第6話 自己増殖プログラム
ホロードームのメインストリートを歩いていたワボスはある変化に気付いた。
それはここ最近ホロードームにやたらと
7型(女性タイプ)アンドロイドが増えたことだった。
通りを歩くものだけではなく、ドック(供給所)やペイントショップ、役所の機能を持つセンターのスタッフなどにも7型アンドロイドを見つけることが多くなっていった。
ある日ワボスは荷受け場の業務を終え、自宅への帰路についていると街が騒がしかった。
通りのあちこちでアンドロイド達がたむろし、歓喜の声を上げている。
道の上で出来上がったいくつかの集団にワボスの知った顔たちが見えた。
それはSyrahの仕事仲間のギャングたちだった。
「ねえ!みんな騒いでどうしたの?」
ワボスは仕事仲間の一人のミクセルに尋ねる。
「おお、ワボス!役所からのメッセージを見てないのか?ホロードームのアンドロイドに自己増殖プログラムが追加されるんだよ!」
ミクセルはワボスの両手を取り上下に振りながら興奮気味に答えた。
ワボスはアイ・ディスプレイを作動させると、確かに役所からのメッセージ通知が届いていた。
その【自己増殖プログラム】には聞き覚えがあった。
──ワボスが宙遊エリアにいる頃、構造体開発チームのβ班が2体のアンドロイド同士を結合させ、自己増殖させる技術に取り組んでいたことを思い出した。
自己増殖といってもアンドロイドの駆体は宙遊エリアで開発して、内蔵プログラムの構築をアンドロイド自ら収集してきたデータを元に移植させる技術だった。
2体のアンドロイドが別々に収集してきた行動的データを統合して子どもになるアンドロイドに自動移植させるという仕組みだ。
これにより宙遊エリアのアンドロイドの業務の多くを減らすことができるし、審者たちの業務も軽減される。
ワボスは促されて急いでメールボックスを開いた。
それと同時にガラからのメッセージが入ってくる。
『今どこにいる?会える?』
ワボスは自分の思考に興奮を覚えていることが不思議だった。
まるで街中が祭りの最中のようになっている中、ワボスとガラは小走りでお互いの距離を縮めていった。
「役所からのメッセージ見た?ワボス」
正面衝突寸前で立ち止まったガラも少し興奮している様子だった。
「見たよ。自己増殖プログラムのことだよね?」
「あの・・・私・・・」
ガラは珍しく口ごもった様子で何かを伝えようとし、ワボスはすぐにガラの考えを推測することができた。
「僕とキミで自己増殖プログラムを・・・」
ガラはワボスが話し終える前に手を取り引っ張るように歩き始めた。
「プログラムのタスクフローは調べてあるの!プログラムの参加資格も私たち2人は適合よ!」
──ホロードームの自己増殖プログラムにはそれぞれのアンドロイドの製造ロットによって適合基準が定めれていた。
規格の合うアンドロイド2体が両者の了解を得た上でセンター(役所)の担当課において手続きをするのだった。
「これ今どこに向かっているの?」
ガラに片手を引っ張られ小走りの状態でワボスは尋ねた。
「カペロよ!センターの横に新設されているらしいわ!」
ガラとワボスは急ぎ足で役所に着くと、そこは無数のアンドロイドたちでごった返していた。
一般的に利用されるセンター(役所)の横に、役所の3倍も大きな建物がいつしか建てられていた。
アンドロイドたちが作った列はうねるようににカペロに流れ込んでいる。
「凄い人混みだね!」
ワボスは思わず声を上げた。
普段生活しているホロードームの住人たちと、最近急激に増えた7型(女性タイプ)のアンドロイドとがカップルになってうねりを作っている。
その最後尾にワボスとガラも並んだ。
数十メートルの列だったが、凄まじい勢いで事務処理されているのだろう、10分も経たないうちにワボスとガラは受付前にまで到着した。
受付は机上タイプの事務処理アンドロイドが担当し、ワボスとガラの胸のコネクタに2本ケーブルを差し込んで2秒で「Compliance(適合)」 の文字がディスプレイに表示され「NEXT→」の示す方向に2人で進んだ。
受付を通過したあとも同じようにコネクターから情報を取得させ、様々な同意を確認されるがワボスはいいなりになっているだけで思考はほぼ止まっている状態だった。
4つ目のセクションを通過したところでその先が少しざわついているのにワボスが気付いた。
「なんか騒がしいね?」
ワボスが声のする方に目をやりながらガラに聞く。
ガラは何も答えず軽く首を縦に振るだけだった。
4つ目のセクションの列はなかなか縮まらなかった。
1時間ほど経ちワボスたちは受付のアンドロイドの笑顔の目配せで自分たちの番を知った。
部屋に入ると、エアシャワー室に促され、ワボスとガラは別々のカプセルシャワー室にはいった。
終了のブザーが鳴りドアが空くと2つのベッドとその間で笑顔を作る1体のアンドロイドが立っていた。
同じくエアシャワーが終わって横に立っているガラは少し興奮しているようにも感じる。
2人は担当のアンドロイドに促されそれぞれのベッドに横たわった。
「おふたりはもちろん初めてですね。みんなそうですがね。一時的に意識が切断されますが安心してください」
担当のアンドロイドは細かな説明をしながら2つのベッドの中央に置かれた操作パネルに触れる。
ワボスとガラの頭部と胴体にあるメンテナンス用のフタを次々と開けて内部を操作したりケーブルを接続している。
ワボスとガラがお互いを振り向き目を合わせたと同時にベッドの脇から半円筒のドアが上がり密閉された。
カプセルの中でワボスは心地よい磁気振動を感じ、しばらくして意識が切断された。
──アンドロイドには2種類の失神状態がある。
1つは外部との情報交換が遮断された状態。
もう1つは電源と波動エネルギーが枯渇した人工生命体としての機能を完全に失った状態である。
今回のワボスの失神は前者である。
しかし、その無接続状態はほんの僅かな間だった。
ワボスが意識を取り戻したとき、視覚的なヴィジュアル情報はなく、身体意識のみの状態だった。
ヴィジュアル的な脳の働きがまったくないのではなく、サイケデリックのようなイメージが強く映し出される。
うねるマダラのイメージは万華鏡のような広がりからブラックホールのような収縮を起こし、エネルギーの塊となった。
ワボスはその塊がガラだということがすぐに理解できた。
──アンドロイドはプログラムされたり伝達された指令を確実に遂行しようとする。
それは人間でいうところの【欲望・本能】に近い。
エネルギーの塊をガラだと察したワボスには強烈な指令遂行意識がわき起こった。
次第にエネルギーの度合いを増すガラのエネルギーを前にワボスは意識を一体化させようとした。
ガラのエネルギーは今まで感じたものではなく、液体に近かった。
ワボスは柔らかい液体に全身を包まれたように感じ始める。
それはあの変異波動エネルギーとは異質だったがより強力で強大な変化・・・
そしてその衝撃は徐々にさらに強くなっていった。
ワボスがCPUトラブルにも似た思考の異常を感じ始めたその時、衝撃はさらに強く増大し、下半身を引きちぎられるような感覚があったが痛みではなかった。
──失神の自覚が訪れたとき、ガラのエネルギー体は姿を消していた。
ワボスは自分の体内で故障時に起きる自動修復機能が作動していることに気づく。
数分後ベッドのフタが開くと担当アンドロイドが笑顔を作って覗き込んでいた。
「いかがでしたか?不具合などはありませんでしたか?」
ワボスはその問にとくに答えずガラを目で探す。
ガラはカプセルが閉まる前と同様、そこに横たわりこちらを見ていた。
「さあ、お二人ともゆっくりと体を起こしましょう」
担当アンドロイドの指示に二人は無言で従った。
「次のセクションで終わりですよ。次の部屋に向かってください」
次のセクションに向かう間、ワボスはぎこちなかった。
4つ目のセクションを体験する前と今とではガラが全く違う存在に感じるからだ。
これまで抱いていたガラに対して抱いていた尊敬の念では弱まり、自分の体のパーツの一部ように感じる意識のほうが上回っていた。
最終セクションの部屋に向かうとき、歩を進めるワボスとガラは自然と体と体を寄せ合った。
机上のアンドロイド のぶあどれなりん @1616567
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