第02話 戦闘用キセキ


教区解放戦線きょうくかいほうせんせん?」

「テロリストが、どうして……」


 再び、発砲音がケイの耳に飛び込んできた。

 乗客のどよめきがかき消える。


「大人しくできなければどうなるか、実際にやってみせないと黙れないのか?」


 のっぽの男の低い恫喝どうかつの声に、みな閉口する。


「……ようやく尻尾を出したな」


 小さな声でジュダスがつぶやいた。

 テロリストの姿を座席の隙間からうかがっていたケイは、ジュダスの肩を人差し指でつついた。

 つついた指をそのまま男たちの方に向ける。


「なに、あれ?」

「教区解放戦線……現体制を受け入れず、天輪教会に反目し、ここ数年聖都を中心に暗躍しているテロ組織です。知らないのですか?」


 ジュダスが小声でケイに耳打ちする。ケイもそれにならう。


「あの人たち、このキ車で何がしたいんだろう?」

「ろくでもないことですよ」

「ふーん……聖都は治安が良いって聞いてたのに……」

「最近はきな臭くなってきました。輪暦われき一千万年、オーズ様は完璧でも、そこに暮らす我々は愚かさを捨てきれていない……」


 ジュダスが説教じみた物言いをする。

 ケイは頭上に疑問符を浮かべる。


「その神様――オーズが解決してくれるんじゃないの?」

「主はヒトの自立を重んじておられます。よほどのことがないかぎり直接手はくだされません。第一に、これは個人的な考えですが、自分ヒトの問題は自分ヒトで解決すべきです」


 本当に、天輪教会の偉い人のようなことを言うなぁと、ケイは思った。


「このキ車の終点はアカデミー前からサン・オーズ大聖塔に変わる!」

「そ、そんな……孫の結婚式があるんです!」


 テロリストたちの斜め前に座っていた老人が立ち上がり声をあげた。

 タキシードで正装し、家族と幸せな時間を過ごす予定だったのだ。


「座れ、じいさん。もう結婚式それどころじゃあねえだろうが、諦めろ」

「ひっ」


 小太りのテロリストが、老人に銃口を向けて威嚇した。

 すると突然、ケイは立ち上がった。


「寄り道はボクも困る」

「な、危ないですよ! 伏せて!」


 ジュダスが焦ったように小声でケイの袖を引いた。


「大丈夫。ジュダスこそ、危ないから座ってて?」


 引き留めるジュダスの手をすり抜け、ケイは車両の通路に歩み出た。


「ちょっとそこの二人!」


 男たちがケイを見る。


「誰が立っていいと言った!」

「修道服……教会の関係者か? 厄介な……」

「おじいさんもボクも、今日は大切な日なんだ。それを踏みにじる権利は、あんたたちにはない」

「立場わかってるのか、お前?」


 のっぽの男が銃口をケイに向ける。


「邪魔するなら、容赦しないよ」


 直後、ケイの全身をおおうように、小さな正六角形の群生光が現れる。

 キセキの輝きだ。


「おい、あいつまさか――」


 そう言う小太りのテロリストに、ケイは一息で飛び込んだ。

 目にもとまらぬ速さとはこのこと。

 数mの距離が、瞬きする間もなく詰まり、まるで瞬間移動でもしたかのように真横に現れたケイに、テロリストたちが瞠目どうもくする。


「歯、食いしばって」


 ケイが繰り出した輝く掌底が、小太り男の胸を打つ。

 小太りの男は、車両の中央付近まで吹き飛び、動かなくなった。


「戦闘用キセキ! 女、貴様ぁっ!」


 のっぽの男は、慌てて銃をケイに向ける。

 向け終わる前に、キセキの光が尾を引いた。

 再び目にもとまらぬ速さでケイが動いたのだ。

 一瞬で男の利き手を銃床ごと強く握り、トリガーに指をかけられなくする。


「ボクは男!」


 ケイの小さな手が万力のような力を発揮する。


「ぎゃあ――っ!」


 テロリストの男は悲鳴を上げ、関節があり得ない方向に曲がった自身の手をかき抱きながら、たまらず膝をついた。

 ケイは隙だらけの男の側頭部にミドルキックを叩き込んで昏倒させる。


「あ、あなたは……?」


 脅されていた老人が困惑の声を出す。

 ケイは安心させるように笑ってみせた。


「もう大丈夫。未来のトップ聖女、このケイ=ノービスが、悪い奴らを全員やっつけて、予定通りキ車を到着させてみせるから!」


 格好をつけていると、背後からジュダスが近寄ってきた。


「け、ケイ……君は男なのに、戦闘用キセキが使えるのですか?」

「普通に使えるけど?」


「普通は使えません! 男は使えないものなのです! だから聖女は聖女なのに……君は、いったいどうして?」


「どうしてと言われても、使えるものは使えるとしか……」


 キセキとは、実在神オーズが人々に与えた恩寵おんちょうのすべてを指す。


 使用時には、小さな正六角形の群生光が現れるため、その有無は一目瞭然だ。


 キセキ動力列車が動くのも、都市が維持管理されているのも、偉大な天輪てんりんが空に浮かんでいるのも、人知の及ばぬ神の力――キセキの力に他ならない。


 そしてキセキは公共用キセキと戦闘用キセキに大別される。


 キセキ動力列車、キセキ通貨、街灯や上下水道その他、都市機能の大半は公共用で、男女問わず扱える。

 

 一方、扱いを間違えたら危険な武器になり得る身体強化などは戦闘用で、女性にしか扱えない特殊技能として広く認知されていた。


 輪暦現在、男性は女性より非力な存在だ。

 それは女性にしか戦闘用キセキが使えないからに他ならない。


「い、いや、それよりも、戦闘用キセキの濫用らんようは違法です!」


 ジュダスは、走行中の列車の揺れに合わせてたたらを踏みながらケイに言う。

 人を傷つけたり、物を壊したりする危険性が高い戦闘用キセキは、むやみに使っていい代物ではないのだ。


 一番オーソドックスな定型句不要の身体強化ですら、男女の筋肉量や体格差を補って余りあるほどのパワーを発揮する。


 使いこなせれば、時速50kmで走ることも、100kg超の超重量物を片手で持ち上げることも可能だ。


「緊急時には認められるって師匠が言ってたのに……」

「聖女でないものが過剰に使えば罰せられます、知らないのですか?」


 戦闘用キセキで彼女が浮気した彼氏の頬を平手打ちしたらどうなるか、想像に難くない。


 よって各教区では『祭事と緊急時以外の戦闘用キセキの濫用を厳に禁ずる』としている。

 それを公的に認められた形で自由自在に操れる者が、聖女なのだ。


「わかったけど、今はキ車が大聖塔に向かうのを止めるほうが先」

「次は何をするつもりですか?」


 更なる事態の悪化を恐れているのか、ジュダスは唇をわなわなと震わせていた。


「たしか、キ車は先頭車両でコントロールしてるんだよね?」

「ええ、行き先を変えたいなら、そこが真っ先に狙われ……って、まさか⁉」

「ジュダス、犯人たちの拘束、頼んだよ?」

「丸投げ、ちょっ、待ってくださ――」


 再びジュダスの静止を無視し、ケイはキセキの光を全身にまとって、風のように走り出した。

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