3個で1セットの食卓

蜜りんご

第1話

私は幸せな生活をしていると思う。


だって、ご飯も毎食食べれる、温かいお風呂にも入れる、ふかふかのベッドも待っている、お金にも困っていない。最近子供という存在も生活に加わった。そんな主人と子宝にも恵まれた29歳の専業主婦生活は幸せに満ちていた。都心ではないけど、電車に30分も乗れば都心に出ることができる戸建てに住んでいる私は、今日も主人を待ちながら子の面倒を見る。


寝ている子供の様子を見ながら、洗濯。

一人でお絵かきしてる様子を見ながら、掃除機をかける。

テレビに夢中になってる子供の背を見て、今日の夕飯を作る。


今日の夕飯は何にしよう。主人の好きなカレー?子供の好きなハンバーグ?ああ、でも冷蔵庫にはキャベツが余ってしまってるから、それを消費しなくてはいけない。ロールキャベツにしようかな?


一緒に煮込む人参や玉ねぎ、じゃがいもを切り、タネを包んだキャベツを煮込む。コトコト煮ている間に、子供の面倒を一旦見なくては。


何度も見たことある映画のワンシーン。悪役を倒しかけているその瞬間。私は子供の後ろから目隠しで、だーれだ、と問いかけてみる。我が子はびっくりしたのか泣き出してしまったので、あやしているとシューと鍋から液体が吹きこぼれる音。


子供を泣き止ませることも大事だけど、ガスが出っぱなしなのはもっと問題。泣き止まない子供を座椅子に座らせ、急いでキッチンに戻り火をつけなおす。


「はぁ⋯危なかった」


未だに泣いている子供をあやしにリビングへ戻る。その後ロールキャベツを煮込む15分間泣きっぱなしで、泣き止まなかった子供は、疲れたのと夕方だったこともあり寝てしまった。


子供にブランケットをかけ、額を撫でる。目を閉じ寝てる様子は天使のようだった。本当に目に入れても痛くないとは、この事を言うのかとこの子に出会ってからそう思うことが増えた。


時間は夕方5時。あと1時間で主人が帰って来る。お風呂をしっかりと掃除しておかなければ。そう思いお風呂場へと向かう。無心になって風呂場の床と浴槽を洗う。シャンプーのぬめりも取るのを忘れずに、掃除をする。この日々の積み重ねが、綺麗なお風呂場を保つことができるのだろうと思う。


気がつくと、時刻は5時45分。浴槽にお湯を溜め、主人の帰りをリビングで待つ。お昼寝から目覚めた子供は元気を取り戻して、私の周りを遊んで遊んでと動き回る。


そんな子供を前にして、遊んであげない母親がどこにいるんだ。私が子供付き合って絵本の読み聞かせなど、子供が好きなことをしてると玄関から聞こえる物音。ガチャリと鍵が回る音のあとに主人が家に入ってくる。


「おかえりなさい。お風呂、湧いてます」


そう言うと、入浴のためにお風呂場に向かう主人。私も後を追うが、今日は機嫌が悪かったのか口を利いてくれなかった。いくらなんでも無言はないんじゃないかなって思う。


でも仕事をしてきてくれた主人だ。家の中くらいは自由にさせてあげたい。主人がお風呂に入っている間に私はご飯の用意をする。主人は大抵15分でお風呂から上がるから、それまでに用意しなくてはならない。ロールキャベツを温め直し、3人分のロールキャベツをお皿に盛って、テーブルに並べる。ご飯も盛って箸置きに、箸をそれぞれ並べる。


並べ終わったら、1人積み木で遊んでくれていた子供を抱っこし、椅子に座らせる。そうしていると主人はお風呂から出てきたけど、機嫌は変わらないみたい。でもご飯は食べてくれるらしい。テーブルに付いた主人をみて、皆で食事の挨拶をする。


「いただきます」


実際に挨拶をしたのは私だけだったけど。いいのだ。主人は機嫌が悪いし、子供はまだ喋れない年齢だし。箸と食器が当たる音、咀嚼する音が脳内で響く。


目の前の主人も食べてくれているし、子供もフォークで不器用ながらに食べてくれている。食べ終わったら、私と子供でお風呂に入り寝るだけだ。


ああ、なんて幸せな家庭だろう。こんな生活が毎日続けばいいのになぁと思い、1人笑みが溢れるのだった。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−


私の食事は終わった。けど、私以外の2人の食器内にはまだロールキャベツが残っていた。


「なんで⋯なんでご飯食べてくれないの!?なんで!?」


私は怒りに任せて机をひっくり返す。


「ハァハァハァ⋯なんで、なんで!?こんなに⋯こんなに頑張ってるのに!!」


ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返していると、不意に鳴るインターホン。


「こんな時間に⋯誰⋯?」


一応ドアスコープを確認すると、警察官と思しき姿。


「すみませーん。警察でーす佐藤春子さんいらっしゃいますよねー?ちょっといいですか?」


フルネームで名前を呼ばれてしまい、出るしかなくなる。


「佐藤です。警察の方がどういったご要件で」


家にいらっしゃるんですか、と言おうとした瞬間だった。


「佐藤さん。あなたは42歳で、旦那さんとお子様はいらっしゃいません。それに、騒音で通報されるの今年で7回目ですよ。いい加減に自覚されたほうがいいですよ。警察も慈善事業じゃないんで」


「主人と子供が、いない⋯?あなた、何言って⋯それに、私は29歳です!間違えないでください」


「はぁ⋯佐藤さんが麻薬使ってたりしたら、逮捕できて楽なんだけどなぁ⋯ともかく。静かに生活してください。ここは、都心に30分でいけないアパートですし。まぁ今回も厳重注意ということで。では」


意味のわからないことを言って、警察官は帰っていった。私は幸せな生活を送る、主婦だ。これを差別するなんてやっぱり警察はろくでなしなんだ、そう思い部屋に戻る。リビングの横転したテーブルの横には男物の服が引っかかった椅子と、椅子に乗っけられた薄汚い人形。


「何このゴミ」


黒いビニールにそれらをいれ、玄関に置く。疲れた私は布団に潜り込み睡眠を取る。


そして、起きてから思うのだ。こんどこそご飯を食べてくれる主人と子供を探さなきゃ、と。

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3個で1セットの食卓 蜜りんご @persica220

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