悪魔王子に売られた令嬢は案外楽しく辺境の砦で暮らしています

うみ

第1話 悪魔王子とわたしの出会い

「申し訳ありません、お嬢様、ここからはお一人で」

「はい……分かっております。ここまでありがとうございました」


 リネール家伯爵令嬢のルイーズは長いまつ毛を落としながら、従者の助けを受けつつ馬車から降りる。

 先に馬車を下りていたメイドが彼女を潤んだ瞳で見つめていた。

 幼い時から一緒だったメイドの涙に感極まったルイーズもまた涙を流し、彼女を抱きしめる。


(まさか、こんなことになるなんて……)


 ルイーズはこの一週間のことを振り返り、自分の身に起きてしまったことに対し身を震わせ、心の中で呟いた。

 父様はおっしゃいました。伯爵の三女であるお前が第四王子の元へ出仕できるなど身に余る光栄だと。

 ですが、わたしは見逃しませんでしたよ。父様の目が泳いでいることを。

 わたしとて存じておりますとも、第四王子のお噂くらい。やれ、悪魔のようだとか、風変わり過ぎる、とか。

 彼は王国の辺境も辺境の地で遥か昔に打ち捨てられた古城で暮らしている。第五王子でも領土運営をしているというのに、領地も持たずに隠棲しているのだ。


(でも、希望はあります)


 王は自らの子らをいたく愛していた。第四王子も例に漏れず、王はことあるごとに一人じゃ寂しいだろうと令嬢を出仕させていたのだ。

 しかし、さすがの悪魔王子である。これまで幾人もの令嬢が追い返されていた。

 これは単なる通過儀礼……ルイーズもまたそう考えている。行って追い返されて帰ってくればいいのよ、と。


(三日、三日我慢したら大丈夫なの、頑張れ、わたし)


 三日後には迎えが来る、それだけが今の彼女の希望だったのである。この先に何が待ち構えているのかも知らずに。

 しずしずと歩いていても古城のすぐ手前に馬車を停めたため、古風な門構えが見えてきた。

 重厚な扉は閉められ、コケが浮き、ツタがそこらに絡まっている。この様子だと中が古代遺跡のような廃墟になっていてもおかしくないほど。

 ドンドンドンドン!

 ルイーズが扉の呼び鈴を鳴らそうとした時、向こう側から扉を激しく叩く音が響く。


「きゃ」


 思わず悲鳴をあげるも、扉を叩く音は止まらない。


「あ、あの、わたし、アルベール様に、そ、その」


 ピタリと扉を叩く音が止まる。しかし、待てども扉が開く様子がない。

 そこでようやくルイーズは重大な事実に気が付き、顔が青ざめる。


「も、申し訳ありません」


 通常、門を開けるのはお屋敷に仕える誰かだ。しかし、悪魔王子ともなると自ら扉を叩き……なんてこともありうる。

 王子自らとなれば、ルイーズが扉を開けねば失礼にあたってしまう。

 王子本人でなかったとしても、彼女に失うものはない。一応貴族であるとはいえ、彼女とて古城に出仕する身。同じ出仕者となれば自分より身分が低い者であっても身分差など気にすべきではないと考えたのだから。いかな貴とはいえ、自分はまだ16歳になったばかりの若輩者ということは重々承知している。

 元より彼女は平民に対しても分け隔てなく接したいと変わった令嬢という素地があったことも大きい。

 ギギギギギ。

 嫌な音を立てて扉が開く。


「あ……」


 扉の先に立っていた人物? に声が出てしまうルイーズ。

 彼女の目線は下に向かっている。その目線の先には茶色のずんぐりとした小動物が後ろ足だけで仁王立ちしていた。

 彼女はスカートを片手で押さえ、その場でしゃがみ込み、ずんぐりした小動物に尋ねる。


「あなたはアルベール様のペットなのかしら?」

「アルベール? 誰だモ?」

「きゃ、きゃああ!」


 小動物が人の言葉を喋ったことに驚き、尻もちをついてしまう。

 対する小動物はたたずまいを崩さぬまま当然のようにのたまった。


「マーモットだから喋るのは当然だモ」

「マーモット様、というのですね」

「マーモだモ。マーモットは種族名だモ」

「そ、そうでしたか、申し訳ありません!」


 僅かな時間で普通に会話を続けるルイーズもどこか頭のねじが飛んでいるのかもしれない。彼女の中にあったのは、王子のペットならば失礼のないようにしなければ、という思いだけだった。

 そんなこんなで彼女はマーモット族のマーモとの会話を続ける。

 ……ようとしたのだが、マーモは前足を地につけ、のそのそと歩き始めた。


(アルベール王子のところまで案内してくれるのかしら?)


 と彼女は思うも、マーモの動きは彼女の期待と異なるものだったのである。


「座るならここに座るモ」

「あ、あの、失礼ながら、マーモ様に驚いて尻もちをついただけで、座りたいわけでは……」


 と言いつつも倒れたままになっている椅子を起こすルイーズであった。

 扉の向こうは中庭になっているようで、元は屋根だったのだろう柱のみが残り、草も伸び放題でうっそうとしている。

 倒れた椅子も綺麗なものではなく、地面に座るのとそう変わりなさそうであった。しかし、自分を慮ってくれたマーモの想いを無碍にするわけにもいかず、立てた椅子に座ろうとするルイーズは、慌てて動きを変える。

 自分だけ椅子を立てて座ろうとしてしまった、あの子も座らせてあげないと。


「マーモ様もどうぞ」


 もう一脚椅子を立てたルイーズは気が付く、この椅子の脚の長さではマーモが届かないことに。


「マーモ様、抱えさせていただいてもよろしいでしょうか」

「モ」


 ルイーズがむんずとマーモを後ろから抱え上げ、椅子の上に乗せる。


「マーモ様、椅子まで案内してくださり、ありがとうございます」


 ルイーズがスカートをつまみ、頭を下げた後、椅子に座った。


「変わった令嬢だモ」


 椅子の上でも仁王立ちしてふてぶてしさを発揮するマーモットのマーモ。

 対するルイーズは別の切り口から王子の居場所を聞き出そうと話を切り出す。


「そ、その、マーモ様は一匹……お一人でここに住まわれているのでしょうか?」

「他にもいるモ」

「そ、そうだったんですね。他の方はどちらに?」

「その辺にいるんじゃないかモ」

(知らないのね……、どうしよう、アルベール王子に会えませんでした、とお屋敷に戻ることはできないわよね)


 ぐるりと周囲を見渡すも、うっそうとした草と木々、そして右手奥に古城はあったものの、人の姿はない。


「お城をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「城? あの建物は砦だモ。オマエ、令嬢だモ?」

「し、失礼いたしました。わたしはリネール家の三女ルイーズと申します」

「ルイーズが休むことのできるような部屋はないモ、外よりはマシじゃないかモ」


 微妙に話がかみ合ってない二人であった。


「あ、あの、マーモ様、砦を」

「構わんモ」


 食い気味に応じるマーモにルイーズはホッと胸を撫でおろす。

 マーモはひょいっと椅子から降り、砦に向かって歩き始めた。ルイーズも彼に続く。

 

 砦も扉と同じようにコケとツタに覆われ、古代遺跡も真っ青な荒廃ぶりだった。

 くあーくあー、とカラスらしき鳴き声まで聞こえてくる。

 不気味さに自分の肩を自分で抱くルイーズであったが、ここで引いても既に馬車はいない。彼女には前に進むしか道が残されていないのだ。

 バサバサバサ。


「きゃああ」

「なんだよ、会うなり悲鳴とは酷えな」

「カ、カラスさんまで喋った……」

「カラスでも喋ることくらいあるわな。あ、俺はマーモと違って名前はない。カラスでいい」

「は、はい。わたしはリネール家の三女ルイーズと申します」


 謎の小動物マーモットが喋ったのだ。カラスが喋っても、もはや驚かないルイーズである。

 件のマーモットは彼女の足元で仁王立ちしていたが、前足を地面につけ歩き出そうとしていた。


「マーモ様、ご案内ありがとうございました」

「誰も使ってないから好きにしていいモ」


 くるりと背を向け歩き出したマーモットにカラスが待ったをかける。


「おい、バカ王子、この女を置きっぱなしにして、俺に案内させようってわけじゃねえだろうな」

「王子!? アルベール様はどこに?」


 とカラスの発言に驚くも、鈍い彼女でも分かってしまった。

 ここにはマーモットとカラス、そして自分しかいないことに。


「マーモ様がアルベール様だったのですね」


 呼びかけるもルイーズの言葉が聞こえていないかのように、マーモがさささっと中庭の方へかけていく。


「ルイーズだったか? そのうち様子見に誰か来るんだろ? そいつと一緒に帰ればいいぜ。ここには何もねえ」

「で、ですが……」

「先に来るまで、どう過ごすか考えた方がいいか、とりあえず砦に入れよ」

「わ、分かりました」


 余りに衝撃的な出来事が続いたルイーズはたとえ廃墟に近くとも、屋根のあるところで休みたい、という思いだけで砦に入る。

 こうして珍妙な動物マーモットのマーモとルイーズの暮らしが始まるのであった。


※一発ネタです。女子向けなら令嬢だろと書いてみましたが、なんか違う。反応あれば連載ネタを考えるかもしれませんモ。しかし、そろそろマーモットはやめないと……。

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