Day10 突風
海岸を通り抜けると、ゆるやかなカーブを描く道路に出た。どちらへ行ったら街なのかわからない。それもクラゲに聞けばよかったと思いつつ、裸足のまま歩道をぺたぺた歩いた。ただ散歩をしているような気分だ。夜気も暑すぎず心地よい。
あまりに気持ちがいいのでつい口笛を吹いた。ピウーという音が夜の空気に溶けていくのがまた心地よい。口笛を吹きながら歩いていると、いつのまにか隣を蛇がするする歩いていた。
そういえば子どもの頃、夜に口笛を吹くと蛇が出ると、祖母に注意されたものだ。だから蛇をもてなす準備ができないうちは、夜に口笛を吹いてはいけないよ……という話である。一般的には違うと聞いたこともあるが、私の生まれ育った家ではそういうことになっていた。
しまったなぁ、と思う。蛇をもてなす準備などしていない。さっきのイカ焼きでもとっておけばよかったと思いながら「こんばんは」と挨拶をすると、向こうも「こんばんは」と返してきた。体長一メートルほどの、ほっそりした青大将である。
「すみません、つい口笛など吹いて」
「む、御用ではありませんでしたか」
蛇はしょんぼりとうつむいた。「ひさしぶりに、およばれしたかと思いました」
「と、とりあえず座りましょう」
ちょうど行く先に休憩スペースがあった。ベンチと自動販売機、それに望遠鏡が設置されている。
私は蛇をベンチに座らせ、自販機でサイダーを買って渡した。蛇は尻尾の先で器用にプルトップを開け、「あーっ、シュワシュワする」と言いながらサイダーを飲んだ。どうやら満足気なのでほっとした。
私もベンチに座り、ペットボトルの水を飲んだ。
「よい夜ですね」
「よい夜ですねぇ。三日月がよく光っている」
蛇はのんびりと応え、またサイダーを飲んだ。
「ところで、人間の方。あなたは幽霊ですか?」
どうしてそんなことを尋ねるかと思えば、蛇は私の裸足を見ているのだった。
「いや、靴を落として裸足になってしまったのです。どこかで新しいのを買おうと思って」
「なぁるほど。いや、死者はよく裸足になっておりますから。しかし幽霊でないのなら、心配ですよ。足が痛くなりますよ」
「ありがとう。今のところは平気です」
とはいえ蛇が心配するとおり、なにかちょっと尖ったものでも踏んだら、私の弱い足の裏はお終いになってしまうだろう。
「もしよければ、靴屋のある街まで送ってあげましょう。サイダーのお礼に」
どうやら蛇は親切だ。こんな缶ジュース一本でそこまで優遇されてよいのかと心配なほどだが、有難いのでご厚意に甘えることにした。とはいえ余りに厚いご厚意だと思ったので、
「よければシーグラスをどうぞ」
と申し出ると、蛇は喜んだ。
「わぁ、素敵。これは本物のシーグラスですよ。クラゲが通貨にするやつ」
そう言うと青いシーグラスをひとつ選って、器用に頭の上に載せた。
「ではお送りしましょう」
と言うが早いか、蛇はすーっと息を吸い込み始め、みるみるうちに河豚のように膨らんだ。次の瞬間、突風が来た。蛇が一気に息を吐いたのだ。
私はたちまちのうちに空に舞い上がった。飛ばされながら下を見ると、蛇がこちらに向かって尾を振っていた。私も手を振り返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます