Day13 牙

 靴屋は靴でいっぱいだった。四方の壁のほとんどを棚が占拠しており、その棚にみっしりと箱が収納されている。老婆は店中の商品について把握しており、すぐさま梯子を持って棚にとりつくと、私にちょうどいい靴をあてがってくれた。

「もう長いことやっているから、お客さんの欲しがりそうな靴が大体わかるんだよね」

 と自慢げに語るのを聞いていると、突然外からドオンと物凄い音が聞こえた。その直後、ドレスを着、長い髪を上方向に盛ったキャバクラ嬢らしき女性がひとり、靴屋に飛び込んできた。

「おばちゃん! 靴ちょうだい!」

「はいはい」

 老婆は梯子を持って棚にとりつき、箱をひとつ取り出した。

「はいこれ」

 と箱から取り出したのは、踵にスプリングのついた、奇妙な厚底ブーツである。

「それだ!」

 女性はその靴を受け取ると、すぐさまタッチ決済を済ませて店から飛び出した。

「気になるようなら、外を見てくるんだね」

 老婆に言われたとおり、店を出た。

 アーケードを出ると大変騒がしい。マンション群を背景に、なにか大きなものが立っていた。サーチライトを浴びて蠢くそれは、見たところどうやら怪獣である。手頃なビルに組み付き、角をごりごり噛んでいる。

「ありゃ十階建てのビルくらいあるね」

 いつの間にか隣にやってきた老婆が呟いた。

 先ほどの女性は履いていたハイヒールを脱ぎ、スプリング付きの厚底に履き替えている。老婆が「どうだい」と尋ねると、彼女は「まさにこれ」と言って親指を立てた。両手に猛獣の牙のような棘の生えたメリケンサックを着け、

「では」

 と言うが早いか、女性は跳躍した。一歩、二歩と駆けて三歩目は電信柱を蹴り雑居ビルの屋上、そこから更に跳ねてあっという間に怪獣の目前に踊り出た――はずだが、肉眼ではほとんど見えない。目を細めていると、老婆がオペラグラスを貸してくれた。

 オペラグラスを覗き込む。ちょうど厚底靴の蹴りが怪獣の鼻先に当たったところだった。

 怪獣はぎゅーっと鳴き声をあげ、その場にぐずぐずと倒れた。どこに隠れていたのか、パトカーやら迷彩柄のトラックやらがわっと押し寄せる。

 女性は、厚底靴でぴょんぴょん跳ねながら戻って来た。

「おばちゃん、あたしの靴どこだっけ」

「はいよ」

 老婆は店から紙箱をひとつ持ってくる。なぜかそこに、先ほどその辺に脱ぎ捨てられたはずの、青いエナメルのハイヒールが入っている。女性は「これこれ」と呟き、スプリング付き厚底靴からハイヒールに履き替えた。

「牙の生え替わりの時期で、痒かったみたい」

 トラックが一台、怪獣の古い牙を運んできた。商店街から人が出てきて、わらわらと牙に群がった。

「あれ甘いのよ。知ってた?」

 ちょうどドレスについていたといって、女性は私に牙のかけらをくれた。確かに金平糖のような味がした。

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