目撃者

翠野とをの

目撃者

 若い男が夜道を歩いていた。月は雲隠れ。お陰で街頭の付近しか人の住む世界ではないような気がする黒い黒い夜だった。

 その男の後ろを何かがつけていた。全身黒服に覆われた人間。若い男が街頭を通り過ぎ闇に飲まれた瞬間、それは若い男の首を仕留めた。そのまま黒い人間は闇夜に紛れて行った。



どうして! どうして!!

 私のっ、私の大切な人が!


 彼はとても優しい人でした。

 目の前に困っている人がいたら必ず助ける、そんな心優しい人でした。

 例えお節介だ、もう関わらないでくれと冷たく言葉を投げられても決して見捨てない……。そのおかげで幾人も前を向くことが出来ました。

『ほんとに人を救えたの?』

 疑ってもらって結構です。

 でも事実です。私は間近で見てきましたから。


 彼は頭が切れる人でした。

 仕事で部下が失敗をしてしまっても代替案をすぐに出し、窮地を脱出したことが幾度かあります。

 そればかりか部下を庇う始末。何度も危機を乗り越えて来たことから上司にとても気に入られて、上司さんも『君が言うなら……』と許してしまうそうです。上からも下からも人望が厚いなんて尊敬の至りです。

 他にも学生時代喧嘩を吹っかけられたらそのその日のうちに技と別のグループの喧嘩も買いお互いを同じ場所に呼び出し上手く2つのグループをぶつけ潰し合わせたそう。なんだかんだ胆力も凄いなあと思います。


 彼は笑顔が素敵でした。

 元々整った顔立ちをしていましたがそんな方がにぱーって笑うんですよ。大きな花が開くように。

 それで『ありがとう』って言うんです。もう好きにならない以外何があるのでしょう。

 彼が微笑む周囲はそこだけ雰囲気がふわふわしていて……。嗚呼、一挙一動蘇る。本当に本当にあの人の事、私……。


 ……じゃあ一体何故殺されたのでしょうか。

 犯人は見つかっていません。

 彼に嫉妬する犯人の犯行はどうでしょう。彼の性格から出世の道を絶たれた人だって少なくない。

 それなら辻褄を合わせやすそうです。

 過去の喧嘩を恨んだ犯行は? 彼の策に翻弄されて退学されられた生徒が学生時代居たと聞ききます。それの逆恨みと考えさせられたら。

 それとも……。嫌われるのが怖くて喋りかけられなくて、彼が色んな人間に取り囲まれるのを見て嫉妬して、話しかけられないから当然彼の眼中には入らない、恋のストレスで理性が切れた鬼女の犯行だったとしたら……!


 私みたいな。


 ……なんてね。驚きましたか? 嘘嘘。冗談ですよ。彼はとっても大切な人です。そんな人に出来るわけがありません。

 さてと、突然ですが、


『画面の向こうのオマエ、何も見てないよな?』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

目撃者 翠野とをの @MIDORINO42

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ