第一章 1 「一度目の人生は終わりを告げる。」

―この世界はクソだ。そしてこの世界に住む俺は…


「ふざけんなっ!なんで俺が退学にならなきゃなんねーんだよ!」


怒りを露わにしたのは短髪の少年。ドンっと壁を殴り対立する人間を睨みながら歯ぎしりをする。


「当たり前だろう?学校側としてもお前は居なくなった方がいいと、そう考えていたんだ。いやぁ、大変ありがたいことに問題行動を起こしてくれるとはね。しかも犯罪…暴力なんていけないなぁ?」


スーツ姿でメガネをかけた男がそう突き放すように言う。対立している少年に対し容赦のない言葉と挑発で追い込もうとしていた。


「それはっ、…事実だけどさ…、けどっ!そういうのから守るのが教員の仕事じゃねぇのかよっ!」


『教員』という複数人を指す言葉で刺された男は胸ぐらを掴まれる。対立する少年も焦りを露わにした様子である。


「いいか?俺だって守りてぇやつだったら守ってやるよ。けど、お前は別だ。お前は俺に利益をくれそうにもなければ、逆に不利益なことしかしてこなかった。わかるだろう?だから、俺はお前を見捨てるんだ。少し大人になれよ、朝宮康…」


朝宮康、それが少年の名前でありそして今現在、退学へ追い込まれている最中の少年だ。朝宮の隣には親がいない。普通、このような事態に発展した場合、親など親族が来て話し合いをするのが普通だろう。だがそれがない。ましてや朝宮の味方など、もうどこにもいないのだった…


***********************


帰り道、少年は一枚の紙を握りしめながらフラフラと歩いていた。


「ふざけんなよ…なんで俺ばっか…」


今にも泣き出しそうな声に震える手、それでも駆け寄ってくるような者はいない。通行人には避けられ、白い目で見られる。それが朝宮康の今までの行いの全てだ。


「昔は…絶対に昔はこうじゃなかったのに…」


涙を拭う素振りさえ見せなくなり、滴り落ちる涙も枯れた頃、朝宮は過去を振り返った。


***********************


俺は生まれながらに孤独だった訳では無い。むしろ生まれた頃は両親が居て、母方の祖母が居て、そんな幸せな家庭に生まれた。

そんな幸せが狂い始めたのはまだ俺の物心がつく前…まだ俺自身のことを幸せ者だとだけ考えていた頃だった。


父と母が離婚して、母の方へと引き取られた。そこまでは良かった。

まだ、俺がこんなクソ人間になるだなんて、誰も思ってはいなかった。

だが、次第にその影響は出てきた。家計は少しずつ厳しくなり、母はその苛立ちを俺にぶつける。

祖母も少しずつボケが酷くなっていき『認知症』と診断された。

そこからはすぐだった。俺も母も祖母の面倒を見るので手一杯。前まで遊んでいた友達とも疎遠になっていった。そのくせ祖母は俺の事を忘れ、施設に入れようにも金がない。


―そして俺は犯罪に手を染めた。染めるしか無かった。

日に日に家計は厳しくなっていき、俺の時間も減っていく。それなのに暴力や暴言だけは浴びせられ続け、結果、いつの間にか俺の心は荒んで壊れていった。


世の中結局金だ。金、金、金…、金さえあればどうにかなる。だからってバイトを詰め込んだって意味がなかった。結局そんなものは母の娯楽か食事に溶けていく。

一度、そんな娯楽をしてみたこともあった。酒、タバコ、パチンコ、どれもこれも一時の安らぎを与えてくれるだけ…、永遠の安らぎなど到底訪れない。けれど、それでもそれらは俺の心を掴んでしまった。


―掴まれてしまった。


金がいる。金、金、金…、結局はそれさえあればどうにか一時の安らぎを訪れさせることが出来る。もちろんこれも立派な犯罪…。けれどもそんなことはどうでもよかった。


詐欺や暴力は当たり前、欲しいものがあれば盗むこともあった。少しずつそれが酷くなっていき、次第にどんどん頻度が増えていく。どんどんどんどん増えていき、いつの間にか自分を忘れ、何度も同じことを言い出す祖母をも殴ってしまった。


そして俺は今日、クラスメイトを殴った。理由は単純。ムカついたから、俺をバカにする発言が、俺を嘲笑う目が、そして何より、俺よりも裕福なそいつが羨ましかった。気づいた時には手が出ていた。

そして同時に思った。


―やり過ぎてしまった…と。目の前には鼻からも口からも血を出す少年が痙攣しながら倒れていた。

幸い、命に別状はなかったらしいが、俺は当たり前のように退学を言い渡された。そう、それも仕方の無いことだ…、そう思えたら楽だった。


***********************


「お父さんがいたら、どうなっていたんだろう?」


気づくと自然と口から溢れ出た思いがあった。もし、父と母が離婚をしていなければどうなっていたのか?という疑問。それはきっと、誰にも分からないであろうものだ。だから朝宮ももう、現実を受け止める覚悟をした。


「あーあ、結局人生詰みかぁ、まぁ詐欺とかバレなかっただけマシかな?はぁ…これからも真っ当な人生は生きれそうにないな…」


空を見上げ手を空へと伸ばす。そこにはいくつもの星々が並んで見えている。


「俺ももっと、ちゃんと真っ当に生きたかった…」


「―。」


「はっ、今俺なんて!?」


零れ落ちた本音に自身が言ったのかと正気を疑う。朝宮はもう人生が詰んでいた。ましてやこの世界に朝宮の味方などもう、とうの昔に…。

数々の犯罪もいつかはきっとバレるだろう。それがいつかは分からない。

だがもしそれが仮に自身の誕生日の後に来たとすれば―



「その時は刑務所生活かなぁ…」


空を見上げ、笑い話のようにして足取りも軽くなっていく。

そのまま家まで帰ろうと、そう思っていた直後だった。


「グサッ…」


なにかの突き刺さるような音が聞こえる。


「はっ?」


朝宮は背中に激痛を感じた。そしてそこには男が一人、ナイフを持って立っている。


「お前のせいだ、だから…死ねっ!」


朝宮も逃げる体勢を取る。がしかし、背中からの激痛に加え男に手を掴まれた影響であっさり倒されてしまった。


「お前っ!何しやがる!」


仰向けのまま押し倒された朝宮に馬乗りになる男。その男はナイフを持った両手を振り上げ瞬間、朝宮に振りかざした。


「うぐっ…おぇっ、」


何度も何度も刺され激痛で燃えそうなほど熱くなった。


「ああ、やっぱりこの世界はクソだな。そしてその世界に住む俺も…クソ人間だ。」


そして血を吐いても吐いても治まらない激痛に完全に意識を手放し、そしてその時、少年、朝宮康は生涯の幕を閉じた。


***********************


―なんだろうこの感覚は…。何かがおかしい。そうだ、俺は確かに背中をナイフで一度刺されてそれから腹部を何度も…。

そうだとしたらなぜまだ俺は生きているのだろうか?

その答えは目を開けば自ずとわかった。

―そういう事か…。

朝宮が…否、今となってはそれも本当の名前とは言えないだろう。いわば、"元"朝宮が見た景色。

それは元の世界では見ることのなかったようなまるでアニメのような大自然が写し出されたような景色だった。

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