Day19 網戸

 蝉はなかなか戻ってこなかった。待ちくたびれた。どこに行ったんだろうと交換所の裏手に回ると、

「ま、また死んでる……」

 くだんの蝉が倒れていた。寿命が短いというのは大変なことだ。

 行き詰ってしまった。もう蝉を手がかりにするのは諦めて、法螺吹町の問屋を張り込んでいた方がいいかもしれない。でも、まずは地上に出ないと話が始まらない。

 試しに交換所のドアノブを回してみる――と、開いた。鍵がかかっていなかったのだ。中に入ってみると部屋の四方に棚があり、様々な食品や雑貨が所狭しと並んでいる。

 さっき蝉が応対してくれた窓の下にはカウンターがあり、白い固定電話が設置されていた。これ、どこかに繋がらないだろうか……試しに受話器を上げてみると、少しして誰かが電話をとった。

『もしもし?』

「あの、交換所の電話をお借りしてるんですが、ここにいらした蝉が、今しがた亡くなりました」

『ああ~、寿命ですね……』

 相手としても想定内らしかった。たぶん、彼らは寿命によってバタバタ死んでいるのだろう。

「あの、私蝉ではないのですが、地中から出られなくなってまして。どうやったら地上に出られるのか、知りたいのですが」

『ははぁ。でしたら網戸の掃除と交換で、お知らせいたします』

 あくまでも交換所なのだ。私は了解し、交換所の窓の網戸の掃除を始めた。備え付けのロッカーから掃除道具を取り出し、網戸を取り外して、交換所の外に立てかけた。

 ブラシで埃を払ってから水拭きをした。特に汚れているように見なかったが、それでも雑巾は真っ黒になってしまった。黒い汚れはコソコソ動き、何やら文字か記号を作ろうとしているようだ。じっと見つめていると、やがてそれは「可」という文字になった。

 私は網戸を戻し、もう一度電話をかけた。

「終わりました」

『ありがとうございます』

 幸い、さっきと同じ声が応えた。よかった、死んでなかった。

『では係の者が向かいます』

 それだけ言って、電話は切れた。

 交換所の中に戻って待っていると、まもなく土竜がやってきた。外に出ると、そこに転がっていたはずの蝉の亡骸はなくなっていた。

「地上はこっちです。ランプを持ってついて来てください」

 土竜は愛想よく私を案内しながら、口をもぐもぐさせていた。

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