63歳

白川津 中々

 休日、近所の酒屋にビールを買いに行く。


「いらっしゃい」


 出迎えてくれたのは63歳の熟女である。店主は店の奥に引っ込みしきりにパソコンを叩いているだけで、接客はいつもこの熟女がしてくれるのだ。


「お願いします」


 カゴに入れたエビスとクロラベルをレジへ置くと、「ありがとうございます」と、熟女が足早にやって来た。店主の方が近いのに、会計はいつも彼女がしてくれる。


「……今日も、暑いですね」


「そうですね」


 そんな会話を交わし店を出て、部屋に戻ってビールを冷やす。それからしばらくすると、チャイム。扉を開けると、いつも通り彼女が立っていた。


「いらっしゃい」


「……うん」


 俺は彼女を部屋にあげて、冷蔵庫からエビスとクロラベルを取り出し卓に置いた。先程、この女に会計してもらった酒である。


「ねぇ、お店には、あんまり来てほしくないかも」


「どうして?」


「だって、その、嬉しくて、旦那にバレちゃいそうで……」


 深い皺が入った頬を、彼女は赤く染めた。そうそう、そういう態度がいいんだよ。過去に捨て去った女を取り戻したような、そんな表情が。


「だったら、別れちゃえばいいじゃん。それで俺と結婚しよう」


 そう耳元で呟いてやると、もう彼女は動けない。そして、時間は二人のものになる。

 別に彼女を愛しているわけではないが、この気持ちの高まりと興奮は、確かに本物なのであり、酒よりも深く、酔わせてくれる。この女がその気になるまではせいぜい、遊ばせてもらいたいものだ。



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63歳 白川津 中々 @taka1212384

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