パンドラの館

池田ケン

第1話 迷い人

俺には何も残っていない。いや、俺が手放したんだ。そう頭の中で反芻しながら整備されたとは言えない河川敷の道を、歩いていた。どんどんと暗くなっていく。もう視界がクリアとは言えないだろう。どんどんと暗くなっていく景色に俺は焦りを感じていた。


「……」


しかし、焦っても何も変わるわけではなかった。ただ、沈んでいく夕日が俺を不安にさせるのだ。ただ歩く、歩く。行先は決めてない。動かないと一生動けない気がして。


「……」


決して前に進みたいわけではない。でも。前に進めないと罪悪感に押しつぶされそうな気がして。いつか来る終わりですらも。「どうかこないでくれ」。そう、起きもしないことを願い続けていた。


カァ、カァ、カァ


カラスも俺を馬鹿にする。当然だ。俺は、きっと。


「……」


歩く。歩く。どこを目指しているのか。わからない。


「なんだ…これは」


そんな俺を見かねてか、はたまた。ここがゴールなのかはわからないが。


そんな俺を見かねてか、はたまた、ここがゴールなのかはわからないが。

その館は森の中私を迎えるように、そこに建っていた。


______________________________


館への入り口は開いていた。門をくぐり中に入ると、ふうっと鼻孔を花の甘い匂いがくすぐる。


「……」


館はとても大きい。東京駅の内駅舎と同じサイズはあるんじゃないか。幽玄を感じさせるのに、不気味な感じは全くしない。むしろ、とてもあたたかい気がした。


「ここは...一体」


とにかく霧が濃く、少し気を抜けば全てを見失いそうな。儚さを感じる場所でもあった。


「ふぁ〜」


人がいた。館の庭に白髪の女がいる。


「お、おい」


慌てて声をかける。


「ふぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っにゃああああ!?」


白髪の女の子はいきなり肩をたたかれてびっくりしたのか、珍しい鳴き方で叫んだ。


「お、おい。ここはどこなんだ」


「ひゃあああああ!ご主人様あああああ!!変質者があああああ!」


白髪の女の子は館の大きな扉を開け逃げていく。あれ?まずいんじゃないか?をあれれ


「待ってくれ。俺は怪しい奴なんかじゃない。待って!」


慌てて追いかける。入るとまずは目の前に大きな階段が待ち構えていた。


「…あ?!」


俺は気づいた。これは土足だ…土足で人の家に許可なく踏み込むってもう言い訳できないじゃん!


「なんだ、騒がしい。」


階段からゆっくりと。赤色無地のシャツを着た男が降りてくる。おそらくこの館の主だ。


「あ、あのッ!誤解なんです!本当に悪気はなくて!すぐ出ていくんで警察呼ぶのだけは勘弁してください!」


俺はすごい勢いで謝る。真実はどうであれ、とりあえず謝る。社会人の知恵だ。


「……」


その男は俺を見つめていた。目は大きく、凛とした性格を感じる。貴族のような気品を感じるが、髪は黒髪で現代風なものが少し違和感だ。


『(この人めっちゃすごく顔が整ってるな。下手なモデルじゃ太刀打ち出来ないぞ)』


「ほう、良い目は持っているのだな」


な、読まれた?少しビクッとする。いつの間にか男の横に立っていた白髪の少女は腕を組み自慢げにふん!っとしている。少しウザイな...


「まあ、冗談は置いといて。お前」


「は、はい」


「どこから来たんだ?ここは山の奥にある館だ。誰かから聞いたから。あるいは」


そう言いながら男はじろっと、私を見つめる


「わ、私は」


「私は?」


「私は...あ、あれ?なんだっけ」


そこで俺は気付く。何を覚えていないのだ。頭が真っ白とかではない。まるっきり記憶が無い。


「ははは。すみません。ちょっと何も思い出せなくて...」


「ほお。名前も分からないのか?何も?」


「な、名前も分からないです。....ただ。この館に来る時とても苦しかったのは覚えています。なにか走っていたような。」


「ふむ」


男は少し考える仕草を見せ、虚空を見つめる。


「...客人というわけか。やれやれ。めんどくさい館だな。」


「は、はあ」


「俺の名前は相川真だ。この館に住んでいる。おい、日菜。挨拶しろ」


男の後ろに隠れてた白髪の女の子はぴょこっと前に出て挨拶をする。


「控えおろう!控えおろう!我はご主人様の愛人...青山hギャン!」


男がすごいスピードで頭をはたく。慣れていな。これ。


「日菜。お前が愛人を名乗るのなら良いだろう。どう名乗るかは人の自由だ。だがいいのか?由貴が怒るぞ?」


「....ニャン」


白髪の女の子の顔からすごい勢いで血の気が引いていく。


「冗談は置いとき..この館でメイドをしている。青山日菜デス...日菜で良いデス..」


「あ、ああ。すまない。でも、私は自己紹介出来なくて。思い出せたらすぐにでも」


「...まあ問題ない。直に分かるさ。今日はもう遅い。急いでも良い結果は出ないさ。」


「?」


「日菜。そいつに部屋を案内してあげなさい。俺は少し明日の準備でもする」


「はいはいにゃ〜」


そう男は言い残すと階段を上がっていった。


「良いのか?こんな得体の知れない男を泊めて。そりゃありがたいが」


「どうせ行くところなんてないんでしょ?この館に来る人はほとんどそんな人間ニャ」


なるほど。さっきから館というワードが出てきている。とても気になる。


「館?ってなんなんだ?なんかあるのかここは?」


気になり思わず、そう尋ねる。すると白髪の少女は真剣な顔をする。


「聞きたいのにゃ?」


まとう雰囲気が変わる。白髪の女の子は唇に手を当て。俺の肩を触る。


「あ、ああ」


「そう....なら覚悟するのね...この館は昔...」


「ごくっ」


「....忘れたニャ」


この女の子。ポンコツなのか?



______________________________


あの後、やたらと広い館を案内されたあと部屋に連れていかれた。それにしても本当に大きい。館の紹介だけで2時間かかるとは思わなかった...

しかし、1度も地図を見なかったな。あの女の子。全て覚えているのか。


「....」


あてがわれた部屋の窓から外を見てみる。ひんやりして、外の風景は一切見えない。霧に守られているような。そんな感じだ。


「ベットもデカイんだな...俺が4人は寝転がれるぞこれ」


ふかふかのベットの上で横になりながら。少しはねてみる。愉快だ。


「....よく考えたらこんなデカイ館なのにめちゃくちゃ綺麗だな。」


隅から隅まで、ものすごい綺麗だ。ホコリ1つ見当たらない。あの女の子が掃除したのか?すごいな。


「あら!褒めても何もでないニャンよ!」


「うお」


女の子がバン!っと扉を開けた。


「ど、どうしたんだい。というか俺今何も話してなかったよう」


「どうしたんだいって...夕食のお時間だから呼びに来ただけにゃん」


白髪の女の子はやれやれといった感じで首を横に振る


「夜ご飯までご馳走になっていいのかい?」


「何ニャ。じゃあ、要らないかにゃ」


「そ、そりゃあ、食べさせて頂きますよ。やってやろうじゃねぇかよ」


ダメだ。俺まで変な感じになってきた。


「ほら、いくにゃ」


白髪の女の子に手をひっぱられながら部屋をでる。


スタスタスタ


白髪の女の子が先頭を歩き俺が後ろを歩く。


「....」


会話がなく廊下を歩く音だけが響く。そんな気まづさに耐えられなくて会話を切り出す。


「あのさ」


「日菜でいいにゃ」


こいつは心が読めるのか?


「じ、じゃあ、日菜ちゃん。日菜ちゃんは今何才なの?」


「何才に見えるにゃ?」


「うーん。10才かな?」


すると前を歩いていた白髪の女の子が後ろを向きにまっと笑顔を見せる


「14才にゃ!若く見られるって嬉しいにゃね...」


「へえ...ということは中学生?」


「....学校は行ってないにゃ。入学すらしてないにゃ」


少し。沈黙があった。あまり聞いてはいけない質問だったかもしれない。


「べつに気にしなくていいよ。私は今が幸せなの」


「え?」


「何もしなくても明日が来る。どれだけ幸せか。だから。憐れまないで。」


「....分かった」


そうだ。俺は憐れもうとしていたのか。俺自信だって逃げたくせに。


「....」


そこからの食堂までの道のりはとても長く感じた。


______________________________


「今回は、夜ご飯までご馳走に...ありがとうございます。」


俺は食卓で綺麗に並べられた食事を前にそう感謝の言葉を述べた。


「気にするな。館がお前を招いたんだ。俺たちはもてなす義務がある」


そう言いながら男は木製の長机に置かれてる皿からパスタを口に運ぶ。


「うむ。今日も美味しいな。料理は慣れてきたのか?」


「もちろんにゃ!そのうち由貴さんも超えちゃうかもにゃ!」


「ふふ。楽しみだな。」


なんてことの無い会話だ。でも確かに食事は美味しい。えびの入ったクリームパスタだろうか。チーズも入っているのに全くもってくどくない。クリームパスタは美味しいのが最初だけだと思っていたが考えを改めなければいけない。


「相川さん。質問したいことがあるのですが。」


「なんだ。」


「私がこの館に招かれた。というのはどういう意味なのでしょうか。」


「うむ。」


男はフォークとスプーンを綺麗に皿に置いた。


「この舘は、不幸な運命を背負った人が昔からよく迷い込む。」


「不幸な運命?」


「そうだ。どこかで不幸な運命にあい。絶望し。いつの間にかここにたどり着く。そして決まってみな記憶が無いんだ。」


「なるほど。完全に私と同じって訳ですね。」


「そうだ。そして俺たちはその迷い込んだ人間が記憶が戻る手伝いをする。そんなところだ」


「なるほど...」


不思議な話だ。いつの間にかこの館に迷い込む。そんな魔法みたいなことがあって良いのだろうか。


「記憶の手伝いをする。っていうのは具体的に何をするのですか?」


「ふふ。怖らがなくて良い。少しの間、目をつむって。チクッとするだけだ」


「.....」


「冗談だ。」


「えぇ...(困惑)」


思いのほかユーモアのある人間なのか?


「この館の地下にな。秘密の部屋がある。そこで椅子に座ってもらう。それだけだ。」


「...なるほど。私はそこで何をされるのですか?」


「ただ過去を見るだけだ。それでお前は思い出せるかもしれないし、ただ「記録」として認識するかもしれない。それを俺たちと一緒に見るたけだ。」


「ふむ。」


過去を見る。俺は記憶を思い出すのではなく、他人事のように視覚的に見るのか。


「それは相川さんも見るのですか?」


「ああ。」


「そのお。ここまで親切にしてもらって申し訳ないんですが...自分の過去を見られるのって恥ずかしくないですか!?」


「ふふ。そうだろうな。だが見なければいけない。俺たちにはそれを記録する義務がある。」


「義務。」


義務と言われると何も言い返せない。恐らくそういったルールがあるのだろう。ここの館の主は相川さんだ。従うしかない。


「安心するにゃ!記憶を取り戻したくないのなら取り戻したくなるまでここに入ればいいにゃ」


ふいに白髪の女の子が乱入してくる。口にはクリームがたくさんついていた。


「でも。お金も何も無くて。ここに貢献できるものなんて」


「でも。記憶を取り戻したいの?耐えれない。そんな辛い記憶かもしれないよ?」


「....」


「いいじゃん。辛いことから逃げたって。今が続けば良い。だって何もしなければ何も変わらない明日が来るでしょ?」


「....」


男は何も言わない。否定しないということはその気なら良いということだろう。


「なるほど。」


俺はコーンスープを口に入れながら考える。

白髪の女の子の言っていることは正しい。俺は自分が何者かは分からない。がどんな気持ちでこの舘にたどり着いたかは覚えている。心臓がバクバクとし、ひたすら泣きそうな。そんな気持ち。


「....」


「どうするんだ?どちらでも良い。お前の選択を尊重しよう。」


男が口を開く。出てきたのは問いだ。


「俺は。」


もう一度。


「俺は。自分の記憶を取り戻したいです。なぜか。このままじゃダメだと。そんな気がするんです。」


「....分かった。明日、起きて朝ごはんを食べたら儀式をしよう。」


「ありがとうございます。」


「お前が決めたことだ。」


男はワインを一気に飲み干す。


「そういえば。関係の無いことを聞いて良いですか?」


「なんだ?」


「この舘ってどこにあるんですか?すごい不思議な感じがするんですけど。もしかしてあの世?」


男は笑う。そんなにおかしかったかな...


「お前からしたらあの世みたいなもんだろうな。お前は知らんがおれたちは普通に館の外に出れる。ああ。でもこの館には不思議な名前はついているな」


「ああ。名前だ。この舘はこうい言われている。」


「....」


「パンドラの館。とな」

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パンドラの館 池田ケン @HHH01

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