第二章 第一節 行商①
持ち込んだ燻製肉は、醤油味がいいと言われ、必要な分の醤油は治平に持たせる代わり、伊納三郎だけに品を納めるよう言われた。その後、聞かれるがまま、鳳介は山の生活を語った。三郎がいたく気に入ったのは、やはり狩りの方法である。斜めに跳んですぐ、幹を蹴って猪の頭上に戻ると聞いて、「手の内」を見せよと命じられた。周りにあるものは、何を使ってもいいという。連れてこられたのは、屋敷の裏庭である。元は立木の多かった場所を切り開いた空地だったので、具合のいい木には事欠かない。郎党数名が、木刀や木槍を振り回していたが、三郎を見かけるとひざをついた。
「ゆっくりいたせ」
「お頭、この小僧は……」
「猪を一人で仕留める剛の者よ」
「そりゃねえでしょう。いくら何でも……」
「それなら、試してみればいい」
郎党の大男は、三郎より頭一つ上背があった。他より長めの木槍を手にしている。鳳介は、小太刀程度の長さの木刀を選んで手に取り、大男と向かい合った。
「小僧、悪いことは言わん。やめて……」
「五郎佐、臆したか。猪にも劣るぞ。自慢の槍ではなかったか? 師匠の勝元も言うておったではないか。油断大敵ぞ」
主に煽られた形にはなったが、立ち合いの場は整った。動こうとしない鳳介に牽制の突きを放つが容易くいなされる。薙ぎ払い、また突きを繰り返すうちに、鳳介は立木を背にして追い込まれる形となった。
「よけるばかりでは何にもならんぞ。どうする? もう、これで仕舞じゃ」
今までで一番の突きだった。上背がある五郎佐が突き下ろした木槍を軽く跳んでかわし、鳳介は木槍を踏んで駆け上がる。槍を手放し組打ちを仕掛けようとしても手遅れだった。鳳介が右手親指の付け根を軽く打ち据えたところで、三郎の声がかかった。
「そこまで! 『小僧』呼びした相手に手加減された気分はどうじゃな。少しは信じる気になったか?」
五郎佐は、改めて鳳介に頭を下げた。
「降参じゃ。名は何という? それと手加減したのはなぜじゃ」
「猪と違って食えないから、『持てなくすればいい』と思った。それに、今日は商売に来た。客は大事じゃ」
毒気を抜かれた五郎佐が主を見たが、苦笑いしか返ってこなかった。その後、醤油味の燻製肉が振舞われ、裏庭の稽古に鳳介が加わることになる。
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