第4話 転入
一時間後。
僕はとある宿の一室にいた。
地方出身のハイネルン学院生は安宿で暮らしていることが多い。アルマもその一人だ。
そしてここは彼女の泊まっている宿。しかも隣の部屋。
固いベッドに寝転び、魔力灯の明かりを手で透かしながら、オリーブが話してくれたことを思い出す。
春が来ていない。
正確には、三月に入ってから気温が上向かず、五月五日の今日に至るまで三月上旬並みの寒さが続いている、という話だった。
五月なのにまだ寒いというだけなら「まあそんな年もあるか」くらいにしか思わないが、魔神の影響かもしれないとなると話は変わってくる。
もちろん考えすぎという可能性もある。
そうであってほしいが――それを突き止めるのは僕の仕事ではない。オリーブが調べることになった。
僕の役割は単純。一週間アルマ・スノウフィアから目を離さないこと。
薄い壁の向こう、アルマが部屋を出ていく音がした。おそらく夕食だ。
少し間を開けて、僕も一階の食堂へ。制服姿のアルマがのそっとした面持ちで長机に座っていた。
目が合う。
かすかに眉を持ち上げるアルマ。
監視スタートだ。
強引に親しくなる必要はないが、友好的に会話できる程度にはなっておきたい。まずは挨拶だけしておこう。
「あれ、アルマ。こんなところで会うなんて奇遇だね。まさか同じ宿だったとは」
***
「学院長から話は聞いてます。何かあったらいつでも頼ってください!」
翌朝、僕は新品の制服と杖というザ魔術師見習いな装備に身を固め、学院の廊下にいた。
僕に元気いっぱいな声を掛けてくれるのは、担任教師であるハイルマ先生。小人族の血を引いているのだろうか、背丈は僕の腰までしかない。
ここ帝都には亜人やハーフが(この表現はヒューマン目線だが)多くいる。市民の一割ほどと言われていて、魔術学院も例外ではない。魔術を最も必要とするのはヒューマンだが、その有用性は他種族にとっても同じなのだ。
彼女には「極秘で僕がアルマを護衛する」としか伝えられていないが、何の疑念もなく、少なくとも顔には出さずに受け入れてくれた。
「準備はいいですか?」
「はい」
「がんばって!」
ハイルマ先生が教室の扉を開けた。続いて僕も二年Fクラスの教室へ踏み入る。
「みなさん、おはようございます! 朝のホームルームを始めます――突然ですが、新しい仲間の紹介です。エディ・エスティメイトくん、どうぞ!」
「はじめまして。エディ・エスティメイトといいます。生まれはリビア自由国ですが、両親は帝国人です。長いこと探索者をやってきました。趣味はリュートを演奏すること。魔術は得意ではありませんが、よろしくお願いします」
無難を極めた僕の自己紹介が終わり、ぱちぱちと気の無い拍手が起こる。
生徒たちから注がれる好奇の目がくすぐったい。
ふと気付く。
大勢の前で自己紹介するなんて初めてだ。
僕は父と母、オリーブ、それから数人――半分家族みたいな
もしかして僕って箱入り坊っちゃん?
急に緊張してきた。こんな同世代の群れに放り込まれてやっていく自信はあまりない。ホームスクーリング学部はありませんか。
「みんな仲良くしてあげてくださいね! それで、ええと……」
教卓に立っているハイルマ先生が手元の紙に視線を落とす。
「えー、スノウフィアさんの隣がちょうど空いてるので、エスティメイト君はその席を使ってください!」
「……空いてませんよ」
座の並びは六×六で綺麗な正方形だ。
「んー、なら、一人だけポツンとするのは寂しいので、席の配置を変えます。前から六六六六六六六にしましょうか」
「四十二人になってます」
「先生は計算が苦手です……。みなさん、どうしたらいいでしょう!」
六六六五五五四に落着した。
さらに、厳正なるくじ引きの結果、僕とアルマは隣同士ということになった。
「(これでいいですね?)」
ハイルマ先生が意味深げな口パクとウインクを飛ばしてくる。
別にアルマの隣でなくてもいいのだが、指摘するのも野暮なので、会釈しておくことにした。
「はい! ということで、朝のホームルームは終わりです! 先生、今日も一日頑張ります! それでは!」
教室からとてとて駆け出していくハイルマ先生を見送り、僕はアルマの隣に座った。
「やあアルマ。こんなところで会うなんて奇遇だね。まさかクラスも同じなんて」
「これ奇遇なんですか」
目を細めてジーと見つめてくるアルマ。
警戒されてしまっている……!
「奇遇だよ」
内心の焦りを隠しながらそう返す。
しかしアルマは納得しない。ほとんど僕を睨みつけるような形相だ。
「まさか、もしかして――」
まずい。
もう勘付かれたか。
「わたしに一目惚れしたんですか?」
セーフ!
妄想たくましい子で助かった。
「昨日、やけに熱心にわたしを鑑定してましたもんね。でも困ります。わたしは魔術に身を捧げる者。色恋にうつつを抜かす時間はないのです」
「いやだな。一目惚れなんて、僕はそんなのできないよ」
「今さらシャイぶりですか。同じ宿にまで押しかけてきたくせに」
「奇遇奇遇。奇遇だよ」
嘘をつくのは得意ではない。単語一つで乗り切ろうとしていると、数人の生徒が僕たちの会話を遮って話しかけてくる。
「元探索者なんだ?」
「五月に転入なんて珍しいね」
「得意魔術は?」
「彼女はいますか!」
怒涛の質問攻めだ。戸惑いながらも一つずつ返していると――
「なあ、君、まさか昨日に能力測定してた鑑定士じゃないよな?」
途端に痛いほど静まり返る教室。
数十の鋭い視線が僕に突き刺さる。
鑑定士は嫌われがちだ。
人の過去を掘り返し、隠したい秘密を暴く――そういう職業だと思われている。そしてそれは否定できない。
だからといって偽るということはできないが。
「その鑑定士だよ」
僕を囲んでいた生徒たちは表情を硬くして離れていった。
分かりやすい侮蔑や嫌悪ではない。
なんとなく忌避される空気。
彼ら彼女らをどうとは思わない。知られたくないことを勝手に知れる人間に近づきたくないのはごく自然な人間の感情だろう。
教室に少しずつ音が戻る。僕をチラチラ見ながら話す生徒も少なくない。「鑑定士がなぜここに」という声が聞こえてくる。
「他人の空似と言えば良かったのに」
アルマが言った。
「……僕にはこれしかないからね」
僕は生まれつき目が見えなかった。先天性の眼球形成不全だ。
闇とは何か、光とは何か、その違いすら分からない。そもそも「見えない」という感覚さえ存在しないのが僕の世界だった。
それが変わったのは、初めて鑑定の水晶に触れたとき。
精神がアカシックレコードに繋がると、水晶に映り込む物体の情報が直接脳に流れ込んできたのだ。
そこには"色"や"形"、"動き"といった視覚的情報も含まれている。
以来僕は、起きている時間は常に意識の半分をアカシックレコードに接続している。
僕の眼窩に嵌め込まれているのは、加工された鑑定の水晶なのだ。
無限の情報から、普通の人が肉眼で得ているものだけを選び取る――これをできるようになるまでに何年もかかった。
鑑定士である母、そばで支えてくれた父、義眼を作ってくれた技師、そしてパーティーメンバーたち。色んな人にお世話になって今の僕、鑑定士エディ・エスティメイトは存在している。
鑑定士であることを否定すれば彼らに合わせる顔がなくなってしまう。だから「他人の空似」なんて言えないのだ。
「分かりますよ、その気持ち。わたしも、魔術師見習いであることを隠してできる友人なんて欲しくはありません」
アルマは口の端に笑みを刻んだ。
「というか、鑑定士による能力測定は希望制なのです。自分から頼んでおいて終わったら避けるなんて、理解に苦しみますね」
あまりにはっきり正論を言うので、僕は笑ってしまう。周囲の生徒はバツが悪いという顔になっていた。アルマに友達が少ない理由が分かった気がする。
「それにしても、学院生活の滑り出しは失敗したみたいですね。お疲れ様のご愁傷様です」
「……煽ってる?」
「隣の席のよしみです。わたしがこの学院について色々教授してあげるとしましょう。感謝してください」
「ありがとう。ボッチ同士仲良くしていこう」
「はあ!? ボッチじゃありませんけど! ボッチはあなただけです! 魔術の道に友など不要ってだけです!」
早口である。
顔も真っ赤である。
アルマは昨夕から誰とも会話をしていない。宿にも学院生は多くいるのに、食事中も登校中も華麗な孤立っぷり。
「エディ・エスティメイトだ。よろしく」
僕の差し出した手を、しかしアルマはもじもじして握ろうとしない。
「あの……改めて言いますね。わたしを好きになっちゃうのは理解しますが、でも勉強とか修行とか忙しいので、ごめんなさい!」
「だから違うって言ってんだろ!」
誤解を解くには苦労しそうだった。
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終末少女たちの監視係になった鑑定士なんですが、もう帰ってもいいですか? 訳者ヒロト @kainharst
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