Day18 交換所
とにかくランプが壊れなくてよかった。蝉の体を探ったら裁縫セットがでてきたので、私はそれを使ってベスト空蝉オブザイヤーの破れたところを縫い合わせた。若干カンフーマスターみたいなポーズになりはしたが、一応修繕には成功したはずだ。
ベスト空蝉オブザイヤーはとりあえずその場に残し、ランプは借りたまま、地下を探索することにした。光量が低いうえ、地下はずいぶん広いらしい。行けども行けどもタイル張りの廊下が続き、私はいよいよ不安になってきた。リヤカーの友人はどうしているだろう。上に残してきた浮き輪売りに心配をかけているだろうか。それに私の家――掌犬とハエトリグモは元気だろうか。飼い始めた頃と比べてしっかりしてはきたものの、掌犬は相変わらずの怖がりだ。ハエトリグモはしっかり者だが、小さいし寿命も短い。無事にふたりと再会できればいいのだが。
とにかく歩き続けた。もう朝はとっくに明けただろう。空蝉の修繕をしていたから、正午くらいになってしまったかもしれない。だんだん喉が渇いて、お腹も空いてきた――と、ようやく前方に灯りが見えた。
小さな、箱のような建物だった。窓があり、そこから蝉が一匹顔を覗かせている。
「こんにちは。ここは交換所だよ」
蝉は酒焼けした中年女性のような声で言った。「地中では手に入りにくいものが色々あるもんでね。ここで物々交換をサポートしているのさ」
「とりあえず、水と食べ物をください」
「はいよ。何かと交換ね」
現金は受け付けていないという。シーグラスをひとつ差し出すと、蝉は焼肉弁当とお茶のペットボトルに交換してくれた。肉は国産牛である。さすがクラゲのシーグラスだ。
「夏祭りの山車を捜しているんです。現れる場所を知りたくて」
私はその場で焼肉弁当を食べながら話した。蝉は腕組みをしてうなずいた。
「なるほど、山車なら、ベスト空蝉オブザイヤーを受け取りに現れるからね」
「そう聞きました。ただ、いつどこで受け渡しが行われるかがわからなくて」
「ふーむ。教えてやれないこともないが、あたしの一存では難しいねぇ……」
蝉は顔を伏せてしまう。「これは地底でも一部の蝉しか知らない、重要情報だからねぇ」
「そこをなんとか、教えていただけませんか」
「うーん」
蝉は考え込んでいたが、「ちょっとお待ち。相談してくるからね」と言って、窓のシャッターを閉めてしまった。
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