現代の世界から~海底を支配する者~

 大洋の支配権は大航海時代以降、時の覇権国家とともにあったといってもいい。ポルトガルとスペインに始まり、オランダ、イギリスと推移していったわけだが、21世紀現在において、海を制しているのはどこだろうか?星の海という詩的な表現を許容するならば間違いなく現在でもイギリスなのだろうが、文字通りの意味で大洋の支配権を保持しているのは?と言うと答えるのは少々難しい。


 まず大西洋に目を向ければ、アメリカ合衆国と欧阿ユーラフリカ共同体、それに南アメリカ隣保同盟の3つの大きな勢力があり、イギリスはここぞというときに介入して引っ掻き回している。


 次にインド洋に目を向ければ、ここはもう南アジア連邦の独壇場だ、少なくともこの海域においては海洋覇権というものが成立しているといっても良い。


 かつてのイギリス海軍の大縮小に伴い、経済力にものを言わせて購入した艦艇群の更新をしつつ大マラヤ連邦のシンガポールを中心に東インド諸島連邦やアンコール遺跡ならびに良港トラートをめぐり、隣国シャム王国と絶えず対立しているカンプチア王国に対して港湾整備や部隊の駐留を含む援助を行なうことでクラ地峡運河建設などの南方への進出を強める東亜協同体への牽制を行なっている。その覇権に抵抗するのは民族的理由から対立状態にあるドラヴィダ-ナードゥですら不可能であり、同国が東亜協同体の度重なる要請にもかかわらず、東亜協同体諸国との結びつきを日々強める一方で同国が正式加盟はおろかオブザーバ参加の提案すら拒絶している原因だろう。


 そして海洋覇権というからには当然その勢力はインド洋の東側だけでなく、西にも及ぶ。オマーン-スルタン国亡命政権の所在地であるグワーダルやイラン縦貫運河の要衝であるバンダレ-アッバースといった港湾には南アジア海軍の艦艇が駐留しており、さらに近年では人種を超えて関係を深めつつある南アフリカ連邦の港湾にも艦船が多数寄港している。


 太平洋に目を転じると東南アジア島嶼部に関しては東亜協同体と南アジア連邦、それ以外ではマリアナ諸島などを除けばアメリカ合衆国が支配的だが、東亜協同体と南アジア連邦の対立関係にもかかわらず、アメリカ合衆国は内向きで中立を貫いている。


 と、ここまで、の海洋支配について述べてきたが、では、を支配しているのはどこなのだろうか?普段、我々が意識する海のさらに下、いわゆる海底については驚くべきことにある国が覇権的地位を確立している。


 その名は大日本帝国。アメリカ合衆国に対抗するべく潜水艦技術に磨きをかけ続けたこの国は、その応用で居住可能な国土の狭い日本では分散化は限界があるとして、推し進めていた海底居住地計画から派生した技術と合わせて、テクノクラシー体制の崩壊によって一時的に仮想敵を消失させたのを契機に民需転用を加速させた。


 こうして現在では特に海底資源の採掘や海底火山のマグマ溜まりを利用した地熱発電など多くの分野で日系企業の躍進が見られ、南アジア連邦ですら渋々ながら海底資源の利用に関しては日系企業の進出をみとめているほどだ。


 一方で懸念すべき点もある。


 特に見過ごせないのが大日本帝国のボニン諸島周辺のいわゆる魔の海域においておこなわれている人間の遺伝子改造を含む海中での生活のための神の摂理に反する研究だ。著者の取材に対して、大日本帝国のとある高官は傷痍軍人や宇宙生活者等のための欧米諸国による機力義肢の研究に触れて、遺伝子改造も同様の研究であると主張したが、近年の海面上昇を考えるとこれは明らかに世界を水没させ、その後の地球上の支配をたくらむ陰謀の一環であると思われ、何らかの早急な対処が必要だろう……




 上記の記述は大日本帝国内務省警保局編『二十一世紀の危険思想 米国編』より抜粋したものである。これは世界の海底開発事業における帝国企業の関与と20世紀末より問題視される海面上昇という2つの事実をもとに、世界水没計画という突飛な陰謀論を信じ込ませようとするものであり、この世界水没計画陰謀論は全くの事実無根であるにもかかわらず特にアメリカを中心に広がっているものである。


 なお、帝国における遺伝子工学に関しては機密指定されており我々一般人がその詳細を知ることはないが、少なくとも上記のような怪物じみたものを作り出そうとしているわけではないというのは確かだろう。

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