Day9 ぷかぷか
足跡を追っていくと、その先にいたのはクラゲだった。何人かの二本足が連れ立っていたのではなく、たくさん足のある生き物が一匹いただけだった。地上を歩くクラゲの足跡は人間のそれに酷似するものなのだと、私はこのとき初めて知った。
クラゲは大きい。私の身長と同じくらいある。半透明の体に月光を反射させながら、器用に歩いている。
「こんばんは」
話しかけると、クラゲは私に向かって会釈をし、何やら喋った。それは「ぷかぷか」という具合に聞こえた。たぶん挨拶を返してくれたのだろうな、という気がした。
「どちらに行かれるんですか?」
「ぷかぷかぷかぷ」
何となく、街の方へ行くんですよ、と言われたような気がした。
「街ですか」
「ぷか」
「街に何のご用事ですか?」
「ぷかぷかぷかぷかぷぷぷ」
何となく、風鈴を買いにいくのです、と言われたような気がした。しかし風鈴屋は今年の商品を売り切って、影の中に溶けてしまったはずである。
私は服のポケットを探った。かたくて丸いものに触った。取り出してみると、それはやはり黄緑に白い点々が入った、ガラスの風鈴である。暴走リヤカーから放り出されて砂浜を転がったにも関わらず、少しも壊れていなかった。
クラゲは私が持っている風鈴に目をとめた。
「ぷかぷかぷかぷか」
「そうなんですよ。いい風鈴です」
私は風鈴を揺らしてみせた。チリンチリンと涼しい音が、夜の浜辺に響き渡った。
「ぷかぷか。ぷかぷかぷかぷかぷ」
「そうですか。よかったら差し上げます」
クラゲは喜んで、ぷかぷか言いながらその場でぴょんぴょん跳ねた。
「ぷか、ぷかぷかぷかぷかぷか、ぷ」
「いや、いいんです。私の風鈴はちゃんと家にあるので」
そう、山車に引っかけられてどこかに行ってしまった私の家の軒下に、未だ吊るされているはずだ。
「ぷかぷぷかぷかぷかぷか、ぷぷぷぷ」
「いやそんな。奥様によろしくお伝えください」
「ぷかぷ」
クラゲはシーグラスをいくつもくれた。彼らの通貨はそれらしい。
「もらいすぎですよ」
「ぷかぷかぷか」
何となく、おかげで遠出をせずに済んだ、と喜んでくれたような気がした。クラゲは何度もゆらゆらとお辞儀をしながら、海の方へ戻っていった。
ちゃぽんと水に沈む音が聞こえてから、ようやく(クラゲに山車のことを聞けばよかった)と思い出した。
まぁいいか。私はとりあえず街を目指して、空の明るい方へ向かうことにした。
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