第一章 第四節 拾い子の日々③

 鳳介は、十三になっていた。鳳迅に最低限の読み書きや算術を習った鳳介は、ありがたい仏の教えを上手に躱しつつ狩りに勤しんでいた。トヨの「ミツクリ(箕作)」を手伝うこともあれば、甚助の木皿作りをまねてまっすぐな棒を仕上げることもある。鳳介の身の丈ほどもある棒は、「杖」に見えなくもない。その棒を見つけた甚助が、「天秤棒」に使うことを思いついた。山菜や木の実を籠に入れて棒の両端に括り付け、今まで以上に採集に励むよう命じたのである。両手のふさがった状態で斜面を行き来する鳳介は、ますます足腰を鍛えることになる。遠出をすることも増え、狩りをする他の大人とも交流が始まった。人あしらいに慣れてきたころには、鳳迅も鳳介を気にしなくなっていた。


 以前ほどのかかわりはなくなったが、鳳介は時折鳳迅の庵を訪ねていた。甚助の代わりに、庵を掃除したり、食べ物を届けたりするのである。庵に出入りする修験者の何人かとも、顔なじみになった。尾根伝いに、遠くから「文(ふみ)」を届けているようである。そんな彼らに、修行に良さそうな場所を案内するのも、鳳介の役割になっていた。当然、彼らの修行の様子や、鳳迅との会話にも触れることとなる。


 鳳迅は、庵に出入りする修験者から尊敬されているらしい。修験者から教えを請われると、一言二言答えている。修験者たちは、それだけで深々と頭を下げるのだ。ちょっと変わった坊様だと思っていた鳳介は、鳳迅を少しだけ見直した。加えて、眉が真っ白になっても動きが若々しいのもいいと思った。修験者を案内しているとき、鳳迅の体術が話題になったことがある。そのときの言葉が印象的だった。刃を通さないと言うのだ。どうやら呼吸の仕方や力の入れ具合が大切らしい。だが、鳳迅の套路をいくら観察しても、鳳介には分からなかった。


 分からないことをいつまでも考えるほど、鳳介もヒマではない。狩りが上達して肉の量が増えてくると、保存にも気を遣う。薄切りにした肉に塩をまぶしてなじませた後、陰干ししておく。麓から行商に来てくれる治平は、甚助の作る木製の器を買い取る傍ら、生活に必要な品々を届けてくれてもいた。醤油が多めに手に入るときは、肉を漬け込んだ後に干せば、味も良くなるのだ。もちろん、干した後は燻製にする。自分たちで食べる分なら囲炉裏で燻せばじゅうぶんだが、まとめて作るとなれば話は別だ。家の外に囲いを作り、その中でまとめて燻すことにした。猪の肉は、そのほとんどが燻製になった。


 燻製肉が、治平の目に留まらぬはずはない。当時「山鯨」とも呼ばれた猪の肉は、貴重な蛋白源として武士階級を中心に需要があった。鳳介は、燻製肉の作り手として忙しくなっていたのである。鳳介に読み書きができることが分かると、治平の態度は目に見えて変わった。一度、麓に来てみないかと言い出したのである。本人の気持ちはさておき、甚助に話を通した治平は、半ば引きずるように鳳介を連れ出した。


 治平のねらいは、燻製肉を買う武士階級に鳳介を引き合わせることだった。味の需要は、直接言ってもらったほうがよい。味が良くなれば、燻製肉を扱う自分の儲けも増えるのだ。狩りに使う道具くらいなら、新調してやってもかまわない。治平は、鳳介の機嫌を取ることに決めていた。

「鳳介、猪は、どのように狩っておるのじゃ」

「……向こうから走ってくる猪を、木を背にして待ち構えて……その、ひょいと躱して小刀でぶすり……」

「ずいぶん物騒なやり方じゃ。せめて止めは手槍くらい使ったらどうじゃ。何ならわしが買うてやるぞ」

「いらん。振り回すだけなら、この天秤棒があればいい。荷物はすぐおろせるし……」


 今回、鳳介は二種類の燻製肉を準備していた。塩味と醤油味である。それを振り分け荷物にして天秤棒に結わえ付け、治平とともにやってきたのである。話しながらたどり着いたのは、平屋建ての屋敷だった。治平が燻製肉を売っている「おさむらい」らしい。屋敷の大きさに目を見張る鳳介。顔なじみらしい治平は、そんな鳳介を伴って中に入った。

「もうし、もうし……伊納様、伊納様……」

「せわしいのう。聞こえておるわ。どうした治平、様付けで呼ばれるほど上等なものではないぞ。わしはただの用心棒じゃ」


 無精ひげを蓄えた偉丈夫が、着崩した襟元をぼりぼり搔きながら現れた。磊落な物言いだが、治平の連れてきた少年を、油断なく見定めている。これが、鳳介と伊納三郎との出会いだった。

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