Day17 空蝉
気がつくと、真っ暗な場所にいた。そういえば砂の中に引きずり込まれたので、真っ暗なのも当然といえば当然だと思った。
とりあえず四つん這いになり、近くを手さぐりしてみた。砂浜の中にしてはちゃんとした床がある。タイル張りである。しかし他には何も見つからない。
まいった。浮き輪売りは無事だろうか。なんとなく彼なら無事な気がするけど。
あちこちをぺたぺた触っていると、突然ふっと近くに灯りがともった。体長1.5メートルほどの巨大な昆虫がランプを持って立っている。正直でっかい虫は苦手だ。私は頭のてっぺんから、ひぃ~~~という情けない悲鳴を出した。
「蝉でございます」
昆虫はそう言って頭を下げた。
「ああ、ハイ、どうも……」
「さっき砂浜から出しましたのは、人間ハンドでございます。これですと、人間のように器用に動けるのでございます」
蝉は一番上の脚一対に、人間の手を模した手袋のようなものをつけていた。
「はぁ。なるほど」
「突然お招きしましてあいすみません。急いでいたものですから……実は、本物の人間さんのお手を拝借したいことがございまして。いくら人間ハンドがあっても、我々では手に余ります。ちと難しい作業ですので……」
蝉は「こちらへ」と言い、ランプで先を照らしながら歩いた。苦手などと言ってはいられない。わたしもついていくことにした。
少し歩いた先に、大きな蝉の抜け殻があった。
「これの破れたところを縫いたいのでございます」
蝉が言った。「これは私の兄の抜け殻でございます。上手く脱げましたのでとっておいたところ、今年のベスト空蝉オブザイヤーに選ばれまして」
「それはそれは、おめでとうございます」
「ありがとうございます。兄は先日寿命が尽きて亡くなりましたが、草葉の陰で喜んでいることでしょう」
蝉はまた深々と頭を下げた。「オブザイヤーの空蝉は、毎年夏祭りの山車の飾りに提供すると決まっております。ですからなるべくきれいな状態で持っていかねばならないのですが……」
「ちょ、ちょっと待ってください」私は急いで蝉の話を遮った。「夏祭りの山車って、あの大きなやつですか? この空蝉を、山車まで持っていくのですか?」
「はい、さようでございます。ちゃんと決まった受け渡し場所がございまして、そちらに持って行くのでございます」
話を遮られたのにも関わらず、蝉は丁寧に答えてくれた。「私もそろそろ寿命が尽きますもので、急いでこの空蝉を修繕し……うっ」
蝉は突然倒れた。ランプが床に落ち、かしゃんと音をたてた。私は慌てて蝉に駆け寄った。
「死んでる……」
寿命が尽きたらしい。
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