第二章 第二節 行商②
この時代の侍は、腕に覚えのある乱暴者程度が多かった。薩摩の島津が櫛間から北上して飫肥まで支配していたが、領地すべてに手が回っていたわけではない。軍馬として使われていた小柄な馬も、櫛間の農民を中心に育てられたものを侍が買い上げていた。農民が足元を見て値を釣り上げることもあったという。
室町幕府の威光は、地に落ちていた。農民にとって、支配者面をする侍は、誰であってもよかったのである。むしろ、日常の諍いを解決したり、野盗に襲われるのを防いでくれる者の方が身近だった。伊納三郎は、そうした農民や行商人の安全を図り、信用を得ていたのである。島津にも伊東にもつかぬ姿勢と、磊落な性格は、いくつかの「惣」の頭株から親しみをこめて「お頭」と呼ばれるようになっていた。
今回、燻製肉を持ち込んだ鳳介は、山から直接やってきた。それなりに腕もたつ。余計な護衛も要らないし、紹介してくれた治平が、商売を広げていきたいことも承知している。鳳介を囲い込み世話してやることが、治平への「貸し」になる。三郎はそう考えていた。鳳介を囲い込む代わりに、三郎はいくつかの「惣」の頭株、それも治平がまだ付き合いのない者たちと仲介の労を取ることにした。商売が広まる分、三郎のところに集まる情報も増える。三郎にとっては、願ったりかなったりというわけである。
ともあれ、鳳介は定期的に麓まで降りてくるようになった。醤油味の燻製肉は三郎の屋敷に卸していたが、塩味の燻製肉や山菜の類は、自分で売っていいと言われていた。その稼ぎを、養い親の甚助に渡していたのである。商売で知り合った鍛冶職人に売り物を融通した見返りに、自らの小刀を研いでもらうこともあった。狩りの仕方を聞かれて答えたら、呆れられたこともある。天秤棒を振り回しているのならと、両端を鉄で覆い、先端を気持ち程度に尖らせてくれもした。無論、塩味の燻製をねだられもしたが……。
ある日、いつものように醤油味の燻製肉を卸し行商に出かけようとした鳳介は、三郎に呼び止められた。
「鳳介、残りの塩味もすべて買い取ってやる。少し色をつけてやる代わりに、頼まれてくれぬか」
「なんじゃろうか」
「何、ちょっとしたお使いじゃ。鳳迅どのを知っておろう」
「ん。伊納様は鳳迅さまと知り合いなのか?」
「まあな。文(ふみ)をしたためたゆえ、届けてほしいのじゃ」
「今からなら、たいした手間でもない。大丈夫じゃ」
三郎の屋敷からのとんぼ返りだ。まだ明るいうちに、鳳迅の庵に着いた。外から声をかけると、鳳迅はすぐに出てきた。
「おお、鳳介か。いかがした?」
「伊納三郎様から文を預かった」
「ん、お前は三郎と知り合いであったか……」
「燻製肉を買うてもらっとる。お得意様じゃ」
「ほうほう、『お得意様』か。鳳介はもう立派な『商人(あきんど)』なのだな」
「い、いや……そこまでのことは……しておらん……です」
まだ十三の小僧が「お得意様」と胸を張るのを見て、鳳迅はほほえましい気持ちになった。文を受け取り改めて鳳介を眺めると、いつもの天秤棒が少し変わっている。両端に鉄の薄金が巻かれているのだ。麓に降りた鳳介にも、それなりの「備え」が必要らしい。機嫌の良くなった鳳迅は、つい声を掛けた。
「鳳介、お前に教えた体の使い方、もう少し詳しく教えてやろうか」
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