスさん。お待ちしておりました」


 その外見に、ケイは一瞬、見惚れる。


「わたくしはラクシャーサ・アリスベータ、この学校の理事長を務めています」


 両目を覆う白い眼帯。細長い眉に高い鼻梁。細身でありながら、女性的な丸みをしっかり帯びている肢体は、美しいという言葉ですら不足だ。

 天輪教会のスタンダードな黒い修道服と、圧倒的美をまとったグラマラスな黒髪ショートボブの女性が、ケイを出迎えてくれていた。

 息を切らしていた理由は、よくわからない。


「母様」

「今は理事長、です」

「……はい」


 ルカが、叱られた子犬のようにしゅんとする。

 どうやら彼女は、アリスベータ理事長の娘らしい。


「ケイ=ノービスだよ。よろしくね」

「ソラから、話は聞いています」


「師匠を知ってるの?」

「昔、七聖女の第一位を争った仲です。引導いんどうを渡しそこねた旧友アバズレの弟子が、遠路はるばるやってきたのですから、歓迎しましょう」


「いちおう聞くけど……仲は良いんだよね?」

ですよ……フフフ……」


 眼帯で表情がわかりづらいが、冷笑という言葉がぴったり当てはまる笑い方だった。


「それとあなた、ソラの話でも、書類上でも、女性にされていましたよ?」

「まさか、師匠がキセキ通信で、ちゃんと書いて送ったって……」

「それにちゃんと、と記入されていました」

「うそでしょ……」

「あなた……男だったんですか?」

「そうだよ」


 ケイは頬を両手で挟み、軽く首を傾げながら前かがみになって、質問してきたルカを見た。


「かわいいでしょ?」と言わんばかりだ。

 ルカは無言のまま大きく目を開き、表情だけで「信じられない」と返す。


「大方、わたくしへの嫌がらせ兼、悪ふざけでしょう。あれはそういう女です」

「想像はつく……本当に変わり者だから、うちの師匠……」

「普通は、性別詐称の時点で落第です」

「ちょっと師匠っ! 何してくれてるの!」


「しかし、曲がりなりにも現役トップ聖女の推薦。今まで一人も弟子を取らなかった第三聖女変わり者の一番弟子。さらに、他に類を見ない戦闘用キセキが使える男性ですから……ひとまず会ってみることにしました」


「あれ……ボク、戦闘用キセキが使えるって言ったっけ?」

「――願書に、そう書かれています」

「ああ、そう」 


「父兄参観やオープンキャンパス、観光や仕事でアカデミーに訪れる男性は少なからずいますが、入学を希望したのは、あなたが初めてです」

「じゃあボクが、ふぁーすと……ふぁーすとぺん……なんだっけ?」

「ファーストペンギン」


 横からルカが素っ気なく口を出す。


「そう、それ! ……ところでペンギンってなに?」

「ずいぶん前に絶滅した鳥類です」

「へー、そうなんだ……」


 ルカの補足説明にケイが手を打つ。

 するとラクシャーサはひとつ頷いた。


「では、あなたがファーストペンギンにふさわしいか、手短に確認させてもらいましょうか。ルカ・アリスベータさん?」

「はい。では、こちらへ」


 ルカが体育館の中央に進み出る。

 ケイもその後に続いた。


「……人生を左右するんだから、ちゃんと時間を使ってやってほしいんだけど……」


 頬をかきながら、そうぼやいた。


「何かを成すためには、人生はあまりにも短い。アリスベータのモットーは、常に最短最速、です」


 ルカが答える。


「何でも最短最速がいいってわけでもないと思うよ? 君の長い黒髪はとても素敵だし、師匠が言うには、おちん――」

聖女戦せいじょせんで、雌雄を決しましょう」


 ルカは、ケイの言葉を遮った。

 賢明な判断だ。


「聖女戦実技は、アカデミーの必修科目。できなければ、すぐにでも――」

「できるし! 師匠と何度か経験済みだし! 非公式の野良試合だけど……望むところだ」


 今度はケイがルカの言葉を遮った。

 ルカは少しだけ眉根を寄せる。


「やるのは競技レベルの公式戦です。全教区に放送されるのですから、恥をかかないようにしてください」


 ルカは両手の親指と人差し指の指先を合わせ、胸の前で輪を作った。

 天輪教の祈りの所作だ。


「デビュー戦が入学試験か……なんか、いい感じかも……」

 

 そう言いながら、ケイも同じポーズをとる。

 そして、二人揃って定型句を唱和しょうわする。


インテリオルIntelliorセルCellリミッターLimiterリリースRelease


 すると二人の体を正六角形の群生光が覆った。

 戦闘用キセキの輝きだ。

 それは面積を徐々に増していき、二人の体から地面や空間にまで広がっていく。


オーエスOSエクササイズExerciseモードModeセットSetドローンDroneエーアールAR


 空気が鳴る。

 ケイは頭上を仰いだ。

 体育館の空には、どこからともなく飛来した、8枚の回転翼を備えた大小さまざまな平たい直方体が、群れをなして浮遊していた。


 天使だ。


 最も高貴で触れがたく様々な音を奏でる熾天使セラフィム

 聖女戦を聖都全体に放送する役割を担う智天使ケルヴィム

 聖女戦で聖女たちが歌い踊る足場となる座天使スローンズ

 歌い手の手足となって踊り手を攻撃する力天使デュナミス


 各天使が、それぞれ配置についた。


【セイジョセン、レディReady――】


 ケイとルカは、各々の目の前に浮かぶ座天使に飛び乗った。


アセンションAscension!】


 それが、はじまりの合図だ。

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