第04話 アカデミー
すっかり花が散り、新緑に染まる桜の並木道を、ケイはひた走る。
その顔には、焦りの色と汗がにじんでいた。
アカデミーの中途入学試験に、遅刻しかけているのだ。
全部、
キ車がアカデミー前駅に遅れて到着した直後、報道機関や野次馬が押し寄せ、修道騎士団が乗客の保護と事情聴取を始めたため、ケイは思うように動けなかった。
その混乱からこっそり抜け出すのにも、時間がかかった。
中途入学試験の開始は14時ちょうど。
ケイが事前に調べたところ、駅からアカデミーまでは徒歩で20分ほどかかる。
今、13時52分。
間に合うかどうか。
際どい。
戦闘用キセキの身体強化を使って走る案が、ケイの脳裏をよぎる。
「……使うか……」
キ車の中でジュダスに指摘された通り、祭事や緊急時を除き、戦闘用キセキの使用は違法だ。
教区の法律は、天輪教の聖典にまとめられている。
治安を守る天輪教会の修道騎士団に見つかれば、現行犯で3か月以下の懲役、もしくは10万キ貨――キセキ通貨の略称で、オーズが管理する不可視の貨幣――以下の罰金を
それ以前に、聖女にあるまじき違法行為に手を染め続ければ、聖女になるという目標から遠ざかるかもしれない。
しかし、背に腹はかえられない。
決心したケイは、正六角形の群生光を全身にまとい、走るスピードを上げた。
間もなくして、黒光りする金属製の門が視界に入る。
花弁、葉、
アカデミーの正門に違いない。
間に合った――そう安堵した瞬間。
ケイの背筋に悪寒が走った。
大型の肉食動物に背後をとられたときのような感覚。
ケイは靴底をすり減らしながら急制動をかける。
直後、頭上から人影が高速で落下してきた。
舗装路が爆ぜ、砕け散る。
ケイは飛散した破片から身を守るために、その場から飛び退いた。
目の前には煙幕と小さなクレーターができあがっている。
「――戦闘用キセキの
クレーターの中心に、一人の少女が背筋をピンと伸ばして立っていた。
くせのない艶やかな長い黒髪、前髪は真横に切りそろえられ、均整の取れた女性らしい肢体と、細く長い柳眉を、紺の学制服とナチュラルメイクで完全武装している。
一度見たら忘れられない、凛とした空気をまとった少女だった。
先ほどの爆発は、この黒髪ロング前髪パッツン少女が、戦闘用キセキで飛び上がり放った、超高速の飛び蹴りによるものだ。
「そっちだって使ってるじゃん!」
「緊急時です」
「あいさつの仕方、知らないの?」
ケイは、自分が初対面のサークルクラッシャーにしたことを完全に棚に上げていた。
「これがアカデミー流です」
「やばいなアカデミー……逆に、入るのが楽しみになってきたかも……」
図太い。
一方の少女も、攻撃した事実を悪びれることなく、クレーターから歩み出てくる。
立ち止まり、体の前で両手の指先を軽く重ね、背筋を伸ばしたまま、一拍置いてから上半身を20度ほど傾ける。
先ほどの蛮行を帳消しにするような、美しいお辞儀だった。
「わたしはアカデミー一学年主席、聖女ランキング第101位、ルカ・アリスベータ。学生の身ですが、ボランティアで中途入学試験を手伝っています」
ケイの片眉が、わずかに上がる。
主席。
聖女ランキング。
そういった情報で、うっすらとマウントを取られた気がした。
楚々とした見た目や言葉遣いに反し、自己顕示欲がにじみ出ている。
聖女を目指す人間は、多かれ少なかれ、そういうところがある。
ケイは、にやりと笑った。同じ穴の
「ボクは――」
「存じ上げています、ケイ=ノービスさん。時間ギリギリですよ?」
「キ車に乗ってたらテロ事件に巻き込まれたんだよ。仕方ないじゃん」
「運がありませんね。遅延証明書はもらいましたか?」
「なにそれ? そんなのもらえるの?」
ケイはキ車初心者のため、そういった
「こういう場合、普通もらっておくものです」
「えー、テロを未然に防いだんだから、大目に見てよー」
ルカは目を細める。
ケイは不敵に笑う。
「ひとまず間に合ったので、よしとしましょう。試験会場に案内します。ついてきてください」
言われ、蛇行する緩やかなレンガ敷きの坂道を連れ立って歩いていく。
横手にある大きなグラウンドでは、在校生が球技や陸上競技などに精を出していた。
「歩きながら説明します。アカデミーは、聖都最高峰の聖女養成学校です。生徒数約1500名。一学年500名、12クラス」
ルカは指を折りながら続ける。
「中途入学希望のあなたは、書類審査、現役聖女の推薦、実技試験……この3つをクリアする必要があります」
グラウンドの奥に、大きく立派な建物や渡り廊下、噴水や庭園などが見えてきた。
「
「言い方ー……ボクの師匠だよ」
ちょこちょこ、言葉に棘が含まれている気がする。
基本丁寧だが、少し毒もある。でも嫌味ではない。不思議な魅力のある少女だ。
「……第三聖女は、七聖女で唯一、弟子を取っていないと聞いていましたが……」
「ボクが、その一番弟子」
「田舎に引きこもっている謎めいた天才、たびたび上京して、聖女戦の勝利を必ず持ち帰る変わり者……聖都では、そういう評価です」
「変わり者なのは確かだね。でも師匠は、最高に格好いい変わり者だから」
「腐っても聖女、ですか」
「だから言い方ー」
言いながら、充実している施設の数々に、ケイは目を奪われていた。
師匠と暮らしている田舎のオンボロ教会と比べたら月とスッポンだ。
やがて坂道を通り過ぎ、噴水付きの広い前庭を抜けると、巨大な体育館にたどり着く。
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