Day12 色水

 迷った。まっすぐ行けばいいと教えてもらったにも関わらず迷った。

 もう二十分近く歩いたと思うが一向に靴屋が見つからない。靴屋どころか店らしき場所がない。高層マンションがいくつも立ち並んでいるエリアに迷いこんでしまった。街中にしては人通りもなく、道を尋ねることができない。

 とぼとぼと歩いていると、マンションの植え込みの前に座り込んでいる人影を見つけた。どうやら髪の長い女性らしい。白い、無地のワンピースを着ている。

 よかった、道を聞こう。

 私はぺたぺたと彼女に近寄った。だがあと三、四歩というところで、思わず足を止めた。

 女は植木の葉をむしって、次々と口に入れている。

 唾液混じりのぐちゃぐちゃという音が、こちらまで聞こえてくる。

 異様だった。見たことがないほど大きな歩くクラゲより、河豚のように膨らむ蛇より、何倍も奇妙で、そして薄気味悪く見えた。マシュマロの袋に一つだけ入っている黒い玉砂利みたいな女だと思った。

 他の人をあたろう――踵を返そうとしたそのとき、女がこちらを向いた。

 長い黒髪の間から、白い顔と大きな口元が見えた。緑色の汁が垂れている。顔の上半分は無数の目に覆われていた。すべての目が一度に瞬きをし、じろりと私を睨んだ。濡れた瞳に街灯の光が反射して、ぬらぬらと光った。

「み……南は、どちらですか」

 沈黙がおそろしくて、つい尋ねていた。女は土と草の汁に汚れた指先で、左の方を指さした。

「ありがとうございます!」

 私は大声で礼を言うと、早歩きで示された方向へと向かった。ぐちゃぐちゃという音がしばらく追いかけてきた。

 怖かった。女と別れて少しすると、だんだん落ち着いてきた。

 やがてマンション群を抜けると、前方に灯りが見えてきた。商店街である。アーケードに入ってすぐのところが靴屋だった。

「いらっしゃい」

 エプロンをつけた小さな老婆が出てきた。「あれまぁ、裸足だね」

 おまけに顔色がずいぶん悪いと言って、老婆は私を近くのイスに座らせ、麦茶を一杯飲ませてくれた。

 一服して落ち着いてから、女のことを尋ねた。老婆はあっさりと「それは幽霊だね」と答えた。

「幽霊の女といえば白いワンピースだけど、そもそも一口に幽霊ったって色々いるからね。何も白を強制される必要はないというので、体の中で色水を作って、自ら服を染めるのが今流行りのムーヴメントなんだね。あんたが遭遇したのは、緑色に染めるタイプの幽霊だね」

「そうだったんですか、びっくりしました……」

「害がなくてよかったね。赤色に染めたいタイプの幽霊だったら、あんた今頃噛まれてたかもしれないね」

 老婆はそう言って、ケラケラ笑った。

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