第一章 2 「孤独な目覚め」

目を開くとそこにあったのは、一度として見たこともないような大自然だった。その迫力と美しさに圧倒されていると、違和感が朝宮の脳を襲う。


―異世界転生、


それは朝宮も耳にしたことがある。生憎、小説や漫画、アニメといった類の物自体は見たことがないが、有名な作品も多くあるため、クラスメイト同士の会話などが耳に入ってきた時、たまに盗み聞きをするような形でその類の話は理解したつもりだった。

大まかに朝宮が理解していた異世界転生…それは生まれか、何不自由なく暮らせるだけの力や富、権力などを備えつけられていて、前世では出来なかったことなどを、その世界でなしとげていく物語…ざっとこのように解釈していた。あながちそれは間違いではない。ただ、少しだけ否定するとすれば、異世界転生の全てがそうとは限らない、ということ。そして何より、朝宮の身に起きた異世界転生、それは物語とかではなく実際に本人に起きた出来事。だから最初はその違和感に気づけずともすぐに気づいた。そう、辺りには人一人いない、そんな場所で朝宮は目を開いたのだった。


―ここは一体どこなのか?


その答えはすぐに出た。そうか、俺は死んだのか…と。そして生まれ変わり、所謂異世界転生というやつだろう。それをしてしまったのだと俺は思った。だが、辺りを見回すと親らしき人影がない。あるのは花畑と、それを囲むようにしてできた林だけ。一体どこまで続くのかも分からない林。そして見上げるとあるのは一面水色の空だけだ。たまに雲が見えては少しずつ淡くなっていく。日にも照らされ普通ならこれはとても心地の良いものなのだろう。だが、今は違う。俺はここから一歩も動けない。そう、俺は異世界に召喚されたのでは無い。転生したのだ。だから、俺の多少は自由の利いていた体も今は小さな手と足となってしまった。

だが、これでいいんだと思った。二度目の人生はすぐ終わってもいいと、そう思った。俺は一度目の人生で犯した過ちの贖罪として、少しでも苦しむべきだと思っていた。


だが、一度目は男の滅多刺しにより楽に死ぬことが出来た。男の顔はしっかり脳に刻み込まれている。憎しむように悲しむように、そして何より涙を流しながら、男は俺を刺していた。それはきっとそいつが俺の被害者の一人なのだろうと言うことを知らしめていた。


―そんな顔を見てしまった。

―そんな顔にさせてしまった。


きっと俺がいなければ幸せに送れたこれからの人生を俺によってぐちゃぐちゃにされた…。


それは罪悪感、というものに初めて浸される感覚だった。だから、早く死ぬよりも、二度目はゆっくり着実に…そうやって苦しみながら死ぬ。

それが今できるんだ。二度目の死はすぐ目前に迫っている。自分でわかる、自身の命の最後…それが近づいていることに。

周囲を見渡しても人はいない。あるのは森と花畑のみ。

上を見上げても人はいない。水色の空と時々雲が流れているのみ。

全身で感じるのは風の揺らめきのみで、音を聞いても林のなびく音を感じるだけ…。こうして孤独のまま死ぬのだと、そう理解した。


―事態は変わらない。ただ靡く風に穏やかになっていく朝宮の表情。いくら声を出そうにも、泣き声や赤ちゃん言葉しか出てこない。手を広げても足を動かしても、朝宮は一切、動けない。カゴに入れられた朝宮は、穏やかに死を待つだけとなった。

事態は変わらない。ただ穏やかな死を待つのみ。

事態は変わらない。ただ風に吹かれるのみ。

事態は変わらない。ただ花の香りが鼻を通り抜けるのみ。

事態は変わらない。ただ雲が広い空を泳ぐ姿を見上げるのみ。

事態は―


「ガサッ」


突然、森の方から音がした。朝宮の直感が理解する。これは絶対、風の音ではなかったと。そうして穏やかに死を待つだけだったはずの朝宮はその林から出てくるものの正体を知らない。

もし、仮に人だったら助けてくれるのだろうか?もしくは、どこか遠くへ売り飛ばされてしまうのか?そんなのは今、どうでもよかった。

だが、仮にこれが猛獣であれば、朝宮は穏やかには死ねない。ましてや異世界、どのような殺され方をされるのか、想像もつかない。肉を抉られる?それとも骨ごと砕かれるのだろうか?もしくは丸呑み…様々な死に方が頭をよぎる。

だが、不思議と気持ちは穏やかだった。一度目の死は確かに予想外ではあったが、何度も深く刺されたおかげでそこまで苦しまずに死ねた。だが、今回はどうだろうか?苦しまずに死ねるとは断言できない。ただ、死ぬ覚悟は出来た。だから、いつでも死ねる。林に隠れる者の正体が姿を表せば、どうなるのか、わかったものでは無い。だが、それでいい。それで少しでも自身の中の罪の意識が消せるのであれば、それで―


「ガサガサッ」


どんどん、こちら側へ近づいているのがわかる。その正体は未だ不明。そんな中、ある一つの声が生まれた。


「おーい、誰かいませんかー!」


人の声…それは朝宮にとっては見当違いの声だった。人が出てくる可能性も分かっていた。だがそれ以上に自身の罪を消したいと願うがあまり、とてつもない化け物に殺されたいと、そう願っていた。 だが、声を出さなければ意外とバレないかもしれない。朝宮は自分がこの世界で幸せに暮らす姿を想像した時、吐き気がした。

他人を騙し、他人を殴り、他人を蹴り、他人を脅し、他人を罵った。そんな人間が、一度殺されただけで許されていいはずがない。それが朝宮の考えだった。だから、朝宮は声を出さず、その人間と関わらず穏やかに死ぬ…はずだった。


「う、うぅっ…うわぁぁん!」


「おっ!?なんだこんなとこに赤ん坊一人か?よぉしよぉし、もう大丈夫でちゅよォ」


気がつけば声が出ていた。泣き声が。それを聞きつけたのか男が一人こちらへ歩いてきてそして持ち上げて抱きしめた。不覚にもそれに安心してしまった自分がいたのが情けなく、声を出し、助けを求めてしまった自分を無責任と感じた。それでも、何故か泣きやめない。止まらない。涙が溢れ出す。


―ああ、そういう事か…。


朝宮は瞬時にその涙のわけを、そしてこの安心感の謎を理解した。


―そうだ、どれだけ覚悟をしようとも死ぬのは怖い。そして、独りは寂しい。だから声を出してしまった。行かないでくれと、前世でそうであったように、独りきりにはなりたくなかった。


そうして男に抱きしめられた安心感からか朝宮康はいつの間にか眠りについていた。


「やれやれ、魔物狩りに来たというのに飛んだ天使を見つけちまったもんだ。」


朝宮は抱き抱えられ、静かに眠る。男の胸の中で安心したかのように無防備な姿をさらけだして…穏やかに、穏やかに―

その時だけは、男の優しさに甘えていたいと思ってしまった…

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