最終話 永遠の花
義仲は『
都の人々は、源氏の英雄として、義仲を迎え入れた。
しかし義仲の心は、既に別のところにあった。
地上での武功は、十分に積んだ。
今こそ『雷神タケミカヅチ』としての、本来の目的を果たす時だ。
秋の夕暮れ、義仲は京都の屋敷で、遠い空を見上げていた。
夕日が西の山々を染め、雲の切れ間から天界の光が差し込んでくるようだった。
「義仲様」
巴の声が、義仲の思索を破った。
振り返ると、そこに巴が立っている。
「何を考えておられるのですか?」
巴の問いかけに、義仲は微笑んだ。
「この先のことだ」
義仲の言葉に、巴は首を傾げる。
「俺は、天界に戻り、フツヌシと戦う」
義仲の宣言に、巴は驚いた。
しかし、すぐにその真意を理解する。
「私も、義仲様と共に参ります」
巴の即答に、義仲の胸は熱くなった。
もとより巴を手放すつもりはなかったが、それでも巴の言葉が嬉しい。
義仲は巴に語る。
「天界は、人間の世界とは違う。神になって、永遠の生を生きることになる」
「義仲様と共にいられるなら、何も問題はありません」
巴の決意は固い。
現世への執着を完全に断ち切り、義仲と共に神の世界で生きる覚悟を決めていた。
「ありがとう、巴」
義仲が巴を抱きしめる。
巴も、義仲の背中を抱きしめ返した。
---
その夜、義仲は兼平と親忠を密かに呼び出した。
月明かりが差し込む中、義仲の私室で三人は向き合う。
「兼平、親忠。これから俺は、お前たちに重要な命を下す」
義仲の声は、いつになく厳粛だった。
「何でございましょうか」
兼平が、緊張した面持ちで答えた。
「お前たちふたりは、俺の郎党として、天界に着いてこい」
義仲の言葉に、ふたりは困惑した。
「天界、とは……?」
兼平が、恐る恐る尋ねる。
「まず、俺の正体を明かそう」
義仲は立ち上がり、窓辺に歩いた。
「俺の正体は、雷神タケミカヅチだ」
その瞬間、義仲の瞳が金色に光った。
部屋の外で雷鳴が轟き、雷光が義仲を包む。
兼平と親忠は、その神々しい姿に圧倒された。
しかし、戦場での義仲の超人的な力を思い出し、すぐに得心した。
「いま天界では、フツヌシという神が俺に成り代わって雷神を名乗り、専横を極めている」
義仲の説明が続く。
「俺はかつてフツヌシとの争いに敗れ、さらに卑怯な策略によって地上に降りた。だが十分な力を蓄えた今、天界に戻って正義を取り戻す」
兼平と親忠は、主君の壮大な使命に、感動を覚えた。
「義仲様、我らも共に参ります」
兼平が、力強く答えた。
「身を尽くして、義仲様にお仕えいたします」
親忠も、同じく決意を示した。
「お前たちの忠義に礼を言う。だが、これは現世での命を捨てることを意味するのだ」
義仲の警告にも、ふたりの決意は揺らがなかった。
「もとより、この命は義仲様に預けたもの」
「義仲様のために働くことこそ、我が誉れ」
ふたりの言葉に、義仲は深く頷いた。
こうして四人はそれぞれに、天界への旅立ちを決意した。
---
数日後、四人は人里離れた、とある山奥に向かった。
そこは天界への扉が開かれる、聖なる場所。
夜が更け、満天の星空が広がっている。
四人は、円陣を組んで座った。
「これより、お前たちは人間としての生を終える」
義仲の声が、静寂を破った。
「そして、神としての新たな生が始まる」
義仲が手を上げると、空に雷雲が湧き上がった。
稲妻が走り、雷鳴が響く。
バリバリバリ!
巨大な雷が、四人を包み込んだ。
しかし、それは破壊の雷ではない。
神への転生を促す、聖なる雷だ。
四人の身体が、光に包まれる。
人間としての肉体が消え、神としての霊体に変化する。
やがて、光の柱が天に向かって伸びた。
四人は、その光の中を昇っていく。
天界への扉が開かれ、四人は神々の世界へと旅立った。
その後、人間の世界で彼らを見た者はいなかった――
---
天界は、想像を絶する美しさだった。
雲海の上に浮かぶ宮殿群。
虹色に輝く空。
永遠に響く妙なる調べ。
義仲は、雷神タケミカヅチとしての真の姿を取り戻した。
威厳に満ちた神の姿で、天界に立っている。
巴も、戦女神としての美しい姿に変わっていた。
神々しい光を纏い、輝く薙刀を手にしている。
兼平と親忠も、それぞれが武神としての力を得ていた。
主君への忠誠心が、神としての力の源となっている。
「久しぶりの天界だ」
かつては義仲だったタケミカヅチが、感慨深げにつぶやいた。
しかし、天界の様子は以前と変わっていた。
フツヌシの専横により、多くの神々が苦しんでいた。
「タケミカヅチ様!」
一柱の神が駆け寄ってきた。
「お帰りをお待ちしておりました」
フツヌシの横暴なやり方に不満を持つ神々が、次々とタケミカヅチの元に集まってきた。
「皆、長い間よく耐えてくれた」
タケミカヅチの言葉に、神々は涙した。
---
タケミカヅチの帰還は、天界に大きな変化をもたらした。
フツヌシに対抗する勢力が急速に拡大していく。
そしてタケミカヅチは、フツヌシに正式な決闘を申し込んだ。
雷神の座をかけた、正々堂々とした勝負だ。
しかし、フツヌシは卑怯にもこれを拒絶し、あまつさえタケミカヅチを逆賊として糾弾した。
こうして、天界を二分する大戦が始まった。
戦いは激しかった。
神々の力がぶつかり合い、天界全体が震動する。
巴は戦女神として、兼平と親忠は戦神として、それぞれに力を尽くして戦った。
そして、ついにタケミカヅチ軍が勝利を収めた。
フツヌシは天界から追放され、正義が回復された。
---
勝利の後、タケミカヅチは自らの名を『義仲』と改めた。
人間として過ごした日々を忘れず、その名前を神の世界でも使い続けることにしたのだ。
「これからは、雷神義仲として、天界での役目を果たす」
義仲の宣言に、神々は歓声を上げた。
新しい秩序が確立され、天界に平和が戻った。
兼平と親忠も、それぞれ神としての地位を得た。
主君への忠誠心は、神の世界でも変わることがない。
巴は、義仲の妻として、そして戦女神として、天界での新しい生活を始めた。
「義仲様、これからも共に歩んでまいりましょう」
巴の言葉に、義仲は微笑んだ。
「ああ。共に、永遠に」
---
そして、天界での新しい生活が始まった。
義仲は、雷神としての役目を果たしながら、愛する妻との日々を大切に過ごす。
巴は、戦女神として多くの神々から愛された。
そして、義仲との愛を育み続ける。
兼平と親忠は、永遠に主君への忠誠を貫く。
ふたりはそれぞれ、己が役目を果たし続ける。
四人の絆は、神の世界でも変わることがなかった。
永遠の時を共に過ごすことで、その絆はさらに深まっていく。
雲海の彼方に、新しい朝日が昇る。
四人の新たな始まりを告げる、希望の光。
天界の風が、四人の髪を優しく撫でる。
永遠の愛と忠誠を運ぶ、祝福の風。
こうして、源義仲と巴御前の物語は、神話として語り継がれることになった。
愛の力は、不可能を可能にする。
それは時代を超えて人々の心に響く、不滅の真理。
永遠に咲く花。
物語は、ここに幕を閉じる。
しかし、義仲と巴の愛の物語は、永遠に続いていく。
完
【完結】倶利伽羅峠に咲いた花 〜戦乙女、巴御前の転生奇譚〜 Maya Estiva @mayaestiva
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