Day14 浮き輪
「山車なら、この時期は違う街にいるね」
靴屋の老婆も、キャバクラ嬢らしき女性も口を揃えた。
「法螺吹町の法被工房で張り込むのはいいと思うけど、ここからちょっと遠いよ。何でこんなところにいるの?」
「お恥ずかしながら、友人のリヤカーから落ちまして」
そういえば友人はどうしているだろう。私を落としたことに気づいただろうか。スマートフォンは相変わらず電源が切れたままだ。
ともあれ靴は手に入った。あの老婆の店の靴なら間違いはあるまい。こうなればもう山車を捕まえに行くだけだが、どうやら目的地は遠いらしい。私は方向音痴である。スマートフォンのマップを見ていても迷う。迂闊に出発すれば、再び道を誤る可能性が高い。
「法螺吹町はいろんな工房があるから、そこへ行く人を紹介してあげる」
と言うが早いか、女性は勇者の盾のごとくにデコられたスマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。まもなく一人の男が、屋台を引きながら現れた。
「このひと、浮き輪売りさん。ナイトプールで知り合ったの」
「こんばんは。僕も法螺吹町へ行きますから、よかったら一緒に行きましょう。こういう晩は、連れがいるに越したことがないですからねぇ」
一人で歩いていると、さっき見たような幽霊に襲われることがあるらしい。私も赤色の染料にされてはたまらないので、喜んで一緒に行くと宣言した。
私は老婆と女性に丁寧に礼を言い、ついでに二人にシーグラスをひとつずつ進呈した。クラゲのシーグラスは誰にでも喜ばれるから、偉いものだ。
「それじゃ行きましょうか」
「行きましょう」
私たちは出発した。
浮き輪売りの屋台には、多種多様な浮き輪が飾られている。オーソドックスなドーナツ状のものもあれば、腕に嵌めるタイプのもの、大きなシャチの形のものまで様々である。
「ナイトプールでは、二枚貝のやつがよく売れます」
「売れそうだなぁ……」
「そうだ。途中で海岸線を通りますから、ちょっと貝殻を探してもよござんすか。浮き輪にしますので」
どうやら浮き輪売りの浮き輪は、問屋で仕入れたものだけではないらしい。よく見ると、バナナボートの影にパンパンに膨らんだ幽霊がいて、こちらを恨めしそうに見つめていた。
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