第一章 第二節 拾い子の日々①
なつかれてしまったらしい。庵の前で自分を見上げる「ほうすけ」を眺めながら、鳳迅は何とも言えない気持ちになった。昨夕のどこに、なつかれる要素があったのだろう。夜明け前の日課をと考えて外に出ると、両手いっぱいのヤマモモを差し出す「ほうすけ」と目が合った。
「くれるのか? そうか、すまぬの。ありがたく頂戴しよう」
いったん中に入って籠を持ち出し、ヤマモモを受け取った鳳迅は、さてこれからどうしたものかと立ち止まった。「ほうすけ」は、じっと自分を見ている。日課の修行を疎かにはできない。とりあえず昨日と同じように始めることにした。すると「ほうすけ」は、体を動かす鳳迅の様子を、じっと見つめているのだ。あたりが明るくなるころ、鳳迅が動きを止めたことを確かめた「ほうすけ」は、そのまま踵を返して立ち去った。
それからというもの、「ほうすけ」は毎日やってきた。手土産はヤマモモのときもあったし、アブラメ(九州南部での呼称。関東ではアブラハヤと呼ぶ)のときもあった。体を動かす鳳迅を見るだけだった「ほうすけ」は、十日ほど経ったある日のこと、鳳迅の動きをまねるようになった。手の動きは大したことはないけれど、足の動かし方だけは、よく似ている。
「『ほうすけ』や、これは踊りなどではないぞ。分かるか?」
にっこり笑った「ほうすけ」は、鳳迅の動きをまねながら拳を突き出す。体重移動と腰のひねりの合わさった立派な「突き」だ。鳳迅は、目を見開いた。だが、拳の握りは甘く、そのままではけがをしてしまいそうだ。とはいえ、「ほうすけ」が鳳迅の動きを「踊り」ではなく「闘う技術」としてとらえていることは確かだった。拳や脚や肘の使い方を集約した「套路」について、知識のないはずの子どもが理解できるはずはない。だが「ほうすけ」は、本能的に気付いていたようだ。
昨年の春、山で「ほうすけ」を見つけたトヨによれば、「ほうすけ」は猿の群れに囲まれていたという。何匹かの猿に、なぶられるように小突かれ、引っかかれ、噛みつかれていたそうな。野生の獣に、人間がかなうはずもない。トヨも怖くて、見殺しにしようとした。だが、「ほうすけ」が一匹の猿に噛みついたのを見たとき、小さな子どもですら立ち向かう姿に背中を押されたのだという。気が付けば手ごろな石をつかみ、大声を挙げて群れに突っ込んでいた。「ほうすけ」が噛みついていた猿に石を打ち付け、ひるんだ猿が逃げ出した後で、「ほうすけ」を抱きしめたトヨは、大声で泣いてしまった。
兄と暮らしていたトヨは、兄とともに「ミツクリ(箕作)」で生計を立てていた。妙な子どもを拾ってきた妹に、兄は最初のうちは驚いていたが、結局は受け入れた。だが、食い扶持を稼ぐために無理を重ね、崖から落ちて死んでしまう。女手ひとつで子育ては辛い。手っ取り早いのは、自分の体を売ることだ。しかし子連れでは、そもそも「客」がつかない。細々と「ミツクリ(箕作)」を続けるトヨに、幼い「ほうすけ」は、山菜や木の実を採ってくるようになった。
それだけではない。頭から血を流した兎を持ち帰った「ほうすけ」に、トヨは驚かされた。幼い子どもが左手だけで兎をぶら下げている。右手には血まみれの石。その石を自慢げに見せつける「ほうすけ」に、トヨは野生の勢いを見た。やがて石は、打ち付けるだけでなく投げてぶつけるものになる。印字打ちで兎を仕留める「ほうすけ」は、立派な稼ぎ手となった。気にかけてくれていた甚助と暮らすようになったのは、そのころである。
何日かかけてトヨの話を聞きながら、鳳迅は「ほうすけ」の異常性について理解を深めていた。体を動かすことに関して、「ほうすけ」は天才的な感覚をもっている。だが、そのまま長所を伸ばしていけば、恐ろしい野獣を野に放つことになりかねない。鳳迅は、「ほうすけ」を囲い込むことにした。甚助とトヨを説き伏せ、「ほうすけ」を引き取ったのである。「ほうすけ」という名も、鳳迅の一字をそのまま使って「鳳介」とした。在家のまま、弟子入りさせたわけである。季節は、北風の吹き始める師走になろうとしていた。奇妙な師弟の、奇妙な修行が始まろうとしていた。
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