pays fleuri - フルーリランド -
沙華やや子
pays fleuri - フルーリランド -
ふゎぁ~・・・良く寝たー...
彼女は十代のころからここ東京のあちこちで、様々な類の風俗嬢としてがんばってきた。直近のお店できつい虐めに遭い、心が壊れてしまった...。今はクリニック通い。心身ともに負荷をかけぬよう過ごしている。
こんな頼りない夕泉でも、離れて暮らす成人した息子が居る。息子に父は居ない。父親が何者なのか、詳細は判らない。判らない、というのは「お客さん」が相手だったのではなく「事件」に巻き込まれたからであった。
夕泉が30才のころだった。仕事帰り、お店のドライバーに「今夜はここでいいわ」と夕泉は言った。仕事上がり、小腹が空いていたのでコンビニエンスストアーでちょっとしたお惣菜を買うためだった。「
夕泉は・・・迷いに迷い、いのちを慈しむ道を択んだ。
妊娠・出産期間も生活があるのでなるべく働いた。幸いにも夕泉にはそれまでの努力の甲斐があり、貯えがあるのは助かった。公的な場やベビーシッターに助けてもらいながら、仕事以外の時間は全身全霊をかけ子育てを真剣勝負で楽しんだ・・・自分が、少女のころ...してほしくてもしてもらえなかったことをすべて息子にやってのけた。現在26才の息子には事件のことが話せていない。息子は頭の良いキレものでありながら非常に優しい子に育った。息子は遠い町に暮らしている。
夕泉にこんな暗い過去がある事を、殆どの人は知りもしないし、恐らく信じないだろう。夕泉はいわゆる天然で、のほほーんとしたドジだ。そしてとにかく明るい。
ンー・・・パジャマ姿で伸びをする夕泉。カーテンを開けると今日は雨。(雨の日ってだるぅ~くてお昼寝日和なんだな、これ)。
クリニックに行かない日何をしているかというと夕泉は・・・お家映画をみたり、ゴロゴロしたり、気が向けばお料理をしたり、といった感じ。テレビは好きじゃないからあってもみない。ニュースはインターネットでチェックしている。
電話しておしゃべりするような友だちはひとりもいない。夕泉は人見知りだ。あれ?ほんとうはネクラなのかな?ま、核心はまだ、置いておきましょう。真相が見えるかどうか定かではないが。
恋心だけは、ず~っと温めている。お店を辞めてしまったけれど...夕泉はボーイの
葵と夕泉はなぜか店内でよく目が合った。もの静かだけれど、そばに居てくれると安心する…そんな葵のことを夕泉はずっと前から好きだった。ちなみに店が長いのは夕泉のほうだ。
ある晩、お客様のテーブルに「朱音」が付いている時、自分のためのソフトドリンクを朱音は持ってきてほしかった。向こうを見ると、丁度葵がこちらを見ていたので、朱音はドキドキしつつ愛しい葵にお願いした。アイスティーをスマートに持ってきた葵の横顔を見つめる朱音こと夕泉・・・と、その瞬間だ「あかねちゃーーーん!」酔ったお客が朱音にしなだれかかりボディタッチしてきたのだ。即座に「お客様。」と葵が丁重に言い、「ここはそういったお店ではございませんので、女の子から離れてください。」客は機嫌を損ねた「なにぃー?!このボーイごときが!」あったまにきたのは朱音こと夕泉で瞬時に立ち上がりなんと!...お客様の頬をビンタした。「『ごとき』ってなによ?!人のことバカにするんじゃないわよッ!!」葵は「朱音さん、落ち着いて下さい。」と諫めた。朱音こと夕泉は感情の発露が抑えきれず、店を飛び出し帰ってしまった。店長は稼ぎ頭の朱音に注意を特に促せなかった。・・・次の出勤日から他の女性から虐められるようになったのだ。居たたまれなくなり、しばらくし夕泉は退店した。お店を去っていく時、葵がちょうど始業前の店内清掃をしていた。「朱音さん...」「はい。」「辞めるんですか?」「うん・・・あたしがろくでもないことしちゃったからか今、他の女の子から虐められてて、辛いの。」「そうですか... お元気で」・・・。なにかを期待してただなんてあたし、どうかしてるよね。連絡先の交換?とか・・・引き留めてくれる、とか、葵さんが…、ないない。しょうがない!うんうん。
「ありがとう。お世話になりました、葵さん。」ペコリと夕泉はお辞儀をした。淋しいので、すぐさま夕泉は行こうとした。すると掃除機を手にしていた葵が左ポケットからメモを取り出した。「なにかあったら・・・僕でよかったら、いつでも連絡ください。」受け取り、見るとそこには...携帯番号とLINEの連絡先が載っていた。
夕泉は赤くなった。「これ・・・は?」「もちろん、僕の連絡先ですよ。」「あ・・・ありがとうございます。」恥ずかしくて、夕泉は逃げるように立ち去ってしまった。
そこから約半月経った。...仲良くしたいのに、勇気を出せなくて、夕泉は葵に連絡を一度もしていない。なにを話したら良いのかな?いきなり「ずっとすきだったの」なんて云ったら引かれちゃうよね??
久しぶりの快晴。お布団でも干そうかな・・・早朝からうんしょうんしょとベランダまで夕泉は大きな布団を持って行った。「フ~」麦茶をごくごく飲む。8月の陽射しでお布団が日光浴中。「おいしー、生き返ったぁ♪」午後も3時になり、お布団を部屋の中に入れた。
「葵さんどうしているかな~」
おとなしいけれど、言う時は黙っていない、店長に対してもそうだったな、葵さん。
湖のように静かな瞳をしているけれど、燃えたぎる芯のようなものを感じるわ。
夕泉はしばしキッチンで恋煩いする時間にひたり、楽しんだ。
「逢いたいな...どしても、葵さんに逢いたい!!」
夕泉は精神科の薬を飲んでいるので、夜9時ともなると・・・瞼が重~くなってくる。ね、ねむぃ・・・ 今日は布団を干したり家事をがんばったせいもあるのだろう、急な眠気に襲われた。ふっかふかのお布団に滑り込んだ。
そして・・・夕泉は!「念願の葵とのデートを果たした」!・・・夢の中で。
ふたりはカジュアルな雰囲気のファミレスで向かい合っていた。にこやかに自分のことを語る葵。「・・・うん、そうだよ。ところでオレ・・・ぁいや僕」と言う葵のことばの途中で夕泉が云う「オレって...言ってください。なんだか親しみを感じて嬉しい!」「はい、わかりました。オレは・・・この世界の人間じゃないんです。」「え?あ・・・あ...水商売は副業、ということかしら?・・・あ、それと、敬語じゃないほうが良いぃー」甘えるように夕泉がお願いした。「あ・・・はい、いや。うん・・・そういうことじゃなくて、オレ、人間じゃない・・・の。」え!葵さんたらなにを言い出すのだろう!とそこで「ぇぇぇえええ!?」と夢の中で大声で叫んだら、夕泉は実際にも声を出したらしく、自分の叫びで飛び起きた。
時計を見ると朝6時前。も、起きちゃおっかな~・・・それにしても、ふしぎな夢だったな。あの夢のつづきがまた見たいわ・・・今夜も葵さんに逢いたい。夢でも、嬉しかったよぉ
他になにをしゃべったんだろう?想い出せないな~。超しあわせだったムードだけは生々しい。
今日もいい天気。暑いけど・・・歩きたいな。ウォーキング行こ~っと。
夕泉は家から少し歩いたところにある、土手沿いの舗装された小道をそぞろに歩いた。
そこはサイクリングコースもある。大きな川が流れ、おひさまは強いが、爽やかな風があり気持ちよい。つば広のキャスケットをかぶり、歩きやすいスニーカーを履いた。キャスケットにはあごひもが付いているので飛ばされなくていいや、ちょっとダサいけど。
遠くに鉄橋が見え、電車が行った。ン~いい感じ。今何歩歩いたかな、スマホを取りだす夕泉・・・まだたった5420歩。まだまだ行くぞ♪夕泉はよく歩く時は2万歩を超える。空は濃いブルー。まっ白な夏雲は綿菓子みたい。…なんだか夕立ちきそうだな。今日折角花火なのにね。ンー...花火大会なんかに行けたら嬉しい、葵さんと…夢のまた夢だね。だってあたし、勇気出ないんだよ、連絡する...
葵さん、今日もお仕事がんばるんだろうな。応援、お祈り。
結局帰宅しスマホの万歩計を見ると2万歩を超えていた!「わ~い♪嬉しい。」案の定夕方は土砂降りになった。街が洗われているのを夕泉はなぜだか爽やかな心地で窓辺で見ていた。(でも・・・花火、残念だったね...)
その夜、日中たくさん歩いたせいか夕泉はコテッと20時にはベッドで眠りに就いた。
・・・またも、葵の夢を見た。今度はどこかの部屋にふたりきりでいる。
「逢いたかったの!・・・ぁ、です。」「良いよ、朱音さんも敬語使わずフツーにしゃべってほしいな~」「あ・・・うん。あたしね、夕方の『ゆう』に湧き出るあの泉と書いて『ゆうみ』って云うんだよ、夕泉って呼んでほしいな!」「わかった、オレは本名だよ。
なるほど・・・。夕泉はとっても植物が好きで、カメラが趣味だ。夜のお仕事をしていた時も、仕事前の朝など時間がある時はフラ~っとカメラを携え散歩をよくしていた。そのあともふたりのおしゃべりは和やかに続いた・・・
翌朝、「みた・・・っ葵さんまた出てきてくれたわ!」とひとりごとを寝ぼけ眼で言う夕泉。でも、紫陽花の話のところまでしか覚えていない。憶えているのはワクワクする心地。紫陽花の話のあとの内容は忘れちゃった。
これは・・・ 葵さんに現実世界で連絡を取りたくなってきた!今日は日曜日・・・出勤だったら忙しいかもな~。ゆうべはで週末で忙しかっただろうし。夕泉は今お店で、彼のシフトがどう組まれているかわからなく不安だったが、悩みぬいたあげくお昼頃に思い切ってまずLINEを送った『こんにちは、葵さん。朱音です。本名は
すぐに既読が付き返信がきた。『連絡ありがとう。元気にしてましたか?電話、今良いですよ! 葵より』・・・
どうしよう・・・ 夕泉はときめきとドキドキが止まらない。葵さんの声が聴ける、うれしい!
緊張する指であの日さっそくスマホに登録した葵へ通話ボタンを押す。葵はすぐに電話に出た。
「夕泉さん?!」スマホの向こうの葵の声が弾んでいる。安心と夢見心地が一緒くたになりさらに高鳴る胸。「はい!葵さん!・・・元気?...あ、今日はお仕事ですか?」「いいえ、今日・明日と連休になっています。」
・・・夕泉は思った。当然のことだが(あれは夢だったんだ~ 敬語で喋ってる。葵さん、夢で見たように『オレ』とか、あとラフにおしゃべりしたいな~)
そうこう考えていると「どうしました?」と葵さん。「あのぉ・・・敬語使わないで!あたし、葵さんと話してると安心するんです、敬語じゃなかったらもっと・・・」「あ、ああ、はい・・・いゃ、うん、わかったよ。」なんだか葵さん嬉しそう。「オレにも、夕泉さん、敬語使わなくて良いよ!!」「うん!」「あ・・・夕泉さん、電話くれたのはどうして?・・・自分から連絡先を渡しといてこんなこと言うのも変だけどさ。」「・・・あ、あ...」夕泉は束の間口ごもってしまった。そういう沈黙を何とかしようと喋り出す、というようなことは一切しない葵、ステキだなとおもう。待ってくれる。
「あたし、葵さんとお仕事してる時ね・・・すっごくこう、安心してたの。いまさ、あたし・・・心の病になってしまってクリニックに通ってるの。葵さんの声を聴いて落ち着きたくなったんだ~」
「そっかー・・・だいじょうぶ?夕泉さん。今はゆっくりしなさいって神様か何かが言ってるんだよきっと…のんびり過ごすことさ。」夕泉はやっぱり葵さんとしゃべるとホッとするなー、と安堵している。とともに恋心がスキップするのを抑えきれない。
そうして・・・夕泉はゆうべとついこの間、葵が登場した、摩訶不思議な夢の内容を話して聴かせた。「ネ!葵さん、おもしろいでしょ~キャハ♪」
あれ?・・・葵は笑わない。それどころか、真面目に、驚きを隠せないという感じでこう言った
「うそ・・・こんなことがあるなんて。メルヘンチックなその夢…実は、オレも見た。」「え!?」「2つの夢とも、いま夕泉さんが言った通りの内容だよ。ただ1つ・・・」なんともいえない歓びとショックを受けつつ「なぁに?!」と夕泉。「昨日の夢ではさ、オレ最後のほうで『自分が紫陽花の花で、夕泉さんに出逢った』ってしゃべったんだよ」!・・・(そこ、さっき葵さんに話し忘れていた。)それを聴き夕泉は、葵が自分に話を合わせているわけではなく、事実を語っているのだと、なお信頼した。
「あたし達って・・・縁が深いのかな?」ちょっぴり誘いたくて、夕泉は思い切って言ってみた。葵は「そうだと・・・うれしいな。」と答えた。(え!?)
「オレね、朱音、いや、夕泉さん...働いてる夕泉さんを見て、ステキだなーって・・・実は、感じてた。」「そうなの…」もじもじしてしまう。「夕泉さんはいつも明るくてさ、店内でトラブルがあっても…なんていうかな空気をそのあと和ませてくれてたよ。だから、虐めの話聴いたとき本当にショックだったな...」「ありがと、葵さん。」夕泉はチャンスだと思った。「あたし・・・」「ン?」「あたしね・・・葵さん、葵さんのことずっとスキでした。今もよ。」「ほんと?!う、嬉しすぎるよ!夕泉さん。憧れのヒトから告白されちゃうなんて・・・!」ふたりの間には優しくたっぷりの愛情が流れた。そして夕泉は言った。「ネェ・・・お互いさ、呼び捨てしませんか?」いつもクールな葵がまるで少年のように喜んだ。「オッケー!・・・ゆ…夕泉!」まるでそこに葵が居るかのように伏し目がちになり夕泉は「葵…」と呼んだ。
「ゆうみ・・・あ、まだ慣れないな、でもがんばって呼び捨てするね、あは。夕泉、今じゃあお仕事はしてないんだね?」「はい、葵。」しおらしく夕泉が答える。「あのさ、おとつい雨で延期になった花火大会、一緒に行かない?火曜日なんだよ。ちょうど、オレ、シフト入ってないの。」「うん!いくいく~♪」「じゃ、デート決定!」『デート』という響きに恥じらう夕泉。まさかこんなに、とんとん拍子にお願い事が叶っちゃうなんて・・・こわいぐらいよ!とっても幸せ。
「…それにしても」とふたりはやはり、ふたりでおんなじ夢を見たことが不思議でたまらなく、夢の細部を確認し合ったりした。「そうそう!ファミレスだったよね!」とか「ううん、『虫』じゃなく『蝶』と言ったよ」と葵がツッコミを入れてきたり、非常にエキサイトした。
1時間以上夕泉と葵はテレフォンデイトで盛り上がった。火曜日の待ち合わせ場所は夕泉の家の最寄り駅となった。デートの花火大会は夕泉の街で催される。聞くと、葵の家は隣町だった。電話で「こういうの、田舎の人だと『近所だねぇ』とか言うのよ!」と言って夕泉は笑った。夕泉は広島の山奥の出身だ。一方葵は生粋の東京生まれ東京育ち。電話で「夕泉を色んな所へ連れて行ってあげたいな」意気揚々とそう言った。
夏祭りまでの間中、夕泉は胸の高鳴りを強く感じていた、お買い物していてもこのドキドキする音・・・レジの人に聞こえちゃうじゃないかな、とすら思った。そうやって幸せに待ちに待ったお祭り当日だ。
夕泉は久しぶりに浴衣を取り出して着た。母親に教わったので着付けが出来る。帯ももちろん好きに結ぶ。ピンクに白い牡丹の花が咲いているあでやかな浴衣だ。帯は結ぶと黄色地に紅が斜めに入るように見えるシンプルなものを選んだ。
駅前にも屋台が並び、活気があり賑やかだ。「あ!葵ぃ~!!」がんばって呼び捨てで叫び手を振ってみた。先に待ち合わせ場所にやって来ていた葵。彼も一気に笑顔になった。「夕泉~」手を振り返してくれた。下駄でチョコチョコと賭けより「ごめんね!待たせちゃったね。」「ううん、約束の時間まであと15分もあるじゃん♪」葵は甚平を粋に着こなしていた。紺色で背中に派手に大きな鯉が描かれてる。「かぁっこイイ!葵のスーツ姿ばかり見ていたけど、甚平も似合うね!」「ありがと。夕泉も・・・えと・・・すごく、可愛い!」恋愛をすると、蒼ってこんなに少年みたいで愛らしいひとだったのかーと、夕泉は彼のチャーミングさにびっくりしている。
「花火会場に行くまでになんか買う?ほしいものある?夕泉?」と訊いてくれた。夕泉は胸がいっぱいで大好物のイカ焼きも食べれそうにないぞ。「ううん、あとで戴くわ!」「うん、わかった。じゃ、いこ」「はい。」コクリと頷いて、夕泉はお祭りで華やぐ商店街の中で、隣に居る葵の左手をキュッと握った。すると葵は力強く夕泉を包むように手を握り返す。「迷子にならないように、ずっと手を繋いでおこうね!」と・・・明るく、でもまっすぐに夕泉を見つめる葵。「はい。」
「晴れてよかったね!」夕泉が言う。「うん。綺麗な花火が楽しみだね!夕泉、あと10分で始まるよ。」スマホを見て葵が言う。花火は19時からだ。
ワイワイと物凄い人出だ。花火大会が始まるという場内アナウンスが流れた。「始まる~!嬉しいっ・・・」大はしゃぎの夕泉。その様子を見て微笑んでいる葵。
「あ!始まった!!」夕泉がキャッキャと喜ぶ。綺麗だね!と。「ほんとだー。紫とピンクと水色だなんて、組み合わせがオレ好み!すげー!綺麗だよっ。」葵も空を仰ぎ感動している。そこからは息つく島がないと言わんばかりに花火たちは消えたかと思うと空を美しく彩り、皆を圧倒した。大きな花火、細工が施された花火が上がる度に周囲でどよめきが沸き起こった。
「楽しい?」葵が不意にきいてきた。「もちろん!あまりにも素敵よっ・・・なによりも、葵とこんな風にできるなんて、夢みたい。」
その、夢…だが、電話でデートの約束をしてからの間、夕泉は全く夢を見ていない。そう、「眠った時にみる」夢だ。
葵に「夢みたいよ」と伝えたあと、ふと夕泉は(葵は夢をこの
人々は、屋台へ寄ったりする人も中には居たりで散り散りにだいたいが駅へ向かってゆく。ここら辺では大きな夏祭りなので、電車でわざわざ皆やって来るのだ。
「素敵だった~」興奮冷めやらぬ夕泉。「うん。ほんとう・・・オレ、誘ってよかった、夕泉を。」「うふふ♪ほんとうにありがとう葵!」ペコリ。そして夕泉は言った「ネェ~、こんなこと訊いちゃって良いかしら?...」「どしたの?」「う…ん。葵って何歳?」葵は笑って「なーんだそんなこと?遠慮しないで、夕泉。オレは48。」「あたしと同い年だ!」それを聴いて、葵が腰を抜かした!「え?・・・えぇッ?!冗談だよね?・・・夕泉ってさ、30は行ってるとは思ってたけど、40代には見えないぜ?マジで?!」「はい、マジで。」「凄く…そのぉ…可愛い同い年だな。」葵の顔が赤くなった。夕泉は喜んで歩きつつ、繋がれた自分と葵の手を大きく振った。「ありがと...!」そしてすかさず言った「あたしが今何を感じているかわかる?」「ン、なぁに?」見当のつかない葵。「右に並び驚いてるの!葵の年齢に…40才ぐらいかなって思っていたの。」「そうなんだ~、オレ、男としてもっと落ち着いたほうが良いかな?」「ううん、瑞々しくてとても、魅力的...」視線を少し背け斜め横に落とす夕泉。褒めるの、精一杯だった。葵にたいして照れる気持ちがこみ上げる。桜色に頬が染まった。
「夜道、危ないから・・・お家まで送るよ、夕泉?」「ぁ・・・はい。ありがとう、お願いしたいわ葵。」花火の会場から夕泉の自宅まで歩いて約15分だ。ふたりはあれこれとおしゃべりに花を咲かせながら歩いた。「え!葵もクラッシックな洋画が好きなの~?!奇遇ね!」「ほんとだね!オレはモノクロ映画やサイレントも観るよ」「あたしもよ、ちなみに古い邦画も好きよ。」趣味の話も尽きない。そうこうしているうちにあっという間に夕泉のマンションに到着した。
葵は玄関前まで送ってくれた。「今日はありがとぉ、葵!・・・」「うん。こちらこそ、お誘いに乗ってくれてありがとう夕泉。すっごく楽しかった。」「はい!あたしも。あの...葵?」「ン?」「大スキ!」チュ!
そう言って下駄の足を少し背伸びし夕泉は葵の左のほっぺにキスをした。葵は一瞬驚いた風だったが、すぐに夕泉の背中に腕を回し抱きしめた。「オレも、愛してる。夕泉・・・夕泉?」「はい...」「キスしても、良い?…」夕泉は少し離れ、葵の顔を見て黙ったままコクリと頷いた。ギュッ。夕泉を再び抱く葵。さっきより力が強い。そして、今度は夕泉をみつめる葵。葵の唇が夕泉の唇に触れ、ふたりは、がまんし切れないといわんばかりに互いの口を食べるようなくちづけを何度も交わした。そして葵はそっと顔を離し、すぐに夕泉の後ろ頭を優しく撫でた。ポニーテールに覆われていた内側の処だ。「あ・・・ぁ…しあわせよ。葵。」「オレも・・・」。
離れがたいふたりだった。けれど、葵は言った「明日は仕事だし、夕泉、疲れたでしょう…オレ、帰るね。またデートしよう、夕泉?」「はい。」ふたりの微笑みは花火のように綺麗。
「気を付けてね、葵。」「うん。おやすみなさい。戸締まりしっかりするんだよ夕泉。」「はい。」
扉を閉めた・・・葵の香り。残ってる。整髪料かなシャンプーかな、甘くてイイ匂い。
オフロに入り、夕泉はバタンキュー。そしてその夜、数日ぶりに夕泉は夢を見た。
夕泉の部屋に葵が居て、ふたりでキッチンでごはんを食べている・・・おかずは?…夕泉が作った鶏の竜田揚げとポテサラ。ふたりとも缶ビールを飲んでいる。「わぁ、いっただきま~す・・・!うん、美味しいよ、夕泉。」「ほんと~、葵。うれしー。葵のためにね、実はレシピを見ながらおとつい練習もしたのよ、うふふ♪本番大成功~!かんぱーい!」夕泉は久しぶりにアルコールを戴きほろ酔い気分。「夕泉?ほんとにお泊まりして良いの?」「...はい。」恥じらいながら答える夕泉。
そうしてふたりは狭いお風呂でキャッキャとはしゃぎ、洗いっこをし、さっぱりした。いつものパジャマではなく・・・セクシーな薄桃色のベビードールだけを身に着ける夕泉。ゴクリ、とそばで葵が生つばを飲み込むのが確かに聴こえた。葵は下着のみだ。
「抱いてください・・・」大胆にも夕泉は葵を誘った。「うん・・・好きだよ、夕泉…」。
そのあとは・・・ ふたりは熱く、熱く、しつこいほどに愛し合いくちづけしたまま眠った。
そうして、早朝に夕泉は葵の寝言で目覚めた「ンー・・・むにゃむにゃ...オレのゆうみぃムニャムニャ...」(あおい!かわいいっ!!)と
抱きしめようとしたら、葵は居なくて、そこまではぜんぶ夢だったんだ、って気づいた。
(ン?きのうの花火大会も・・・もしかして?夢?やだ~・・・そんなことないよね!)頭はボーっとし、半分夢の中ながらも夕泉は考える。
スマホを見てみる。あ、葵とのお祭りの待ち合わせのやり取りがメッセージで残ってる~♪ランラン。ほんとうだったのね!お家まで送ってもらったことも・・・キス…したことも。素敵!
今日はお仕事だな~、葵。ふぁいと! さぁ、あたしはなにをする?あ、今日もまたお布団干そっかな?朝からおひさまギラギラだもの、ふっかふかになるね。
うんしょうんしょとお布団をベランダへ持って行った。枕も干そーっと。・・・恋人が出来たときのためにと、2つ用意していた枕。・・・ゆうべの夢、本当になったら?キャ!あたしったら。でも...愛しているからやっぱり、そうなりたいわ。葵と。
トーストとバター入りのスクランブルエッグを焼き、モカを淹れ、いっただきま~す♪ベランダのアガパンサスが咲き誇っている。嬉しいな。
「ごちそうさまでした」…夕泉が食器を洗っていると電話が鳴った。慌ててタオルで手を拭きスマホをとると、『葵』!!「葵?あたしよ、おはよ~。」「夕泉!きのうはありがと。おっはよー。」「早起きだね、まだ7時だよ?」「うんうん。興味深い夢を・・・みて・・・そのぉ」「もしかして?…あ・・・ぁ、またいっしょの夢だったらミラクルだね!?葵。実はあたしも数日ぶりに夢を見たんです!」「ど・・・どんな夢?」電話の向こうの葵、なんだか落ち着きがない。(きっと同じ夢だったんだわ・・・どうしよう)。逃げ出したいようなくすぐったさ。「ン・・・葵から先に聴かせてほしいわ...」夕泉はちょっぴり悪戯っ子な気分になった。葵は、少し沈黙し...「じゃあ言うよ?」と言った。「うん」。
「オレと夕泉が・・・結ばれる夢!」またふたり同じ夢を見た・・・ふたりは確認作業を始めた。夢のストーリーを順を追って互いに質問し合ったのだ。見事に合致した・・・
「あ、あたし達・・・」嬉しいけれど、何か霊的なもののしわざかと??ちょっぴり不安になってきた夕泉が口にした「お祓いとか、そういう所に行ったほうが良いのかな?」すると葵が「だいじょうぶ。」とだけ言った。「え?なんで」と冷静な葵を少しいぶかしがる夕泉。「オレが居るからだよ・・・なにがあってもオレが守るから、夕泉?なんでオレがこんなことを言うのか…できたら説明したいな。」「...うんうん!ぜひ聴きたいわっ、葵。」「オレね、ゆっくり話せる良いお店知ってるの。和食だよ。予約しても良いかい?ごちそうさせてほしいな、夕泉。」「キャー、お造りとか食べたい食べたい!」あ・・・くいしんぼう丸出しになっちゃった。「アハハ♪ほんと、夕泉は可愛いね!」
そうしてふたりは2回目のデートの約束をした。
明日は葵とデート・・・こころウキウキ、そして、なにやら『夢の不思議』について知っていそうな?葵の話が何なのか気になりソワソワ…
ンーととにかく明日もかわゆい恰好でいく!
すでに着ていく服を夕泉はハンガーにかけている。ヘアスタイルはさ、ポニーテールじゃなく明日は髪の毛を下ろしていく。
お布団を15時過ぎに取り入れたら、やっぱふっかふか。イイ気持ち。しばしゴロゴロその感触を楽しむ。そろそろお店ね、葵。開店準備があるからね。しかしあの子達ほんと意地悪だったな~。例の虐めだ。葵のことを「ボーイごとき」と言った客にカッと来て夕泉はお客様の顔を叩いてしまった、その次の出勤日から無視が始まったのだ。可愛がっていた後輩の子達からだ。最後にはロッカールームの鍵穴にガム詰められてたっけな...あ~いやだいやだ。もちろん、夕泉は人を殴った事については猛省した。感情的になってしまった事に関しても。また、仕事をほっぽり出して帰っちゃったことも、店長に謝り倒した。店長は「朱音ちゃん、無理ないさ、良いって。それより、これからもがんばっていこうよ!ネ!?」。朱音こと夕泉は売り上げトップの嬢だったのだ。
けれど・・・一見強気に見える夕泉、ほんとうは気の弱い繊細な女性だ。真に気の強い人間であれば、あの場面でこらえられただろう。
布団でゴロゴロしつつ色んなことを考えた・・・しばらくカウンセリングも受けながらゆっくり元気になろう。十代のころから働きまくってきてよかった...今、夕泉にはしばらく暮らせる貯金があるのだ。派手な遊びもして来なかった。だから東京が長いけど、観光地などほとんど行ったことがない。これまでの交際相手はなぜか出不精の人間ばかりだった。朗らかだが内気な夕泉には友達が一人もいない。欲しいとも思っていない。夕泉にとっては、人間よりも植物や海や月が信じられる存在。
若い頃から、風俗に遊びに来る様々な男性達の事情や悪っぷりなどをあまりにも知り、ヒトに疲れているのだ。
夕泉は季節が来るたびに、街のどこになんの花が咲くか細やかに覚えている。それは写真が趣味だからかもしれない。近所の庭先の植木鉢の花が変わった時にも気が付くぐらいだ。
あじさい・・・かぁ ふと夕泉は、夢の中で葵が「オレはそのとき紫陽花の花になってた」と言ったことを想い出している。(名前は『葵』なのにね、アオイの花じゃなく紫陽花に化けてたんだ~)ウフフとひとりで笑う。
デート当日は車で葵が迎えに来てくれると言った。「マンションの下に着いたら電話するよ。」と葵は言った「はい♪」「美味しくって、雰囲気バツグンの店って友達が言ってたんだ、きっと良い店だとおもうよ!」「はい、うれしいわ!!」
デートの早朝、ごきげんな目覚めだ。曇り空だけど好きよ。降らない予報だし。
夕泉は気持ちよ~くオフロした。蓮とジャスミンの香りがするバスソルトをバスタブに入れゆっくりつかった。極楽~!!
念入りにお化粧をし、たぶん・・・高級感のあるお店だろうから、ときのうから準備してあったお洋服はシックな装いだ。上は紺色のカシュクール。スカートはクリーム色、ミディアム丈のシフォンのフレアスカートを纏った。いつもはゴールドを好む夕泉だが、本日は小さいけれどダイヤの付いたプラチナのネックレスを身に着けた。黒いパンプスはヒールが高めのものを選んだ。
約束の10時だ!ドキドキしながら窓から階下を見下ろす夕泉・・・はやく逢いたいわ!あたしの・・・葵!
...あ!濃紺のセダンが。わくわくしつつみていると夕泉の携帯が鳴った。「ハイ♪」「あ、夕泉?着いたよぉ」「はい、すぐに行きます!!」
車内ではイイ感じ。「今日の夕泉、大人っぽくて、綺麗だよ…」「ありがと...」こういう時はレディーにお返事。葵はチノクロス生地のベージュのパンツに薄桃色のカッターシャツをさりげなく着こなしている。足元は黒いモンクストラップの革靴だ、とてもよく手入れがされている。「葵っておしゃれなだけじゃなく、身につけるものを大切にするのね…とてもステキよ。」「そう? ありがと!」信号待ち、夕泉がねだると葵はすぐに応えキスをしてきた。お店は夕泉の家がある街の隣の隣の街。40分ちょっとで到着した。お店の入ったビルの地下に駐車。お店は1階だ。『料亭
仲居さんが何品かずつお料理を運んでくる。とてもゆったりとした空間。パッと見お座敷だったが堀席なので足が楽ちんで居られる!
お酒は要らないということはあらかじめ葵がお店に伝えておいたみたい。エアコンが良く効いていて涼やかだ。ふたりは温かいお茶を戴きながら食事を楽しんだ。
何品目かのお料理が運ばれたあと、待ちきれず夕泉が口に出した「ン~、ひ・み・つ・・・は?葵?」おねだりするかのような顔で言った。「うん。」葵はちょっぴりかしこまったように見えた。そして
「オレは・・・この世界の生物じゃないんだ。」とふたりが同時にみた例の夢のセリフを云ったので「んもぅ~♪」と夕泉は笑った。しかし葵は笑わない。
「夕泉、ほんとうなの。」え・・・ 夕泉はもう笑っていない。話し出した葵に耳を傾ける。
「オレは、妖精たちが棲まうフルーリランドの王子なんだよ。父親である国王にこっぴどく叱られフルーリランドを追放されたのさ。」夕泉はもちろんまじめに聴いている。「びっくりするようなお話だけど、葵・・・あたし達が経験したことってほんとうに不思議だったもの、わかるわ。けど、葵は…ンと、王子様はいったい何をしてしまったの?」「ある日オレは花の姿になってマンウォッチングしていた・・・そして...人間に恋をしてしまったんだ。」「ぇそれって・・・」「そうだよ、夕泉、オレは妖精の身でありながら君を愛してしまったの。」「『紫陽花』のとき、ね・・・」「うん。」「妖精の王子様は恋をしたらいけないの?」「そうなんだ、フルーリランドの掟さ。多くの妖精は人間嫌い。悪者呼ばわりさ、安易に花をむしったり、妖精世界に敬意が足りないとね。でも、たぶんにうちの父、つまり王がみんなに言い回ったのさ、そんな風に...」にわかに信じがたい話だが、夕泉の場合、実際に葵とミラクル体験をしているし、自然が大好きな夕泉には葵の話がスッと入ってきた。葵は続けた。「そんな折り、縁談が舞い込んでさ」「葵に?」「うん・・・隣のルビッタランドのお姫様さ。でも、なんの好意も持たない彼女と結婚だなんてオレには出来ない。オレは王に自分が君を愛したことを告白した。」「それで・・・」「うん。それで『二度と妖精界に帰って来るな!』と追い出されたんだ。」
夕泉はこれまで『ふたりで一緒にみた夢』のことを訊きたくなった。「ネェ葵?」「ン?」葵はおだやかで優しい表情だ。「『夢』のことは?・・・あれは、葵がかけた魔法だったの?」葵は静かに首を横に振った。「そのことだけど、オレの魔法ではない。ただ・・・女王、つまりおふくろが魔法をかけた可能性はある。」「どういうことかしら?」「女王はオレの気持ちをよく理解してくれたよ。だって・・・」ちょっとそこで葵は黙った。「だって?・・・なぁに、葵」夕泉が促し葵のことばを待った。
「母は元人間だったんだ。」「え!!!」(お父さん、勝手すぎじゃなーーーい?!)と口には出さないが心に思う夕泉。「夕泉、わかるよ!」夕泉は葵の読心術に驚く「父だって掟を破っている。」「でもぉ、お父様、つまり王様はその・・・葵のおじいちゃんに妖精界から追放されなかったのは、なんで?」「なぞ」ガクーーーー。葵のそのひと言にずっこけそうになる夕泉。「そ、そうなんだぁ~アハ」。「おかしいね!アハハ」葵も笑い出した。明るいふたりだ。
メインディッシュのミディアムレアの大き目のステーキ、ほっぺがとろけそうなぐらい美味しい。葵はたまらずモグモグしつつ左手の親指を立てて夕泉に微笑んで見せた。「ンンーーーーー」とお口にお肉が入っているので閉じたまま喜びを露わにし頷く夕泉。
「訊いても良い?葵...」「うん、良いよ。」「あのね、妖精の…ええと、フルーリ?ランド、への入り口は?妖精界と人間界の出入り口!!どこにあるのですか?」「うん、それはね夕泉。空中なんだ、夕泉ならイメージできると思う。高い空から落っこちてきたわけじゃない、足でくぐってこの世界へやってきたんだよ。」ドキドキ。興味津々、あたしもフェアリーの国へ行ってみたいかも。「葵?あたし・・・妖精界へ遊びに行ってみたいわ。」「だめだめ!それは、夕泉の命にかかわるかもしれないから。オレは賛成できないよ。」「やはり、行ったら人間嫌いの妖精さん達に攻撃されるの?」「みんながみんな悪い妖精ばかりじゃないんだ、でも、おやじに見つかったら…夕泉がどうなる事やら、心配しかないよ。」
料亭花乃なかの個室にデザートが運ばれてきた。「わっぁ~!綺麗・・・」それは精巧に作られたお花の形をした和菓子である。ひと口戴く。白餡がメインみたい。おいしい!!そしてピンクや緑、黄色がグラデーションになっている。
「職人芸だね!」と葵が言った。「このお店、ずっと気になっていて・・・夕泉をずっと誘いたかった...」「嬉しいわ、葵。あたしの・・・王子様。」思い切って夕泉はそう言った。葵は「オレのプリンセスは君だけさ、夕泉。」ラブリーな空気に包まれる。
お菓子には今までいただいていたお茶とは違う緑茶が添えられていたが、これも薫り高く最高だった。楽しみにしていたお造りもたらふく食べたし、大満足の夕泉。
お店を出てすぐに腕を絡め夕泉は言った「ごちそうさまでした」すると葵が「嬉しいな~、オレ。こんなにお姫様に喜んでもらえて!ありがとう、夕泉。」そう言って右の頬にライトなくちづけをくれた。ふたりはそうして車に乗った。
「夕泉を連れて行きたい場所があるの。」葵がそう言う。「わー、どこでしょう?!」すると葵がオウム返しにあどけない口調で「どこでしょう?ネ~夕泉?」と言った。
ふたりは高速に乗った。西へ向かっている、そして南に下り一般道へ下りた。しばらく行くと、松林の向こうに・・・海!そこは夕泉の大大大好きな、海だった。泳ぐことなんて苦手なのに、海が大好き。盆地で育った夕泉には海に並々ならぬ憧れがあるのかも。水平線がバッと視界に広がった。もはや悲鳴とも雄たけびとも呼べるような歓喜の声を上げる夕泉。「泣きそうよ、素敵すぎて!葵...」。「泣かないのっ、あはは。かわいいね、夕泉。」王子様の安全運転たるや、ほんとうに夕泉は自分が大切にされていると感じる。そして必ず助手席のドアの開け閉めをしてくれる。
浜辺のパーキングに車が着いた。そのとき夕泉はさっきまではしゃいでいたのに、真顔となり急に尋ねたくなった・・・「葵は...いつ人間界にやって来たの?」ニッコリする葵「『紫陽花』の直後だよ!」「そうなのね」。夕泉という女はだいたいにこうなのだ。急に何かを始めたり、突然その場に関係のなことを云い始める。ちょっぴりとんちんかんかもね。葵はそういういわば、ぬけさくな部分もをわかった上で夕泉を愛しているらしい。
「いこ」助手席のドアーを開けてくれた葵が手をさし出す。「はい♪」夕泉は手を伸ばし彼のエスコートで歩く。ドライブしているうちに隠れていたおひさまが出てきた。しかし8月下旬、まだまだ暑いはずなのにここはとても爽やかだ。まだ海水浴をする人で賑わっていてもよさそうだが、サーファーが数名居る程度。「穴場なんだよ~、ここ!」と葵が夕泉に教える。「それで静かなのね・・・波音が心地よいわ、なんてステキ。」葵は夕泉がヒールの高い靴を履いているのを気遣い、ふたりは砂浜には下りず舗装された海岸沿いをそぞろに歩いた。涼やかな潮風が夕泉の黒髪をなびかせる。それでもまったく暑くない訳ではない。夏だ。葵の顔を見ると額にうっすらと汗をかいている。夕泉はすぐにバッグから大判のタオルハンカチを取り出した「こっちを向いて、葵」ふたりは立ち止まった。そして夕泉は葵の汗を拭ってあげた。実はお上品な菫色のレースのハンカチとこのハンカチと2つ持ってきていた。こういうこともあろうかと・・・「ありがと、汚れちゃったね、ハンカチ。」なんて葵が言う。「そんなこと言わないで!あたしの・・・スキなひとの匂いよ。」その言葉に葵はちょっぴりドギマギしている様子だった。気持ち良いので、風に誘われるかのようにふたりは思いのほか歩いた。するととても大きな岩があった。「すごい~、なんだか神秘的だよ?葵。」「うん、この岩は優しい。」「ぇ?」はてな、と夕泉は思った。「このあたりに住まう人たちを守っているよ」「葵、わかるの?」「うん。」葵は・・・子どもの頃に読んだ童話の世界からやってきた、ほんものの王子様だわ!夕泉は気持ちがはずむ。そして夕泉は誘惑したくなった。葵の手を引っ張り岩陰に誘導した。そして夕泉は、岩に自分の背中を当ててもたれかかって見せた。葵の瞳をじっとみつめる。葵は・・・そっと夕泉の肩を抱いた。そしてふたりは長い長いくちづけを繰り返す。夕泉の腰をギュッと抱く葵。くちびるが離れた時たまらず「すき」と夕泉は気持ちを告げる「オレも、愛してるよ夕泉」。優しい岩はひんやりと冷たく涼をくれた。そしてHotな時間も与えてくれた。
ふたりはゆっくりと手を繋いだまま車に戻った。しあわせな時間は過ぎるのが早く感じられる。車の時計を見て「もう4時!おやつの時間すぎちゃったね!」と夕泉は言いすぐさま付け加えた「けどおなかいっぱい!!ごちそうをいただいたから♪」「うん。残さず食べれたね!夕泉。さすがくいしんぼー」葵が冗談を言ってきた。「もうっ」夕泉が怒るふりをして車内にハッピーな笑い声が響く。
夕方6時過ぎに夕泉の家に到着した。「今日はありがと、葵。」ペコリ。「今度・・・良かったら、あたしの手料理を召し上がる?あそびにきてほしいの...」恥ずかしそうに夕泉は伝えた。葵は「良いの?もちろん、お姫様のお誘いをお断りするわけにはまいりません」と葵がペコリ。そして続けて葵は言う「鶏の竜田揚げね!オレ、好きだよっ。ポテサラも!!」あ!・・・もしかして?...目を丸くしている夕泉をみて葵が言った「夕泉も・・・あの夢で?お料理してたんだ?!当たり?」「うん・・・そう…です。」ふたりの表情がさらに華やいだ。そして赤くなった…。だって、ふたりで朝を迎えるといった同じ夢を見たのだものね…奇蹟を再確認!
そしてふたりは、お家デートしよう、となった。
葵は「来月のシフトの上旬にね、連休があるんだよ。でも、オレは夕泉に合わせるよ。」と言う。「あ・・・あたし、葵にお泊まりしてほしいの。だから…その連休の時が良いわ。」葵は再び照れている。「わかった。じゃあそうしようか!」「はい♪」
約束は9月7日となった。残暑が厳しい。風鈴が揺れる。チリン・・・
夕方にはヒグラシの鳴き声がするようになった…カナカナカナカナ...夕泉はあの物悲し気な音色が好き。
葉月から長月へと時間が移ろい、ほんの少し風の色が変わったように感じる。向日葵が名残り惜し気に太陽を探す。そんなこんなでいよいよ・・・今日は朝から葵とお家デート。夕泉の部屋にあそびにくる。きのう念入りにお掃除をし、朝からエプロン姿で竜田揚げをあげる夕泉。ポテサラはもうゆうべ作り、冷蔵庫で控えている。リンゴは入れない。魚肉ソーセージ入りだ。あとはニンジンと玉葱とキュウリ。
キッチンで鼻歌を歌っていると、玄関チャイムが鳴った。グッドタイミング、丁度竜田揚げをすべて揚げ終えたところだった!
「は~い♪」葵だ!・・・扉を開ける。「きたよ!夕泉。」「待ってたー、葵ぃ」にゃんこのように甘える夕泉。夕泉のいちご模様のフリル付きエプロンを見て「そんな可愛い格好してお料理してたの?」だなんて言う葵。「はい♪」葵が「はい、これ!」と紙袋を手渡してきた。みると・・・どうやら、ケーキ!!「マンションのはすかいにケーキ屋さんがあるんだね。」「そうよ、ここのケーキすっごく美味なの!!ありがとー、葵。」「ケーキの箱、あけたいっ。」待ちきれない夕泉が言う。「どうぞ」ニッコニコの葵。モンブランと、ショートケーキと、チーズケーキと、フルーツタルトが入ってる。「あ~、どうしよー。2つでしょぉ・・・選びきれない。ぜんぶ好きだもん!」「アハハぜんぶ夕泉が食べて良いんだよ!」ぇぇえ、でも、葵と一緒にたべたい...「実はオレ、甘い物得意じゃないの・・・」「そうなの?」「うん。夕泉は好物でしょ。でもいっぺんにたべちゃだめだよ、健康のためにね、分けて食べるの。イイ?」「ハ~イ」。
ケーキは冷蔵庫にしまい、竜田揚げとポテトサラダをお皿に盛りつけ、ひえひえ缶ビールを冷蔵庫から出した。
「うっまそ~!!」葵の瞳が輝く。「いっぱい食べてね~。」「うん!カンパーイ♪♪」ふたりの胃袋は今日も楽しく満たされた。
そうして・・・?夕泉は言った「夢のように、したいわ...」「あ・・・」葵の頬が赤らんだのはアルコールのせいではなかった。
「オフロ・・・葵と入りたいな...」夕泉は素直に打ち明けた。「良いの?」葵は緊張の面持ち。夕泉がコクリと頷いた。「...嬉しいよ、夕泉。すごく・・・好きだよ。」「あたしも…」。ふたりはすでに脱衣所でラブラブムード満点。
生まれたままの姿になったふたりは神聖な気持ちになった。・・・そうしてオフロでも互いに愛を与えあい、湯船につかっておしゃべりをした。
たとえばこんなこと・・・「あたしはね、小さい頃ママとゆっくりお風呂に入りたかったけど、あたしといっしょで水商売...それもお店のママだったから一緒に入れずおばあちゃんに入れてもらったんだよ」とか、「あたしはヘアアクセサリーをいっぱい集めているのよ」などなど・・・あと「葵が変身していた紫陽花は何色だったのかな・・・?土が酸性だと青いお花になるし、アルカリ性だとピンクっぽくなるんだよ…」すると葵が「オレは青色の紫陽花になっていたんだよ。恋煩いで想い悩んでいたからブルーさ...」そう言って夕泉をわざと上目遣いでちらりと見た。「うふふ♪葵って素敵ね!」くちづけを交わすふたり。
「ちょっとのぼせそうになってきたよ~、夕泉、上がらない?」「そうね!」
夢のストーリーではピンクのベビードールを着た夕泉。でも、今は凄く葵と語り合いたくてやわらかい生地のバスローブを羽織った。葵も「良い素材だね、凄く気持ち良いよ」と言った。
「葵…?」「ン?」「あたし・・・フルーリランドにやっぱり行ってみたい!あたしには葵が居るもの。なんにも怖くないわ。お父様だって、かつては人間だったお母様を愛したのでしょう?わかってくださるわよ、きっと!」・・・しばし沈黙が続く。「オレ、わかんないんだよな。どうして王、つまりうちの父親は人間である母と一緒になったのに、オレを追放なんてしたのか。その上『妖精界では人間との恋は禁止』だなんて、あべこべだろう、話が。それにうちのじいちゃん、父のことを当時どう考えたのかな・・・話してみたい気はするな。」
「あたしね」唐突に夕泉は言った「あたし、大丈夫だと感じるの。なんの根拠もないけど、悪いことは絶対に起こらないわ。…実は・・・興味本位だけで『妖精界へ行ってみたい』と言ったのではないの。葵・・・葵の大切なお父様と葵に仲良くして欲しいの。」「オレはもう48才だよ、夕泉…」「あたしの息子だってもう26才よ。でも、心底かわいいわ。命を懸けて守るほどにね。だから・・・」葵は黙って考え込んでいる。「だから、あたしを連れて行ってください。」キッパリと夕泉は言った。今はのほほーんとしたドジな夕泉ではない。
葵はそっと夕泉の長い髪を撫でた。「夕泉、わかったよ。」
「じゃあさ、夕泉・・・お着替えして。夕泉のセクシーなバスローブ姿をほかの妖精たちに見せたくないよ。」「キャハ!はい、わかりました。」夕泉はデニムパンツを履き、赤いカットソーを着た。「靴を履くんだよ。」と葵が言うのでスニーカーを履いた。葵はデートしたままのドレッシーないでたちだ。
葵がそっと夕泉に両腕を回し抱きしめた。「花の香りがするね、いつも夕泉は・・・」「そう?お花大好きだから嬉しいわ。」「じゃあ・・・夕泉、瞳を閉じてね。」「はい…」夕泉は葵の胸に顔をうずめている。と、急にふわっと体が宙に浮く感覚がした。「だいじょうぶだよ、夕泉。いま移動中。もう目をあけても良いよ。」そっと瞳を開くと・・・まるで!ふたりは万華鏡の中にいるかのような景色!!くるくると輝く星屑のような煌めきが姿形を変えてゆく。うっとりする光景だ。自分達が動いているのか、周りが回っているのか分からないようなミステリアスな感覚。「夕泉?」「はい!」「もう一度瞳を閉じて・・・」「はい、葵。」するとさらに身体がふわっと浮いた。と同時に閉じている瞼に明るい光が当たるのを感じた。そして葵に抱かれたまま夕泉の足は何処かに着地した。ストン!
小鳥のさえずりが聴こえる。「オッケー。夕泉、目をあけて良いよ。到着です!」「はい・・・」わぁー・・・!なんて美しいのだろう。色とりどりの薔薇の花が咲き乱れ、芳香を放っている。足元にも小さな花々が咲き乱れ、草はふかふかとし、スニーカー越しにもいい気持ちがする。
夕泉は(フルーリランドには羽の生えた妖精さんがたくさんいるのだろうな)と想像を膨らませていた。が、ここは夕泉が生まれ育た故郷の山あいの田舎町の雰囲気だ。お店もあるし、人?妖精?もフツーに歩いている。空中を飛んだりしていない。背丈も人間と何ら変わりはない。少し小さい声で「葵?...みなさん、妖精なの?」と訊く「うん、そうだよ。」「あたしが人間だって・・・わかるかなぁ?」「ううん。みんな自分のことに一生懸命で構ってられないのさ他者のことは。だから気づかない。
」「そうなんだー・・・」きょとんとする夕泉。しかし次第に皆の注目を浴び始めた、それは葵がプリンスだからだ・・・「あ、王子様!ごきげんいかがでございますか。」あちこちから声がかかる。「王子様、こんにちは。」「これはこれは王子様、麗しいお友だちをお連れで。ごきげんよう。」
和やかな空気が流れている。夕泉はほっとした。ところが・・・向うから華やかなドレスを着、お供を引き連れている女性がやってきた時...葵の表情が変わった。「ルビッタランドお姫様だ。」「あ、葵が縁談を進めるはずだった女性ね?」「うん。」もちろん、ルビッタランドの姫は縁談破棄になった事情を知っている。「夕泉、離れて。ほら!今は、夕泉に何かあっちゃいけないから。」夕泉は葵の言う通りに大きな木の幹の後ろに隠れた。・・・「あら?!葵さん」それをきいて夕泉は目が点になった…王子様の時の名前も『葵』なんだ~と。こんな緊急時にどこか呑気な夕泉だ。まあ、しかしそうだよね。
「こんにちは、
「この度は、お姫様に勝手な事をし申し訳ございませんでした。しかしながら、うちの国の内情までご心配されずとも結構です。」葵ははっきりとルビッタランドの姫の言葉に返事をした。「あら、そぉう?フフフ・・・さ、行くわよあんた達」。その姫はお供に向かって言い放ち去った。四辻を彼女らが右に曲がったところで、葵が「おいで、夕泉。」と声をかけた。夕泉はサッと出てきて葵の右腕に自分の腕を絡ませた。「・・・オレは、夕泉を一生守り抜くし、夕泉だけのものだよ。」夕泉は黙ったままコクリと頷いた。
「お城へ行きましょう・・・葵。あたし、お父様とお母様にお会いしたいんです。」
「もちろん、王と女王に君を会わせる気でここへ来たんだ。それと・・・心配しないで、夕泉。」夕泉は葵の言葉を待つ。
「オレは自らフルーリランドを出てゆく。人間界に戻り、人間になるんだ。」
「え!葵... そんな事をしたら、大事なお父さんとお母さんに会えなくなってしまうんじゃないの?」
「・・・そうかもな。ただ、両親が会いに来てくれる可能性はあるかもしれない。ほら、オレが紫陽花の花になって夕泉に恋に堕ちた日・・・オレは妖精のまま人間界にあそびに行っていた訳だからね。」「はい…」
葵と手を繋ぎ、どこか懐かしいようなその町を歩く夕泉。八百屋さんがあったり、たばこ店があったり、都会ではないので店は少ないが、ほんと人間界そのものだ。ただ、ここは花々が多い。(今カメラがあったらな~!)などと夕泉はまたも呑気な悩みを考え付いたりもした。お花の種類も、人食い花が咲いているでもなく人間界と変わらない。あ・・・他にも人間界と違う点があった。道ゆく人は殆どが笑顔で、ふんわりとしたやわらかな空気に包まれているというところ。田舎育ちの夕泉、田舎の人だからと言っていつものんびりゆったりスマイルなのかというと…そうではないと知っている。
色んなことを感じつつ、葵の手をしっかり握り辿り着いたお城!「ここだよっ」と葵。ぇぇえーーーーーーーーーー。お城までこうなの???
夕泉はメルヘンチックなヨーロッパのキャッスルの様式を妄想していた。…が、そこはまるで旅館であった。妖精界でさっきまで見てきたお家よりも少しだけ大きめの日本家屋ではないか。葵は庭先の門にあるインターホンも鳴らさず、暗証番号をカチャカチャと押しロックを開けた。(門の所にお城を守ってる人とかもいないんだ~)それこそラフな田舎っぽいな、などと夕泉は思った。
「お城」の庭である石畳の小径をふたりで歩く。そして、入り口…うん、フツーの玄関だ、玄関に到着した。そこで再度暗証番号を押し、葵は扉を開けた。
すると慌てたように一人の男性が駆け付けた。「ああ!これは・・・王子様!お戻りですね。」「はいそうです、王は居ますか。」葵はその人に言う。男性はどうやら使用人のようだ。たまたま廊下を通りかかった和服姿の美しい女性が駆け寄ってきた。「葵!」「母さん・・・母さんだね?あの『夢の魔法』は。彼女にもかけたんだろう。この女性が夕泉さんだよ。」女王は涙を零している。「ええ、そうよ。お父様はお前を許さなかった。でも、私には分かるわ、おまえの気持ちが。」・・・夕泉がこの人が葵のお母さんなんだな、と理解し静かにしていると、奥からいかめしい表情をした恰幅の良い男性が現れた。初老の男性・・・夕泉はお父様だなと思った。
「葵!よくもおまえはノコノコと!妖精界を追放したはずだぞ?!」「お父さん、オレは彼女を愛している。このひとがその夕泉さんだ。」夕泉は深く一礼した。「人間なんぞ、信じられんわい!」王はプイっと夕泉から目をそらした。「あなた、お辞めになってください。お可愛いお嬢様です!」必死で女王が言うが王は取り合わない。
「なあ、おやじ、なんで親父はおふくろと一緒になったんだ?おふくろは元人間じゃないか。この話はおふくろから聴いたんだ。おふくろは、おやじを好きになったから望んで妖精界にやって来たこともね、お袋から聴いています。」「・・・。」王は黙ってしまった。そして、急に「お前になにが分かるっ!!」と王は葵を殴りそうになったのでとっさに夕泉は葵の前に出、両手を広げ立ちふさがった。「お辞めになってください!王様、葵さんを私は守ります。」と言いじっと王の瞳を見つめた。葵はすぐさま力づくで夕泉を抱き寄せ自分の後ろに行かせた。
王は振りかざした手をブランと下ろした。「わかった・・・こっちへ来い。」
奥の部屋に夕泉も葵も通された。そして女中らしき女性が床に膝をつき待っていた。引き戸を開けてくれた。夕泉はまたも(ハーーーーーー堀席ぃ~~~~~?)と、お城らしからぬ部屋の造りにちょっぴり可笑しくなった。
席には、王の隣に女王、葵の隣に夕泉が座っている。そして向き合った。
「・・・母さんは...」さっそく話し始める王。「そうだ、母さんは元人間だ。私は葵、おまえと同じように好奇心から時々人間界に遊びに行っていた。お前のように花に姿は変えなかった。この格好のまんまだ。」どこからどう見ても夕泉には王様は「ひと」にしか見えない。
「私は華やかな人間界にたくさんのお店がある事を知った。ワクワクした。そして、ある日書店に寄ったり映画を観たりと楽しんでいると、気づくとすっかり夜になっていた。」皆まじめに王の話に耳を傾ける。「私はそろそろフルーリランドに帰らねばと思った。と、その時だ。商店街を外れ少し行った人気のない公園から女性の悲鳴が聴こえたんだ...」女王の瞳に涙がたまっている。「年端の行かない若い女性が大人の男性二名から乱暴を受けていた。」葵は・・・それが母だったのかと想像がつき、辛そうだ。「私が魔法で人間を攻撃したのはその時だけだ。その女性を助けるために。人間の男どもは私が触れてもいないのに投げ飛ばされたりするものだからその事を恐ろしがり逃げて行った・・・」「その女性って母さんだったんだね?」葵が口をひらいた。「ああ...そうだ。母さんははじめ、何が起こったのかと魔法のことも怖がった。だから私はすぐに立ち去るべきだと感じた。だが・・・」そこで女王が話し始めた。「私はね、葵、夕泉さん、この人は人間ではないんだな、と王のことを直感で感じ取ったの。それと、男達に嫌な目に遭わされ人間のことが信じられなくなってしまったの。私は、両親が生まれてすぐ亡くなったから孤児院で育ちました。もうこんな目に遭い、私は生きていられない。心配する人も居ないのだから、命を断とうと思ったんです...」葵はとても苦しそうな表情をしている。夕泉は思い切って話した。「お母様、同じ女性として私の話をさせて下さい。私も、男性から乱暴をされました。その上妊娠しその子どもを生みました。」三人は非常に、驚きを隠せないという顔をした。夕泉は続けた「私は、もちろん迷いました。忌々しい男にされた行為。それによってできた子ども。しかし、子どもに何の罪もありません、その子に酷い男の血が流れていようとも、別の人格であり、大いなる命です。私はその子を殺さないと決めました。育むということを自分の意志で択びとりました。」「夕泉・・・」葵は泣いている、そうして夕泉の肩をとても優しく、優しく・・・自分のほうへ引き寄せた。王も女王も悲しい顔をし、でも何度も頷いている。
「お母様、お話を遮りすみませんでした。どうか、お母様がこの世界へ来られた経緯を教えてくださいませんか、お話しのつづきを・・・」女王は静かに語り始めた。「ありがとう。夕泉さん。わたしは、もう人間は信じられなくなってしまった。それと、実は・・・王の魔法に最初は驚いたんだけれどわれに返り助けてもらったんだ、ということにやっと気づいたんです。若気の至りだったかもしれない。でも、王にその場で恋をしました。『私死ぬ!』と泣き叫ぶ私を一生懸命さとしてくれたんです。王は言いました『死は嫌でもその時がくればやって来るようになっている。生をこの世に受けたからには、君は愛を人に与えられる。そのお役目があるうちは死ねないのだ』と…。私は芯からは理解できず、『とにかく違う世界へ連れて行ってください』と懇願したんです・・・」そこで王が口をひらいた。「私も・・・実は女王に一目惚れだった、たおやかで、放っておけないような美しさを持っていた。けれど、彼女を妖精界に連れて行くだなんておおごとだ。彼女の人生に関わる事だ。私はもちろん、自分が人間ではないことを説明し『少し考えさせてほしい。必ず返事をしに来るから。』と約束をした。」葵が疑問を問うた「ちょっと待っておやじ・・・フルーリランドの掟では『妖精と人間の恋は許されない』と決まっていたでしょう?」王は答えた「その掟は私が作った。」「え?」葵が驚く。王は答えた「お母さんを酷い目に遭わせるような人間どもを私は信用できないと考えた。だからだ。」
女王は大変夕泉の生き方に興味を持った。「夕泉さん・・・」「はい」「あなた、ご苦労なさったのね!...私には真似できません。」「ええ、女王様、お母様、そうですね、そうかもしれません。ですが、女王様もご存じでしょう?」「なにをですか?」女王が夕泉に尋ねる。「どんなにわが子がかわいいかです!私は、若い頃家出をし、ずっと水商売で生きてきました。女手一つで息子を育てました。正直申しますと運動会などほんとうにさみしかった。他のご家庭にはお父さんがいるのにって。たぶん息子よりも私のほうが嘆いていました。うちの息子はタフでドライなんです。強いんです。どれだけ息子がこれまでの私を生かしてくれたことか・・・私も、お母様のように死にたくなった日は何回もありました実は。」三人はいま夕泉のひと言ひと言に寄り添っている。
「おやじ・・・おふくろ・・・夕泉。話してくれて、本当にありがとう。」葵はそう言った。
王様は「葵、おまは大人になったんだな。父からしたらな、おまえの幼かったころの面影が消えないんだよ。だからついつい放っておけず口出ししたくなる…。それと、夕泉さん、あなたのような立派な人間が居ること、私は女王で分かりきっていたはずなのに・・・このフルーリランドの王として、妖精の皆を守らねばと躍起になり、何一つ分かっていなかったようだ。」四人にいま優しい空気が流れる。
「葵・・・」そうして王は続けた。「人間になりたいのか?」葵はまっすぐと澄んだ瞳で王に答えた「はい。」「二度とここへは帰ってこれないぞ?...良いのか?」「オレは、夕泉を守り抜きたいんだ、後悔はありません。」
「わかった・・・ けれど、これだけはわかっていておくれ。」王が言う。「私達はいつもおまえを見守っているし、求められれば飛んでいけるんだ。だから、私達を信じて、困った時には頼ってほしい。」葵はしっかりとした口調で「はい。」と返事をした。
女王が言う。「夕泉さん、あなたもそうよ。私達とお別れするわけじゃないのよ。あなたが求めれば、あなたが私達を必要としてくれれば、私達はいつでも駈けつけられるの。」夕泉はなんとも言えない切なさと温もりを感じつつ「ありがとうございます。」と返事をした。
王が言った「では、行くんだ、葵。このあと人間界へ行けば、もうおまえは妖精の能力は使えなくなる。覚悟はできているか?」「はい。おやじ・・・おふくろ・・・ありがとう。」葵の瞳は再びうるんでいた。
そうして葵は妖精としての王と女王の子どもであることと、フルーリランドに別れを告げた。最後の魔法をこれから使う、人間界へ夕泉と戻るための。
「葵、あたしは・・・あなたに一生ついて行きます。」王と女王の前で夕泉は誓った。
お城の門まで王と女王が見送る。「ここで良いよ」と葵が言った。王は頷き「わかった」と答えた。
そうして、少し城を離れた所で「夕泉、愛しているよ。こんなにも、おれたちのことを理解してくれてありがとう。さあ行こう。」と言う。夕泉は「待って」と言った。
「少しだけ、少しだけこのフルーリランドを歩かせて。あたしの故郷に似ているわ。」と告げた・・・葵の目に焼き付けといてほしい、そう感じた。
ふたりはおびただしい数の薔薇の花のアーチの所で抱き合った。「行くよ。」「はい。」顔を葵の胸にうずめる。フルーリランドに来た時のようにふわっと体が宙に浮いた。かと思うと風を感じる。「目をあけても大丈夫だよ、夕泉。」みると、来たときと同じように鮮やかなキラキラとしたトンネルのような所を抜けて行っているらしい。それはものの1分ぐらいの出来事だ。「夕泉、もう一度目を閉じて…」「はい」。再び体がふわり!と何かの力で浮き上がる。次の瞬間、どこかに着地した。
葵に「瞳をあけて良いよ、夕泉」と促された。夕泉の部屋に帰ってきていた。葵と夕泉、身に着けている物は出かけた時のまま。無論体は無傷だ。というか、妖精界へ行く前よりもなにか・・・清々しさを全身に感じている。
「葵!」安らかな葵の顔を見て、強くしがみ付く夕泉。「夕泉、とても愛している。」「あたしもよ。愛してる。そして・・・直感した通り、あんなに素晴らしいお父様とお母様だったわ。葵、葵・・・」葵は優しく微笑んだ。「ありがとう。優しいね、夕泉、オレの気持ちを心配しているんだろう?わかるよ。」葵には気持ちが通じる。それは魔術やなんかではない、きっと愛情だ。「オレは大丈夫だよ。」
その夜、ふたりは初めて…結ばれた。こんなに情熱的に素敵に優しく愛されたことはない、と夕泉は感激すら憶えた。葵は・・・実は女性との関係が初めてだ、と打ち明けてくれた。夕泉は正直言ってびっくりした。恥ずかしいので口に出しては言わなかったが、言葉にならぬほどのしあわせな快楽を分かち合えたからだ。
明日は葵の出勤日だ。朝を共に迎えた二人は、夜までずっと楽しく過ごした。
「夕泉?・・・」「はい。」小首をかしげる夕泉。「話したくなかったらもう良いんだ。オレ・・・ただ、夕泉を人としてさらに尊敬したんだ。息子さんの話を聴いて。」夕泉は首を横に振りながら微笑んだ「話したくないなんて、そんな事ないわ。信じられる葵に、あなたに、聴いてもらえたことが嬉しいわ。・・・あ、あの。嫌いに・・・なってない?」即座に葵が言った「なんで?!」「父親のわからぬ子どもを生んだあたし...」「なに言ってるんだ、夕泉、さっき言った通りさ。夕泉、素晴らしいよ。凄い決断力とパワーさ。だから尊敬する。」夕泉はポロポロと涙を零した「アアー!!!」と言いながら大声で泣いた。こんなに人前で泣いたことがあっただろうか?抑えつけていたものが、がまんしてきたものがもう待ちきれずに安心をして顔を出したのだ。「あ、あたし・・・苦しかった。寂しかった。なによりも、息子への申し訳なさが拭えない。懸命に育てたけれど、もっともっと、うんと愛してやりたかった。仕事ばかりして!」涙が次から次へとあふれる。息子がかわいい。いつまで経っても幼い面影、いつもいつも幸せを願ってやまない。「夕泉・・・おいで。」葵はベッドへ寝転がった、そうして夕泉を呼んだのだ。
そばへ駆け寄り一緒に横になると、葵は夕泉に子守唄を歌って聴かせた。
♪あなたを想う わたしの気持ちは海より深い・・・
今日はおやすみ My baby かわいいわたしの子
ゆっくりおやすみ 夢の世界に綺麗な景色・・・おもしろいオモチャがたくさんあるよ
今日はゆっくり眠りましょうね My baby かわいい わたしの子・・・♪
安らかな声でそう唄いながら、長い黒髪をゆっくりと撫でてくれた。
気持ちがスーっと落ち着いてゆく夕泉・・・「葵が作ったお歌なの?」「ううん。オレが小さかった時、真夜中グズるオレに母が歌って聴かせた歌だよ。」と言ってニッコリした。
「夕泉の中のさみし気な少女、感じるよ。夕泉のお母さんもご苦労されたんだよね。居無くなられたお父様も、とっても夕泉を今も、愛してるさ。」ツー・・・引いていた夕泉の涙がこぼれ始めた。でも、そうやって流れゆくたび、なにかがほどけてゆく。
「夕泉?」「は・・・い」夕泉は返事をするのも難しいほど泣いている。「一緒にならないか?」「え!...」「オレ…夕泉のそばに居て、夕泉を守りたい。結婚したい。」
夕泉は再びわんわん泣き始めた。それは嬉し涙だ。「こんな・・・こんなあたしでよかったら。一緒になってください。」返事をした。
「夕泉は素敵なんだよ?自信を持とう。だいじょうぶ。一緒に元気になろ!」「はい!」やっと夕泉が笑顔を見せた。
その夜、葵は帰って行った。「ふたりのお部屋、探すのも楽しみだね!」去り際葵はそんなことも言った。「うん♪」
翌日・・・夕泉は遠くに暮らす社会人の息子に『大切な話があるから電話で喋りたい。』とLINEを送った。夜に息子から電話があった。「ママ、どうしたの?」「うん・・・ママね、結婚したい人が出来たの。」「そうなの!よかったじゃない!!」息子は喜んでくれた。母・夕泉にとっては息子はいつまで経っても小さい子に感じてしまう。そんな感覚があるゆえ、息子がさみしがるのではないかと思ってしまう。しかし、息子はもう26歳、かわいく気立ての良い彼女もいるのだ。心から祝福してくれた。
そうして、随分電話なんてしていない広島の母親にも電話をかけた「ママ・・・?久しぶり。今、良い?」「夕泉!元気なの?もちろん良いわよ!」そうして、「好きな人が出来ました」と話し、葵と結婚をしたい旨を伝えた。母は「夕泉が信じた人なら大丈夫だわ。よかったね・・・」そのあと母が黙っている... よーく受話器に耳を押し当てるとすすり泣いている声が聴こえてきた。「これまでの、夕泉のしんどさを想うとね、ママ...」と言って再び声を詰まらせる「ママは、夕泉の結婚が嬉しい!」一気に泣き始めた。「ありがとう、ママ。大好きだよ!ママ。」親不孝もしてきた。夕泉は仕事と子育ては誰にも負けないほど真面目だったが、人生の途中で寄り道をした日もあった。悪い付き合いもあった。自分でも、よく生きて来れたな~と思っている。
葵はその夜仕事だったので、LINEのやり取りだけだった。『夕泉、次の休み、不動産屋に行きたいな。夕泉、ごはんしっかり食べるんだよ。』『もちろんオッケーよ。葵、ごはんは食べすぎなくらいよ?(笑)』なんて返した。
フルーリランドから人間界に帰ってきてから2日目・・・雨が降った。ベランダのアガパンサスが雫を受け生き生きとしている、薄紫が美しい。夕泉はその日、まったりひとり、お家であれこれ夢想しつつ過ごした。・・・これからは毎晩葵が帰ってきてくれる。夢みたい!あ・・・夢といえば(きっと葵のお母さま・女王は…あたし達が晴れて結ばれたからもう『夢の魔法』はかけないわね!!)うふふ♪
花びらを流れ落ちる雨粒のように、とどまっているものは存在しない。葵とだって、ケンカする日がこの先あるかもしれない。あたしのこころの病が悪化するタイミングもやって来るかも知れない。48年間生きてきて、死に別れただいじな人も居る夕泉。痛いほどに「すべてのとどまらなさ」を知っている。子どもの頃から知っている。けれど、いいじゃない。落ち込んだり、笑ったり、怒ったり、悲しんだり仲直りしたり。みな繰り返す。フルーリランドと人間界のつなぎ目を移動したときに見た煌びやかな光景は、まさに人生そのもの。
なにも慌てなくて良い。いまを懸命に生きていれば、何が動いて行こうとも後悔はない。
その日はかすかに残る枕についた葵の香りを抱きしめながら眠った。
次の日は雨が上がった。葵は、今日も仕事だが、朝早く電話がかかってきた。急遽休みの前に今日少しでも不動産屋にふたりの新居を探しに行きたいのだがどうだろう?と夕泉に電話で訊いてきた。「もちろんオッケーよ。葵!」「夕泉、だいじょうぶ?妖精の国へ行って帰ってきてさ、疲れていない?ごはんたべたかい?」葵はなにかと・・・まるでパパのように心配してくれる。「はい、葵。あたしね、フルーリランドから帰ってきて、不思議なことに体調がすごく良いの。それと、もちろん♪ごはんはたべてま~す!」と返した。「そか、それならよかった!」葵は安心したようだ。
葵が2時間後に迎えに来た。そうして・・・なにやら小さくて綺麗な赤い紙袋を持っている。「夕泉、プレゼントだよ!」「なにかしら・・・?」ワクワク。紙袋の中にはもう一つ小さな薄ピンクの袋がプレゼントを覆っている。「あけてごらん」にこやかに葵が言う。そっと袋に手を入れ取り出した。・・・それは宝石箱だった!
「どうぞ、お姫様・・・っ」葵が一礼して言う。箱をそっと開けた。・・・指輪!それは夕泉の誕生石であるアメジストとダイヤが美しくほどこされた、煌めく銀色の指輪だったのだ!
「左手の・・・薬指にはめてね!」少し葵の頬が赤くなっている。・・・言われる通りに指輪をはめる夕泉。
「あ、あれ?・・・サイズは?どうしてわかったの?」夕泉が不思議ふしぎという顔で葵に尋ねた。「アハ、夕泉・・・良く寝てた!」「ン?・・・よく、わからないです、葵。」「あのね、お泊まりした日…オレ・・・実はもう、あの時点でどーしても夕泉に誓いの指輪を贈りたくなり、薬指を糸で測ったんだよサイズ。」「キャハ、そ~んなグーグー寝てたの?あたし。」「うん♪」ふたりは笑いながら、葵の車に乗り込んだ。
そうして不動産屋を目指した。「きっれぃ~!とてもステキです。葵。ありがとう。」左手の薬指にはめた指輪をみつめ大喜びの夕泉。葵は運転席で「お姫様にここまで喜んでいただけて光栄です!」そう言って微笑んだ。
ふたりは、プロポーズの時から…お家は手のかからない賃貸にしよう、と話し合っていた。今の夕泉の部屋、もしくは葵の部屋で新生活を始めても良いのだが、初めて結婚するふたりは、新居に夢を抱いた。
お仕事をがんばっている葵をずっと支えていきたい。優しい葵に尽くしたい。どんな時も、迷わず素直で居よう。夕泉は胸に誓った。
そうして、今度は葵になんのごちそうを作ってあげようかなーとハッピーに考えたりもした。
時間も、次元も、空間も、平面も、立体も、未知なる世界も、宇宙の果ても、どんな力をもってしてもゆがめられない、敵わないものがある。
それは、きっと愛。
pays fleuri - フルーリランド - 沙華やや子 @shaka_yayako
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