最終話 永遠の花

 倶利伽羅峠くりからとうげの大勝利から数ヶ月が過ぎた。

 義仲は『旭将軍あさひしょうぐん』と称えられ、ついに入京を果たした。

 都の人々は、源氏の英雄として、義仲を迎え入れた。


 しかし義仲の心は、既に別のところにあった。

 地上での武功は、十分に積んだ。

 今こそ『雷神タケミカヅチ』としての、本来の目的を果たす時だ。


 秋の夕暮れ、義仲は京都の屋敷で、遠い空を見上げていた。

 夕日が西の山々を染め、雲の切れ間から天界の光が差し込んでくるようだった。


「義仲様」


 巴の声が、義仲の思索を破った。

 振り返ると、そこに巴が立っている。


「何を考えておられるのですか?」


 巴の問いかけに、義仲は微笑んだ。


「この先のことだ」


 義仲の言葉に、巴は首を傾げる。


「俺は、天界に戻り、フツヌシと戦う」


 義仲の宣言に、巴は驚いた。

 しかし、すぐにその真意を理解する。


「私も、義仲様と共に参ります」


 巴の即答に、義仲の胸は熱くなった。

 もとより巴を手放すつもりはなかったが、それでも巴の言葉が嬉しい。

 義仲は巴に語る。


「天界は、人間の世界とは違う。神になって、永遠の生を生きることになる」


「義仲様と共にいられるなら、何も問題はありません」


 巴の決意は固い。

 現世への執着を完全に断ち切り、義仲と共に神の世界で生きる覚悟を決めていた。


「ありがとう、巴」


 義仲が巴を抱きしめる。

 巴も、義仲の背中を抱きしめ返した。


---


 その夜、義仲は兼平と親忠を密かに呼び出した。

 月明かりが差し込む中、義仲の私室で三人は向き合う。


「兼平、親忠。これから俺は、お前たちに重要な命を下す」


 義仲の声は、いつになく厳粛だった。


「何でございましょうか」


 兼平が、緊張した面持ちで答えた。


「お前たちふたりは、俺の郎党として、天界に着いてこい」


 義仲の言葉に、ふたりは困惑した。


「天界、とは……?」


 兼平が、恐る恐る尋ねる。


「まず、俺の正体を明かそう」


 義仲は立ち上がり、窓辺に歩いた。


「俺の正体は、雷神タケミカヅチだ」


 その瞬間、義仲の瞳が金色に光った。

 部屋の外で雷鳴が轟き、雷光が義仲を包む。


 兼平と親忠は、その神々しい姿に圧倒された。

 しかし、戦場での義仲の超人的な力を思い出し、すぐに得心した。


「いま天界では、フツヌシという神が俺に成り代わって雷神を名乗り、専横を極めている」


 義仲の説明が続く。


「俺はかつてフツヌシとの争いに敗れ、さらに卑怯な策略によって地上に降りた。だが十分な力を蓄えた今、天界に戻って正義を取り戻す」


 兼平と親忠は、主君の壮大な使命に、感動を覚えた。


「義仲様、我らも共に参ります」


 兼平が、力強く答えた。


「身を尽くして、義仲様にお仕えいたします」


 親忠も、同じく決意を示した。


「お前たちの忠義に礼を言う。だが、これは現世での命を捨てることを意味するのだ」


 義仲の警告にも、ふたりの決意は揺らがなかった。


「もとより、この命は義仲様に預けたもの」


「義仲様のために働くことこそ、我が誉れ」


 ふたりの言葉に、義仲は深く頷いた。


 こうして四人はそれぞれに、天界への旅立ちを決意した。


---


 数日後、四人は人里離れた、とある山奥に向かった。

 そこは天界への扉が開かれる、聖なる場所。


 夜が更け、満天の星空が広がっている。

 四人は、円陣を組んで座った。


「これより、お前たちは人間としての生を終える」


 義仲の声が、静寂を破った。


「そして、神としての新たな生が始まる」


 義仲が手を上げると、空に雷雲が湧き上がった。

 稲妻が走り、雷鳴が響く。


 バリバリバリ!


 巨大な雷が、四人を包み込んだ。

 しかし、それは破壊の雷ではない。

 神への転生を促す、聖なる雷だ。


 四人の身体が、光に包まれる。

 人間としての肉体が消え、神としての霊体に変化する。


 やがて、光の柱が天に向かって伸びた。

 四人は、その光の中を昇っていく。


 天界への扉が開かれ、四人は神々の世界へと旅立った。


 その後、人間の世界で彼らを見た者はいなかった――


---


 天界は、想像を絶する美しさだった。


 雲海の上に浮かぶ宮殿群。

 虹色に輝く空。

 永遠に響く妙なる調べ。


 義仲は、雷神タケミカヅチとしての真の姿を取り戻した。

 威厳に満ちた神の姿で、天界に立っている。


 巴も、戦女神としての美しい姿に変わっていた。

 神々しい光を纏い、輝く薙刀を手にしている。


 兼平と親忠も、それぞれが武神としての力を得ていた。

 主君への忠誠心が、神としての力の源となっている。


「久しぶりの天界だ」


 かつては義仲だったタケミカヅチが、感慨深げにつぶやいた。


 しかし、天界の様子は以前と変わっていた。

 フツヌシの専横により、多くの神々が苦しんでいた。


「タケミカヅチ様!」


 一柱の神が駆け寄ってきた。


「お帰りをお待ちしておりました」


 フツヌシの横暴なやり方に不満を持つ神々が、次々とタケミカヅチの元に集まってきた。


「皆、長い間よく耐えてくれた」


 タケミカヅチの言葉に、神々は涙した。


---


 タケミカヅチの帰還は、天界に大きな変化をもたらした。

 フツヌシに対抗する勢力が急速に拡大していく。


 そしてタケミカヅチは、フツヌシに正式な決闘を申し込んだ。

 雷神の座をかけた、正々堂々とした勝負だ。


 しかし、フツヌシは卑怯にもこれを拒絶し、あまつさえタケミカヅチを逆賊として糾弾した。


 こうして、天界を二分する大戦が始まった。


 戦いは激しかった。

 神々の力がぶつかり合い、天界全体が震動する。


 巴は戦女神として、兼平と親忠は戦神として、それぞれに力を尽くして戦った。


 そして、ついにタケミカヅチ軍が勝利を収めた。

 フツヌシは天界から追放され、正義が回復された。


---


 勝利の後、タケミカヅチは自らの名を『義仲』と改めた。

 人間として過ごした日々を忘れず、その名前を神の世界でも使い続けることにしたのだ。


「これからは、雷神義仲として、天界での役目を果たす」


 義仲の宣言に、神々は歓声を上げた。

 新しい秩序が確立され、天界に平和が戻った。


 兼平と親忠も、それぞれ神としての地位を得た。

 主君への忠誠心は、神の世界でも変わることがない。


 巴は、義仲の妻として、そして戦女神として、天界での新しい生活を始めた。


「義仲様、これからも共に歩んでまいりましょう」


 巴の言葉に、義仲は微笑んだ。


「ああ。共に、永遠に」


---


 そして、天界での新しい生活が始まった。


 義仲は、雷神としての役目を果たしながら、愛する妻との日々を大切に過ごす。


 巴は、戦女神として多くの神々から愛された。

 そして、義仲との愛を育み続ける。


 兼平と親忠は、永遠に主君への忠誠を貫く。

 ふたりはそれぞれ、己が役目を果たし続ける。


 四人の絆は、神の世界でも変わることがなかった。

 永遠の時を共に過ごすことで、その絆はさらに深まっていく。


 雲海の彼方に、新しい朝日が昇る。

 四人の新たな始まりを告げる、希望の光。


 天界の風が、四人の髪を優しく撫でる。

 永遠の愛と忠誠を運ぶ、祝福の風。


 こうして、源義仲と巴御前の物語は、神話として語り継がれることになった。


 愛の力は、不可能を可能にする。

 それは時代を超えて人々の心に響く、不滅の真理。

 永遠に咲く花。


 物語は、ここに幕を閉じる。

 しかし、義仲と巴の愛の物語は、永遠に続いていく。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】倶利伽羅峠に咲いた花 〜戦乙女、巴御前の転生奇譚〜 Maya Estiva @mayaestiva

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画