第2話 ただ普通の日常を
今日も一日、恙なく人生を終えられた。何処までも希薄に、誰の記憶にも残らずに、いつ死んでもいいように。それを体現した一日であったと思う。
学校において、俺を指名する教師は殆どいない。いや、ゼロと言ってもいいだろう。誰が好き好んで、こんな負のオーラ全開の奴と関わりたがるというのだろうか。そんな物好き今までいたことはなかったし、居てほしくもなかった。俺は、誰にも気づかれたくないのだから。
そんなことを、学校帰りの夕焼け空の中考えていた。ゆっくりと自転車をこぎながら、黄昏の夕焼け空を見つめる。そして、傍から見て俺はどう見えるだろうかと考えた。
きっと何も感じないだろうなと思う。道端の石ころと同じで、俺は気に留める対象に値しない。流れる景色の一つ、一般的な街の高校生として、一瞬後には誰の記憶からも忘れ去られていることだろう。それは何処までも気楽で、安心できた。何時俺がこの背後の気配に殺されたとて、驚くものはおれど悲しむ者はいない。それだけが、俺の唯一の救いだった。
「あ、でも……」
家族は、どう思うのだろうか。これだけ日常会話をしなくなってしまった以上、俺のことなんてどうも思っていないかもしれない。それならばいい。だが、笑み一つ見せられない不気味な息子をもって、何かを気にしているのなら……。
「それは、やっぱり嫌だな」
誰にも気付かれたくない。誰にも気にしてほしくない。ただ死人の様に。俺の人生は、それでいい。
☆☆☆
遠くから、子供たちが戯れる喧騒の声が聞こえる。大抵の場合、俺は日が落ちるその時間まではこうして公園でたむろしていることが多かった。余り家にはいたくないし、こういうと女々しいかもしれないが、子供たちの声は何処か安心できるのだ。一人の時と違って。
「………」
ぷらぷらと、ブランコに揺られながら足を延ばしていく。勢いをつける気にはなれない。あの時から、俺は何事にも全力を出すことに億劫になってしまった。ただ落ちていく太陽を見つめながら、子供たちの遊び声を聞きながら、心地よい風に吹かれながら………そして、ただただそこに有り続ける背後の気配に意識を割かれながら、俺は時計を確認した。
「………もうこんな時間か」
そろそろ夕飯を作らなければならない。これといった趣味を見つけられていない俺はとにかく時間が大量にある。かといって、バイトをする気にもなれない。他人と関わってることがどうしようもなく恐ろしいのだ、俺は。
コツ、コツ、誰もいなくなった暗い道を、足音を立てながら、ゆっくりと進んでいく。今日は少し長く公園にいたせいで、何時もよりも時間が押していた。だが、歩みを続ける足はそれでも走る気力を見せてくれはしない。どこまでもゆっくりと、ただただいつもの通りに、歩いていく。進んでいく。
そんな道の途中、ふと俺は脇道が気になった。住宅街の中に広がる少し太めの雑木林。ここは、嘗て俺がお祓いを受けたあの心優しい神主さんのいる神社へと繋がっていた。
「…………」
別に、何か思惑があったわけではない。今更、自身の背後霊が消えるとかそんなことを考えているわけではないのだ。ただ、諦め続けてあれから一度も訪れていなかったこの神社が、今どうなっているのか少しだけ気になって……だから俺は先程までと全く同じ速度で、ゆっくりと、歩みを神社へと進めていく。
そして、嘗てはひどく長大に感じた……しかし今ではそれほど長くは感じない……その雑木林を潜り抜け、俺は神社へと辿り着いた。
時間はまだ十分ある。というか、両親は俺が不安定なことに気付いているし、深夜に帰ってくることにも慣れている。今更、俺が少し遅く帰ってきたところで何も感じはしないだろう。
お辞儀をして、鳥居の中をくぐる。確か、道の真ん中は神様の通る道だったか?特にご利益を感じたことはないが、礼儀自体は持っておくべきだろう。霊という存在を認識できるからこそ、人々の心のよりどころといして残り続けた神社という存在には敬意を持っている。神主さんには今でも感謝しているし、恨みなんて一つもない。
だから、俺は折角来たのだしと、お賽銭箱に5円玉を放り込んでお参りする。二礼二拍手一拝。心の中で『誰にも気付かれませんように』と願いを込めて、そして俺は振り返る。
偶には、ここに来てみるのもいいかもしれない。神主さんには会えなかったが、ここは俺にとってどこか落ち着くのだ。毎日の散歩道も、ここを通るようにしようかな……なんて、そんなことを思った時だった。
『おいそこの童、少し手助けしてくれんか?』
「………っ!!」
反射的に、俺は神社の方へと振り向いた。確かに、先程までそこには誰もいなかったはずだ。しかし、声は確かに俺へと呼びかけられていた。であれば、きっとそこにいるのは………
「ふふふ、随分と小鹿のように震えておるのぉ。すまなんだ、驚かせる気はなかったのじゃが。依子なんて随分と久方ぶりであるからな……ついつい調子に乗ってしもうた」
くすくすと笑いながら、愉快気に俺へと語り掛けてくる童女……しかしその幼い見た目に関わらず、その身に纏う気配は尋常なものではなかった。偶に目に入ってくるような木っ端の霊や妖怪なんかとは比べ物にならない存在……即ち神と呼ばれる存在であると、俺の勘が全力でそう叫んでいた。
「あなたは……」
そう口にしようとして、けれども俺は何か言葉にするのをやめた。何となく、彼女を俺如きの言葉で形容するのが烏滸がましいように感じられたからだ。
「ふふふ、童の思う通り、妾はこの社の守り神……ここら一帯の土地神にして、数百年を生きる偉大なる存在である!」
ババーンと、後ろで七色の粉塵が飛び出てきそうな程のドヤ顔を披露しながら、この地の守り神はそう宣言した。
だからこそ、俺はその質問を投げかけずには居られなかった。
「あの、一つ質問しても良いですか?」
「ん?なんじゃ?発言を許そう」
セリフが決まったと、どこか誇らしげに達成感を感じている彼女は、俺の質問にそう答えた。だから、意を決して、俺はその言葉を絞り出す。
「その手助けをしたら、私の願いを叶えてくれますか?」
それは、半分賭けであった。向こうから提示してきた助けとは言え、神様に対して対等にあろうとするなんて烏滸がましいと取られても文句は言えまい。だから、俺は酷く緊張しながらその質問を投げかけたのだが………。
「ん?勿論そのつもりじゃぞ?なんじゃ、叶えたい望みがあるのか?いいじゃろう、妾の望みを叶えた暁には、必ずその願い果たすと誓おうではないか!」
「………っ!」
それは、天啓だった。神様本人から言われている以上文字通りの意味なのだが、これ以上の奇跡はもう起こらないだろうというレベルで俺は今感激していた。だから、きっとこの出会いは必然であったのだと、今でも俺はそう思う。
ここから起こる怒涛の出来事を、俺はまだ知らない。それでも一つ断言できることはあった。それは…………
「分かりました。どうか、私に貴方の助力をさせてください」
「うむ!」
………これが、俺の人生の歯車が動き始めた瞬間だという事だ。
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