第6話ただいま
退院から数週間――ユウは、再び学校へ戻っていた。
とはいえ、以前のように溶け込めるわけじゃない。
周囲の視線はまだ遠く、誰かと交わす言葉もぎこちない。
それでも少しずつ、日常に慣れようと努力を続けていた。
放課後、教室の窓際の席。
夕陽が差し込み、カーテンがゆるやかに揺れている。
そこに、佐久間がやってきた。
教室に二人きりになるのは、退院後これが初めてだった。
「……で、本当に覚えてないのか?」
佐久間の問いに、ユウは小さく頷いた。
「夢の内容は……はっきりしないんだ。
でも、ひとつだけ覚えてる。“話しかけなきゃ”って……ずっと思ってた気がする」
「なんだそれ。啓示でも受けたのかよ」
佐久間は笑って言った。
「……かもな」
ユウも苦笑いを返す。
「意外だったよ。お前が俺に話しかけてくるなんて」
「自分でも意外だった。
でも……話したいと思った。
ずっと、話せなかったから」
しばらく沈黙が流れる。
佐久間は教卓の角に腰かけ、ぽつりと漏らした。
「なあ、俺……お前のこと、ちょっとだけ恨んでたんだ」
「……うん」
「でもさ、羨ましくもあった。
あのとき助けてくれなかった理由、ずっと考えてたけど――
お前がいなくなって、事故って、寝たまんまで……
で、目が覚めて、いきなり俺に話しかけてきて。
なんか、ズルいなって思った」
ユウは視線を落とした。
それでも、佐久間の声はとげとげしくなかった。
「だから、最初は無視するつもりだったんだけどな」
「え?」
「でも今のお前見てたら……怒る気も失せたわ。
“変わろう”としてるの、見てりゃ分かる」
「……俺、怖かったんだ。
お前に嫌われるのも、自分がまた逃げるのも」
佐久間はふっと笑って、茶化すように言った。
「おせーよ。どんだけ寝てんだよ」
ユウも、ふっと肩の力が抜けたように笑った。
「ごめん……」
「……ま、いいけどさ。
また明日、ここでな」
「……うん。ありがとう、佐久間」
佐久間は軽く手を挙げて、教室を出ていった。
* * *
夕焼け色に染まった教室に、ユウはひとり残された。
それでも心は不思議と静かだった。
全部が元通りになるわけじゃない。
佐久間との関係も、これから少しずつだ。
でも、ちゃんと向き合えた。
あの日、目を逸らしてしまった相手に。
窓の外には、ゆっくりと夜が近づいていた。
その一歩手前の、優しい光に包まれながら。
──ただいま。
ユウは、心の中でそっとそう呟いた。
揺らぐ記憶 暁基朋也 @Akimoto420
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