君の後ろには背後霊がいる

マオウスノウ

第1話 ずっと俺は

小さいころから、いわゆる霊感体質というやつらしかった。


小学校に入る前は「嫌な感じがする」「あそこ怖い」と漠然と感じていた嫌な空気が、成長と共にどんどん明瞭なものになっていった。


「なあ、一緒にあの空き家に行かないか?」


それは、丁度中学二年生の夏休みの出来事だった。当時仲の良かった友人が、肝試しとして持ち掛けた提案。俺が普段から「怖いの苦手なんだよね」と口癖のように呟いていたせいで、逆に誘われる要因になってしまったらしい。


最初は恐ろしくて目も合わせられなかった霊。しかし、それが何年も続くとなれば流石に慣れてくるものだ。害のある悪霊と出会ったことが無かったのもその原因の一つだろう。事故現場を徹底的に避けてきた俺にとって、悪霊とは馴染みのないものであった。


だから、「いいよ」と言ってしまった。俺は油断していたのだ。どうせなんとかなると。今までもどうにかなってきたんだからと……。


その結果、俺の人生そのものを左右されるとも知らずに。


その空き家は、巷で幽霊が出ると噂の場所だった。何度取り壊そうとしても毎回事業が失敗して、いつまでも残り続ける。昔事件があったのかなかったのかすらわからず、所謂都市伝説のようなものだった。


結論から言えば、俺達には特に何の害も起きなかった。友人も俺も無傷で、精神的に何かがあったわけでもない。友人からすればポルターガイストすら起きなかった空き家はただの肝試しだっただろう。帰りの途中「怖かったなー! 何もなくてよかったな!」なんて笑顔で話しかけてくるあたり、本当に何も知らないのだろう。


だから俺は「そうだね」と返す。俺が尋常じゃないほどの悪寒を感じて、必死に逃げ出そうとしたときには遅くて、『憑りつかれる』という現象を身を持って体験して………そして、現在進行形で後ろの気配に恐怖し続けているなんて、友人には何の関係もないのだ。


俺はすぐさま神社に向かった。恐ろしくて恐ろしくてたまらなくて、何度もつっかえて転びそうになって、実際にコケて膝をすりむいて、泣きそうになって目に涙が浮かんでもやっぱり消えてくれない背後の気配から抜け出したくて……家から近かったその神社に駆け込んだのだ。


「どうしたんだい、僕?」


「はあっ……はあっ……はあっ…お、お願いします! お祓いしてくれませんか!?」


俺の必死な表情を見て、何かを察したのだろう。心優しい神主さんは快く俺の頼みを引き受け、念入りにお祓いをしてくれた。


「これで一安心だよ。さあ、おうちにお帰り。それとも、送ってってあげようか? もうこんな時間だ、親御さんも心配していると思うよ?」


その心配は当然だった。肝試しなんてものをするのは夜だと相場が決まっている。中学生で門限があるからと深夜に実行しているわけではなかったためギリギリ神主さんも起きてくれていたが、なんだかんだで今はもう深夜一歩手前と言ったところ。だからその疑問は当然で、心配するべき点は普通そこのはずで……。


「もう安心……?」


しかし、俺の心配する点はそんなところでは無かった。当然だ、だって。弱まるどころか微塵の揺らぎすらも感じていないのだ。そして、それが表す結論は単純明快、つまりのだ。それだけが、今ここに純然と差し置かれた事実であった。


「ハ、ハハハ……」


思わず、心無い笑みがこぼれた。半ば茫然自失となりながらも、神主さんを心配させないよう「大丈夫です」と答えて自宅へと帰った。


当然、予定よりも大幅に遅れて帰ってきた俺に両親は怒りの声を上げる。それは少々おかしかった俺を温かく見守ってくれていた大切な家族との水入らずの時間のはずで、厳しくも優しい説教を受けた後に仲直りをするはずで……それは、付きまとう背後の気配によって全て瓦解してしまった。


何も身が入らなかった。いつまでも背後が気になった。恐る恐る後ろを振り返ってみるが、やはり何もいない。何時までも背後にソイツはいるのだ。そのせいで、随分と普通の生活から遠ざかってしまったように思う。勉強に集中できるようになったのなんて二か月も先のことで、学業を疎かにしてしまったのは仕方のないことであろう。


友人とは、殆ど話さなくなった。誰にも真実を打ち明けられなかった。誰も信用できなかった。結局、お祓いも占いもお清めも、ただの表面的なものでしかなかった。もしかしたら効力を持っていたかもしれないが、この背後霊に効かない以上、俺にとってはないも同然の代物だ。


「君の後ろには、背後霊がいる」


何度その言葉を占い師から聞いたことか。偶に胡散臭い奴から「運がいいよ君」と出鱈目を言われてもしかしたらとぬか喜びして、他の占い師からこの言葉を聞いたときは本当に絶望した。


変に希望を持ってしまうのも出費が嵩むのも嫌だったので、中学卒業と共に占い師通いは止めた。この時にはもう他人に関わろうとしなかった俺の性質とオカルトを本気で信じ込んでいるという噂によって友達も殆どいなかった。


事故現場にもホラースポットにも空き家にも、俺は少しでも嫌な空気を感じたら絶対に近付かない様に己に誓った。もう何もリスクを冒したくなかった。あれから何年も経って、漸くこの状況に慣れて普通の生活を送れるようになったのだ。もう何も、これ以上の変化を望んでいなかった。


「大学、か………」


もう俺は高校三年生だ。本来であれば受験先を決めておかなければならない時期で、しかし俺は何もやる気が出てこなかった。家族とも友人とも疎遠になって、とうとう俺は生きる気力を無くしてしまったらしい。かといって、死ぬのも恐怖でしかない。霊という存在にどこまでも近いからこそ、あんな存在になり果ててしまうことが何よりも恐怖だった。


だから惰性で生きるのだ。俺という人間は。精一杯周りに迷惑を掛けない様に生きようとは思っているが、それが実行できているかは怪しい。というか、居るだけで周りを不快にしているだろう。グループディスカッションの時嫌がられているのを俺は知っている。


それも当然か。自己紹介で「あまり関わらないでください」なんて宣った奴は俺しかいないだろう。


「勉強、するか……」


どこまでも気怠げに、面倒くさそうに……無難であることを望む少年は、その望む生活のために机へと向かっていった。


その背後に、相も変わらずに漂い続ける悍ましい気配を無視しながら。

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