深夜25時東京六畳間よりへべれけコードを

@glowlia

夢を追う事

午前9時45分。

会議室B。

社畜の如く無休で働く室外機と灰色の重たいマットレス。

壁にかけられた無機質な時計が示す時間は音を立てず動いているが、空気だけが止まっていた。


「───で、どうして社会人にもなって連絡が遅れるのか説明してくれ。塩津」


「……………………」


上司の叱咤と周りの目線が痛い。

いつも「人が何を考えているか察して行動」なんて戦力外通告された俺でも、皆の「ダメだこいつ」だけならはっきり分かる。

資料を机に置いて腕を組む上司は、

「早く説明しろ」と目で急かした。

初期の頃の怒りの眼差しとかはなく今はもう呆れと失望に変わっている。


「…すみません、完全に漏れていました。」


「漏れていた?それ言い訳だってわかってる?」


無機質なクーラーの風音に混じって響く静かな怒号。

こんな仕事場にも季節の変化が訪れるなら早く来て欲しい、なんて叶うはずのない願いを込めて冷気を吸った。


「今日まで何も言ってこなくて突然今回の欠勤理由か?よくクビにならなくて助かったな、ありがとうって言ってみろ」


「……はい、ありがとうございます」


言葉がナイフのように刺さる。

もう何度も刺された場所だから血は出ないが。痛みすら鈍く、ただ顔が熱い。20歳で折り返しの人生という道、もうこれからの人生消化試合。

顔すらあげられない、半人前の凡人にはお誂え向きの人生なのだろうか


「お前さ、音楽やってたんだっけ?」


突然声のトーンが変わり、肩が跳ね上がる。

この人に一番言われたくない事、昔の人生がピークを迎える前の楽しかった思い出。あの頃は無謀で馬鹿で、本当にミュージシャンを目指してた。出来ると思って東京まで来た。本当に馬鹿だ。…でも眩しい


「そう……っすね」


「夢とか追ってたの別に否定とかしないよ。けどな、会社は舞台じゃねぇんだわ。お客なんていねぇから。拍手もねぇから。ただ、何も無い時間で会議すんの。わかんだろ?なぁ?」


笑うような呆れるような口調で上司は綴った。

やっぱり敵わない、頭が上がらないしこの戦いに勝てる人もそう居ないだろう。


「本当頭悪いよお前な」


「……おっしゃる通りです」


もう項垂れることしかできない。ストレートに響く罵声の言葉と刺すような視線で森のように地面から立ち上ってくるじりじりとした熱気に耐えるしかない……今まで何度も貫いてきた葛藤だ。燻らせて煙となった火種は事あるごとにまだ残っていると燃え上がるのがわかるのに、もう何も出来ない。


「……はぁ……もういいや、てかお前昨日メール送ってたよな?午前3時。正直酒飲んでただろ?誤字だらけだし間違えてばっかだぞ?もうちょっと文面や送信時間考えろよ。社会人、失格」


その言葉で脳裏には昨日の夜がバックグラウンドで再生される。

薄暗い部屋、3割引きのシールが貼られた生ぬるい缶チューハイ。

まともに動かない頭のまま動かした指が打つキーボードの乾いた音とマウスが右クリックをする音。そしてカーテンの隙間からこぼれる東京駅の歪んだ光がこの汚い部屋の床にまんべんなく残る影を揺らして、

「とりあえず送っとこ」の文字列

夢見た東京も、夢追いの末路も。

全部、俺の人生は「無」だ。何もない、空っぽの人間だ。


────そして今。


「…すみません。」


絞り出した声はあの日夢見ていた光とは正反対の、ボロボロでボソボソと湿っている掠れた台詞だった。

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