Day11 蝶番

 突風に乗って五分ほどすると、眼下に街の灯りが見え始めた。なるほど、あれくらいの規模の街であれば靴屋もあるだろう。

 などと考えているうちに蛇の息はだんだん勢いを失って落下し始め、最終的に私は公園の砂場に軟着陸した。服についた砂を払っていると、「もしもし」と声をかけられた。

「すみませんが、ちょっと避けていただいてもよござんすか」

 いつの間にか小柄な男が立っている。「ちょっと、蝶番をなくしまして……うちの玄関の蝶番なものですから……」

「はぁ、それはそれは」

 私は急いで三歩ほど横にずれた。男は「どうもすみません」と言いながら、私が立っていたあたりを掘り返す。するとそこから、てのひらほどの大きな蝶番がふたつ、連れ立って飛び出してきた。蝶々のようにぱたぱた動いて逃げようとするのを、男は手際よく捕まえ、両方ともズボンのポケットに入れてしまった。

「やれやれ、これで玄関が開けられます」

「よく見つけられましたね。砂の中にいたのに」

 私は心底感心していた。男は丸い顔をほころばせて、「これはもう、羽ばたきを聞くのが肝心です」と答えた。

「耳がいいんですねぇ」

「実は、この街で調律師をしておりますので」

 男――もとい調律師はそう言ったが、何の調律をしているのかは教えてくれなかった。

「実は靴屋と、それから山車を捜しているんですが……」

 ふたつの質問に、調律師はニコニコと答えてくれた。

「靴屋なら、夜の間だけやっているのがあっちの方にありますよ。山車の方はさて……この時期、この街には来ないもんですから。何しろ子どもがおりませんでな」

 そういう街もあるのだ。

 調律師は私に、ふわふわした白いものを二つくれた。

「これは私が改良したカイコの繭でして、耳栓にするとそれはもうすごいものであります。これを着けて一時間ほどじっとした後だと、聴覚が研ぎ澄まされるもので、仕事の前にいつも着けております。ここで会ったも何かの縁、少しですが差し上げましょう」

「これは結構なものを。ありがとうございます」

 山車を捜すには、お囃子の方向を特定しなければならない。いずれ役立ちそうなので、私はカイコの繭をそっとポケットに仕舞った。お礼にシーグラスを差し出すと、調律師は喜んで水色のものをひとつ取った。

「アサギマダラの色によく似ている。きっと家内が気に入るでしょう」

 夜が明けると靴屋は閉まってしまうというので、私と調律師はあわただしく別れた。靴屋は南にまっすぐ歩いていけば着くとのことだった。

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